第3話(2話をわけました)

 教室の真ん中に長い木箱が置かれ、金色の砂……元はハンスという少年だったもの……が集められていた。

 リタはそっと目を閉じる。


「ハンスさん、安らかに……」


 クラスメイトたちが一斉に硬直し、ギルがギョッとしたような目でリタを見る。


「なかなかのブラックジョークですね……」

「はっ! 条件反射でつい……!」


 リタは棺桶そっくりな木箱を見つめながら肩をすくめる。


「言葉に気を付けないと、わざとやったと思われますよ。ほら」


 ギルは片手を一振りした。

 魔法が発動し、クラスメイト達の思念が、書き文字となって彼らの頭上にプカプカ浮かぶ。


『怖いな』

『おとなしそうな顔をしているのに』

『化け物呼ばわりだけで、殺すなんて……』

『しかも慈愛に満ちた微笑みまで浮かべて』


「私と君以外の全員が気に食わない者を次々に倒し、神妙に追悼する、マッチポンプ聖女を連想しています」

「ち、ち、違います……そうじゃなくて!」


 リタは悲痛な顔でうなだれる。


「私……慈悲深じひぶかいんです……」

「慈悲……深い……」


 ギルが復唱し、リタはうるんだ眼で大きく頷く。


「苦しんでいるようだったから……楽にしてあげようと……」

「目的は見事に達成されましたね。ハンス君は、自分が死んだことに気がついてすらいないでしょう」


『サイコパス聖女だ』


 クラスメイト達の総意らしく、頭上にひときわ大きな書き文字が浮かぶ。


(最悪なニックネームです! しかしこれもまた、想定内!)


 リタは必死な眼差しをギルに向けた。


「先生! ハンスさんを助けてください! お願いします!」


 リタは知っている。手に余る課題はできる人にパスして助けてもらうべき、と。

 そうやって、特区での厳しい鍛錬ライフを乗り切ってきた。

 ギルは頷く。


「ええ。当然そのつもりです。蘇生魔法はまだ誰も使えませんからねえ。まあ、原型があれば楽だったんですが」


 どこか面倒そうに杖を振るギルを、リタはかたずをのんで見守った。

 木箱の中で砂が生きものみたいにうごめき始め、人の形にまとまっていき、しばらくすると一気にもとの姿になった。


「おおおおお」


 自然に歓声が沸き起こる。

 次の瞬間、ハンスはパチリと目を開けた。


「んと、あれ?」

「やった! 生き返ったぞ!」

「蘇生魔法って、すげー!!!!」

 

 教室にふたたびどよめきが走る。

 そんな中、ハンスは不思議そうに首をひねりながら、ゆっくりと体を起こした。


「なんか、長い夢を見ていた気がする……川べりの小舟にもうちょっとで乗りかけていたんだけど」

「絵にかいたような三途の川ですね」


 額の汗をふきながらギルがつぶやく。

 リタはキラキラと瞳を輝かせ、木箱へと跪く。


「ハンスさんっ! 良かったー! お帰りなさいですー!!」


 喜びのあまり、この場でコサックダンスを踊りたくなるのをグッと堪える。

 ハンスはリタの存在に気がつき、ひっ、と悲鳴をあげた。


「うわああああああああ、嫌だあああああ」


 恐怖のためか、ハンスは白目になっている。


「ハ、ハンスさん、聞いてください。悪気はなくて私は無害です」

「寄るな、さわるな。近寄るな」

「危険性ゼロの生き物なんですうう」

「半径1メートル以内に来るなって!!!」


ハンスは夢から覚めたような表情であたりを見回し、窓に向かってダッシュすると、おし上げ式の窓を開け、窓のさんに片足をかけた。


「ったく、こんなところにいられるか!」


飛ぼうとしているハンスをギルが止める。


「あ、だめですよ。蘇生して数分は魔法が使えませんので」

「え、そうなんです?」


ハンスはそう言って振り返る。


(大変。今度こそ助けなきゃ!)


ハンスに与えた数々の迷惑を、ここで一気に挽回しようとリタはつい、張り切ってしまう。


「ハンスさん、動かないでくださいねっ」


ハンスを引き戻そうと駆け寄ったリタは、窓の前で思わずよろめいた。

バランスを取ろうと突き出した手が、ハンスの背中をちょん、と押す。


「あ……」

「あ?」


ゆらり、とハンスの体が揺らめいて……。


「うわっっっっぁぁぁぁぁん。この馬鹿……っ!」


仰向けの姿勢で地面へと落ちていく。


「ハンスさーんっ!!!」

「あ、リタ君、だめだ」


ギルの声は、焦りまくっているリタの耳には届かない。


「ヒール!」


 爪先から光が飛び出し、ハンスを射抜く。

 そして……


 ハンスは空中で細かな砂粒になり、サラサラと地面へ落ちていった。

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