善意のサイコパス聖女~破壊レベル100だけど無害です!

あいすらん

第1話

 空気が震えた。

 轟音とともに赤い炎の柱が天に向かって立ちあがる。

 1000年の歴史を持つ王立魔法学校の窓ガラスが砕け散り、甲高い悲鳴が響き渡った。砂埃があたりを白くする。

 そしてそこにいた者たちは、ほんの数秒前までそびえ立っていた山が、跡形もなく消え去っていると気づき愕然とする。 

 全員の視線が、呆然と立ちすくむ少女へと集中した。

 黒髪をなびかせ、驚きに目を丸くしながら彼女は言った。


「あの、山、壊しちゃいました」


 ◇


 話は数日前に遡る。


 七月、セミの声がかしましい今日、王立魔法おうりつまほう学校治癒がっこうちゆ|魔法クラスに、転校生がやってきた。

 腰まで届く長い黒髪につりあがり気味の猫っぽい黒目。

 唇をへの字にまげてピンと背中をのばした、クールな印象の少女である。


「治癒魔法特区出身のリタです。りっぱな聖女になるために来ました。座右の銘は一日一善。性格はいたって無害です。だれのお邪魔にもならないよう隅っこで粛々しゅくしゅくと過ごしますのでよろしくお願いいたします!」


 ぺこりと頭を下げるリタ。

 その小柄な体に、クラスメイト達の視線が一斉に注がれた。


「治癒魔法特区!?」

「治癒魔法の天才たちが暮らす特別な区域じゃん」

「特区の子供は、国王や領主、大魔法使いのお抱えヒーラーなど、要職が約束されているんだろ? なんでわざわざうちに?」


 ひそひそ話がリタの耳へと流れてくる。

 その昔、多くのスター魔導士を輩出した王立魔法学校だが、最近は新設校に押され、かつての名声は地に落ちている。

 平和ボケした彼らにとって、日々凄まじい鍛錬を課せられているという噂の特区は、それだけでリスペクトの対象だった。

 リタの背中に緊張の汗が流れた。


(特区では黒髪黒目の忌み子と呼ばれていましたのに、一歩外の世界に出るとそんな私ですら天才呼ばわり。だがしかしっ)


 そしてぎゅっと拳を握る。


(買い被られるのは想定内っ!)

 

 国に守られた特別な区域に住む民は、職につくまで外部に出ないのが通例である。

 つまり生態そのものが謎なのだ。

 加えて季節はずれの転校生。注目があつまるのは当然だった。

 彼らの視線に黒髪黒目への本能的な怯えや嫌悪感が見られないのはむしろラッキーである。

 リタは早口で弁解した。


「私は天才ではありません。むしろ無能です。あまりにポンコツなので特区を追い出されてしまったのです」


 瞼の裏に、長老たちの困り果てた顔が思い出される。

 半年前の雪の日だった。


「長老さま、急なお呼び立て、何ですか? まだまだ鍛錬の途中ですのに」


 汗をふきながら尋ねるリタに、長老は言った。


「リタ、まずはこれを見よ」


 長老は右手を高く持ち上げた。 

 その手にはスプーンが握られている。

 長老はそれを放り投げた。

 スプーンは部屋のすみへと転がっていく。


「あら、長老さまったらお行儀が悪い……」


 小走りに追いつき拾い上げたリタに長老はこう告げる。


「わしはたった今、匙を投げた。お前を聖女にすることを諦めたということじゃ」

「なるほど、つまり励ましですね? 私にハッパをかけてくれているのですね」

「前向きにとるでない!」


 長老は 一喝しこう続けた。


「リタよ。お前をここ、治癒魔法特区から追放する」

「ついほう? はて。新しいゲームの名前ですか?」

「追放じゃ。お前はここを出ていくのじゃ」

「えええええっ! そんな……! ひどいですっ!」


 リタは長老に詰め寄った。


「私の何が悪いんですか? こんなにやる気に満ちていますのに!」

「やる気を出すな。むしろ捨てろ。全てを諦めて他の道を探すのじゃ」

「嫌ですううう! わーーーーん」

「これはお前のためなのじゃ」


 あの日のことを思い出しただけで、つん、と鼻の奥が痛くなる。

 リタは確かにポンコツだったが鍛錬の全てが好きだった。誰よりも真面目に修行していた自信もある。なのに追放だなんて、あんまりだ。

 泣く泣く旅立つ準備をすすめていたら、噂を聞きつけた王立魔法学校の校長から救いの手が差し伸べられ現在に至る。


(あれはまさしく砂漠で水を与えられた気分でした)


 一度は夢への道を絶たれた、リタは崖っぷち聖女である。

 しかし、絶望していた彼女の前に、一筋の細い糸が垂れてきて……。

 このチャンス、絶対に離さない、と揺るぎない決意を固めている。


「私はここ、王立魔法学校で、絶対に世界一の聖女になって見せます。よろしくお願いしますっ!」


 リタは力強く宣言した。


「なんか、目がキラキラしてるね」

「特区のエリートなのに、ちっとも偉そうじゃないんだな……」

 

 驚きの目は称賛の目に変わった。

 出だしは上々。

 忌み子と敬遠されていた特区よりは遥かに生きやすそうである。

 

「ところでリタ君、変なものを背負っていますね」


 担任のギルはリタの背中に視線をおとし、レトロなふんいきの竹かごを見つめた。

 小柄なリタの体には不つりあいかつ、TPOにそぐわぬアイテムだ。


「これはゴミを入れるためのものです」


 リタは腰をかがめ、床に落ちていた紙くずを拾いかごの中に入れた。


「私は治癒魔法の能力を上げるために、一日一善を心がけています。かごがいっぱいになればノルマは達成。その日の作業は終わりです」

「なるほど……授業中は邪魔になるから片づけましょうか」

「はい」


 リタは魔法でかごを飴玉ほどのサイズに変えポケットに入れた。


「あのかご、既視感が」

「うん……一目見た時から突っ込みたかった」

「ハンスのあれだろ?」

「そう言えばハンスはどこだ?」


 クラスメイトたちがまた顔を見合わせている。

 ギルが教室の後方に目を向けて「ハンス君?」と声をかける。

 その視線をたどったリタの目に、床に這いつくばっている金髪の少年が飛び込んできた。

 少年ハンスは何かをつまむとキラキラした目でそれを見つめた。


「やった! 小銭を拾ったぞ! 何か光ったと思ったんだよ」


 大事そうにポシェットへとコインをいれる。


「ったく。遅刻したならもう少ししおらしくできませんかねえ」


 ギルは溜息をつく。


「まあ、ハンス君、リタ君は隣の席ですから君がお世話してあげてくださいね」

「えっ。それ、特別手当とかもらえます?」


 着席しながらハンスは目をぎらつかせる。


「……ありません。ダメ元の質問はやめてください」


 ギルはぴしゃりと言い、リタに向き直った。


「じゃあ、授業を始めますから君も座ってください」

「はいっ!」


 元気よく言うと、リタは教室の真ん中にある自席へ向かう。


「ハンスさん。よろしくお願いします」


 着席前に挨拶をすると


「ひっ」


 ハンスはなぜか悲鳴をあげた。

 その目にはあからさまな恐怖心が浮かんでいる。


(ああ、きっと黒髪黒目アレルギーですね……ここにはいないと安心していましたが、甘かったようです。しかしそれも想定内!)


 他人に恐怖を与えてしまった場合の対処法その1。笑顔。

 リタはにっこりと微笑みかける。

 全力で無害アピールをしたつもりだったが、なぜかハンスはぞっとしたような表情を浮かべガタガタと震え始めた。

 どうしよう。あきらかに逆効果だ。

 別に取って食べたりしませんのに……。

 どうやったらわかってもらえるだろう。


「あの、大丈夫です? ご気分でも悪いのでは?」


 授業が始まり、リタは小声で尋ねてみた。


「ご気分は……最悪だ……ば、ば、化け物」


 ハンスの顔からは滝のような汗が流れている。

 リタの心臓はぎくりと跳ねた。忌み子アレルギーにしては様子がおかしい。

 もしかしたら恐怖心以外の理由があるのかも。


「失礼します」


 リタは跪くと彼の胸に耳をあてた。


「え」


 ハンスは固まる。


「しっ。静かにしてください」


 リタは眉間にしわを寄せ伝わってくる音に耳をすませた。

 胸の鼓動がとてつもなく早い。


(間違いない。心臓にストレスがかかりまくっています。まるで死を前にしたような音です。でも、どうして?)


 そして手首に親指を当てる。


「脈拍も早い。完璧に異常事態です」

「やめろ。吐きそう」

「吐きそう?」


 長い髪の毛の一房がすっくと天に向かって立ちあがった。


「大丈夫。私が治します。ヒール!」


 リタの差し伸べた右手から白い光がまっすぐに伸びハンスの胸に突き刺さる。

 ハンスの顔は赤から土気色へと変化した。

 崩れ落ちるハンスの体をリタはしっかりと抱きとめる。


「ふう。これで大丈夫です」


 ギルが無言で近づいてきてハンスの脈を取り「死んでいる」と呟く。


「え?」「死?」


 クラスの空気が凍りついた。


「はっ!」


 リタはハンスの土気色になった肌を見て焦りに焦った。


「わーーーー、先生、死んでますっ!」

「たった今、君が息の根をとめましたからね」

「うわあああああ。そんなああ。戻ってきてください、ハンスさんっ。ヒール!」


 

 ギルがポカンと口を開ける。


「あ、だめだ……!」


 制止の声。しかし時すでに遅く。

 リタの手から出た光はハンスの体に再び突き刺さり、かつて少年の形をしていたものは、細かい砂粒となってサラサラと床に落ちていった。

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