天駆ける竜狩り

Aris:Teles

天駆ける竜狩り

「……おいおい、アレは何の冗談だ?」


 上層を航行する天船、その甲板から身を乗り出したオレは眼下に映る光景を目にして、思わず言葉が出てしまった。

 今は遊弋していた極小型の機竜を3頭、それを餌にしようと追いかけてきた小型の機竜を1頭運良く仕留めた帰りの道中で、最寄りの島まではまだ距離はあるが、いつも通る慣れた道でもあるため危険は限りなく低いはずだった。

 道中、突如レーダーが下方に桁違いな機竜を捕捉し、念のため目視で確認するまでは。

 中層で広がる白いはず雲海に現れた黒い巨大なシルエット、それは明らかに今まで見た機竜とは比べものにならない大きさだった。


 ――王竜。機竜を生み出し続ける唯一の存在。


 機械仕掛けの竜たる機竜は正確には既存の生き物とは違う存在だ。だから通常の機竜は子供を生まないし、殺せば数を減らすことはできる。

 世界に六体だけ存在するという王竜だけが例外で、王竜を殺さない限りやつら機竜は数少ない人類の生存圏を確実に蝕んでいく。

 地上は既に機竜たちの楽園だ。

 王竜自体はただただ巨大な機竜であり、自ら攻撃するようなことはなく、普段なら移動することもない。

 時折、機竜の生産に必要な物資が周囲から無くなると、王竜は移動すると言われる。

 問題なのは王竜を守るべく"多くの機竜"がその周囲を固めていることだ。文字通り、機竜たちを鎧のように纏っているという。

 だから今まで運良く王竜の居場所を発見できたとしても、送り込まれた討伐部隊が王竜を殺すまでに至らなかった。生み出され続ける機竜に迎撃されるからだ。

 唯一、王竜が飛行して移動するときだけは機竜を生産できないために、纏った機竜さえ殺しきれば理論上は王竜に手が届くとされている。ある意味ではチャンスであった。


 しかし、オレにこの状況を喜ぶ余裕なんてなかった。

 この天船は機竜を狩ってその資源を得るためのものであり、機竜を殲滅するための純粋な戦闘用ではない。しかも、サイズとしては小さい高速船かつ単独で飛行しているのだから敵うはずがなかった。

 すぐさま操縦席に戻って捕らえた機竜を投棄し、残りの燃料を使い潰すつもりで機体の加速を開始した。

 無数に飛来するであろう機竜には今搭載されている火器程度では焼け石に水だった。


「……わかっていたけど、もう見つかったか!!」


 軽量化のためとはいえ、機竜の亡骸を投棄したことで勘の良い機竜達がこの天船の存在に気づいてしまったらしい。

 レーダーに映る王竜の光点から無数の光点が放たれる。

 すぐに素早い機動で飛び回る小型の機竜の群れが雲海から飛び上がってきた。

 必死で操縦桿を握り、襲いかかる機竜を引き離しに掛かる。目眩ましに後方へ火器を放ってはいるが、やはり数が減っているようには見えなかった。

 この辺りの空域は頭に叩き込んであるから、浮島にぶつかる心配を考慮せずに最大船速で駆け抜ける。

 時折、銃撃が浴びせられるのは中型の機竜がもう上がってきたのだろう。この天船のシールド発生器は保って数分と考えてよかった。


「数が多すぎる、くそっ!!」


 ここで真後ろばかりを気にし過ぎていたのが仇となった。

 後方の下方、レーダーに映る王竜の背から何かが天船目掛けて超高速で突っ込んできた。

 あまりに速すぎて避けきれず、気づいた頃には天船に激突してオレは気を失ってしまった。






「もしもし? 生きてる……??」


 声が聞こえた。

 可愛らしい少女の声だ。

 町でも聞き覚えのない綺麗な声。

 誰だろうと思い目を開けると――。


 眼下に広がる雄大な雲海の上をオレは身一つで浮かんでいた。

 いや、実際は何者かに抱えられて空を飛んでいた。


「……あ、起きた」


 声に振り向くと、オレより少し小柄な少女が抱きついていた。

 鎧のような硬そうな服装に反して、背中に慎ましい膨らみの感触が直に伝わってきてドキッとする。

 ところどころまるで機竜の様な装甲に覆われている以外は、身体の部分はかなり軽装になっているらしい。

 よく見るとその背から"大きな翼が生えていた"。


 ――翼?


 ぼやけていた頭の中が急速に覚醒する。

 天船も無しに空を飛んでいる状況がおかしい。というよりオレの天船どこに行った?

 王竜らしき巨大な影も、無数に飛んでいた機竜も周囲には確認できない。真っ新な雲海が一面に広がり、小さな浮島が遠くに幾つか見えるだけで光景だけは平和だった。


「まずは謝罪。貴女の船に私がぶつかって壊れてしまった。ごめんなさい」


 抱きかかえる彼女の腕が少し強ばった。

 確かに、何かが天船にぶつかって気を失ったところまでは覚えている。

 問題はよりにもよって、この少女らしき存在が天船を壊したらしく、しかもオレを抱えて飛んでいるということだ。

 明らかに人間とは違う姿、それでいて機竜のような翼と姿で飛んでいるとなれば困惑するしかなかった。

 ここは空の上、逃げ場はどこにもない。


「アンタのせいでオレは無一文だ。どうしてくれんだよ……」


 虚勢を張って悪態をつく。

 そうでもしなければこの状況に耐えられそうになかった。


「それについては重ねて謝罪する。最も近い人間の下へ射出される設定だったのがよくなかった」


 彼女の纏っていた外殻が途中で開かず、勢い余ってオレの天船にぶつかった。そして彼女が外へ出た頃にはオレは気絶していて慌てて救助しつつ、機竜の群れを掻い潜って逃げてきたらしい。

 彼女は本当に新種の機竜なのか? じゃあ何でオレを助けた?


「……アンタはいったい何なんだ?」


 浮かんでくる疑問の答えを知るべく直接尋ねた。

 ハッとした様子で彼女は咳払いを一つして答える。


「……自己紹介がまだだった、反省する。

 私はカグヤ。

 王竜で造られた対竜殲滅人形"ドラグノイド"のカグヤ、よろしく」


 聞かなきゃよかったかもしれない。ますますわけがわからなくなった。

 対竜殲滅人形もドラグノイドも、そんな名称聞いたこともなかった。

 糧の機竜も大事な天船も失い、挙げ句この少女は機竜擬きでただの人間ではないときた。

 それでも声と容姿は好みだったのが質が悪い。安心できる状況じゃないがもう開き直ることにした。


「オレはミカ。竜狩り"だった"ミカだ。この際だから言っておくけど、オレの天船壊した以上は弁償してもらうからな。機竜どもを狩らなきゃ飯も食えない」


「もちろん貴女に付き合うつもり。謝罪だけで済むとは思っていない。私も食べないと本来の力が出ないし、貴女が竜を狩るなら私の目的にも一致する」


 とりあえず言質はとった。目的がどうとか言っていたが一先ず置いておく。

 お金は持ってなくとも、逃げ切る速さといい機竜を狩るだけの実力はありそうだ。

 カグヤのこの容姿で町には入れなさそうだとか、天船含めた狩るための装備一式どうやって揃えるかとか難題は山積みだったが考えるのは止めた。


「疲れたから寝る」


「わかった。近くの島に着いたら起こす」


 目が覚めたら全部夢だったりしないかな。

 でも、カグヤが居なくなるのはちょっと惜しいな。

 カグヤに抱き締められている感触と久々の温もりを感じながら、意識が急速に遠のいていった。

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