第2話
「ところでリタ君、変なものを背負っていますね」
担任のギルはリタの背中に視線をおとし、レトロなふんいきの竹かごを見つめた。
小柄なリタの体には不つりあいかつ、TPOにそぐわぬアイテムだ。
「これはゴミを入れるためのものです」
リタは腰をかがめ、床に落ちていた紙くずを拾いかごの中に入れた。
「私は治癒魔法の能力を上げるために、一日一善を心がけています。かごがいっぱいになればノルマは達成。その日の作業は終わりです」
「なるほど……授業中は邪魔になるから片づけましょうか」
「はい」
リタは魔法でかごを飴玉ほどのサイズに変えポケットに入れた。
「あのかご、既視感が」
「うん……一目見た時から突っ込みたかった」
「ハンスのあれだろ?」
「そう言えばハンスはどこだ?」
クラスメイトたちがまた顔を見合わせている。
ギルが教室の後方に目を向けて「ハンス君?」と声をかける。
その視線をたどったリタの目に、床に這いつくばっている金髪の少年が飛び込んできた。
少年ハンスは何かをつまむとキラキラした目でそれを見つめた。
「やった! 小銭を拾ったぞ! 何か光ったと思ったんだよ」
大事そうにポシェットへとコインをいれる。
「ったく。遅刻したならもう少ししおらしくできませんかねえ」
ギルは溜息をつく。
「まあ、ハンス君、リタ君は隣の席ですから君がお世話してあげてくださいね」
「えっ。それ、特別手当とかもらえます?」
着席しながらハンスは目をぎらつかせる。
「……ありません。ダメ元の質問はやめてくださいね。エネルギーの無駄遣いです」
ギルはのろのろと言い、リタに向き直った。
「じゃあ、授業を始めますから君も座ってください」
「はいっ!」
元気よく言うと、リタは教室の真ん中にある自席へ向かう。
「ハンスさん。よろしくお願いします」
着席前に挨拶をすると
「ひっ」
ハンスはなぜか悲鳴をあげた。
その目にはあからさまな恐怖心が浮かんでいる。
(ああ、きっと黒髪黒目アレルギーですね……ここにはいないと安心していましたが、甘かったようです。しかしそれも想定内!)
他人に恐怖を与えてしまった場合の対処法その1。笑顔。
リタはにっこりと微笑みかける。
全力で無害アピールをしたつもりだったが、なぜかハンスはぞっとしたような表情を浮かべガタガタと震え始めた。
どうしよう。あきらかに逆効果だ。
別に取って食べたりしませんのに……。
どうやったらわかってもらえるだろう。
「あの、大丈夫です? ご気分でも悪いのでは?」
授業が始まり、リタは小声で尋ねてみた。
「ご気分は……最悪だ……ば、ば、化け物」
ハンスの顔からは滝のような汗が流れている。
リタの心臓はぎくりと跳ねた。忌み子アレルギーにしては様子がおかしい。
もしかしたら恐怖心以外の理由があるのかも。
「失礼します」
リタは跪くと彼の胸に耳をあてた。
「え」
ハンスは固まる。
「しっ。静かにしてください」
リタは眉間にしわを寄せ伝わってくる音に耳をすませた。
胸の鼓動がとてつもなく早い。
(間違いない。心臓にストレスがかかりまくっています。まるで死を前にしたような音です。でも、どうして?)
そして手首に親指を当てる。
「脈拍も早い。完璧に異常事態です」
「やめろ。吐きそう」
「吐きそう?」
長い髪の毛の一房がすっくと天に向かって立ちあがった。
「大丈夫。私が治します。ヒール!」
リタの差し伸べた右手から白い光がまっすぐに伸びハンスの胸に突き刺さる。
ハンスの顔は赤から土気色へと変化した。
崩れ落ちるハンスの体をリタはしっかりと抱きとめる。
「ふう。これで大丈夫です」
ギルが無言で近づいてきてハンスの脈を取り「死んでいる」と呟く。
「え?」「死?」
クラスの空気が凍りついた。
「はっ!」
リタはハンスの土気色になった肌を見て焦りに焦った。
「わーーーー、先生、死んでますっ!」
「たった今、君が息の根をとめましたからね」
「うわあああああ。そんなああ。戻ってきてください、ハンスさんっ。ヒール!」
ギルがポカンと口を開ける。
「あ、だめだ……!」
制止の声。しかし時すでに遅く。
リタの手から出た光はハンスの体に再び突き刺さり、かつて少年の形をしていたものは、細かい砂粒となってサラサラと床に落ちていった。
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