あの日々の記録
栗ご飯
一日目
「オッケー、できたよ。ありがとう」
そう僕が言うと、目の前に座る『彼』は笑顔を消さずにゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ほら見てよこれ、うまく描けてるでしょ」
彼は僕の前に来ると、笑顔のまま黙って、キャンバスに描かれた自分をじっと見ていた。またすこし腐敗しただろうか、頬にむき出しになった骨が前より広がっているように見える。
そろそろ戻してあげる頃かな......。そう考えていると、愛猫のプルートーが玄関で鳴き始めた。
そうそう、彼女の紹介を軽くしておこう。彼女の好きなところはあげればきりがないが、特に魅力的なのはそのえぐりぬかれた片目だ。彼女は家の近くをさまよっているのを見つけて飼い始めたのだが、そんなことをする前の飼い主は僕のいい芸術仲間になったことだろう。
さて、彼女が玄関で鳴くのは、誰かがやってきたことを知らせるためだ。特に嬉しい来客にはハチミツのように甘ったるく鳴き、嫌な来客には血のりより黒く威嚇するように鳴く。今回の場合は後者だった......。奴らが来たのだ。
「おいさっさと開けねぇかクソガキ!開けろ!」
奴らの一人(チビでデブな方だ。確か何とか少佐とか言ったか)がドアを殴るたび、古い木製のドアはぎしぎしときしむ。
「そんなに乱暴にしなくても開けますって。これが今回の作品です」
ついさっき完成したばかりの彼の絵を渡そうとすると、奴らのもうひとり(こっちはのっぽのガリだ。同じく少佐だったはず)が乱暴に受け取った。そいつは絵を少し見ると
「っけ、こんな真っ黒な絵のどこがいいんだか」
とほざいてきたので、不満をこめてにらみつけた。
「何だお前その態度は、誰のおかげでお前みたいなクソが生活できてると思ってんだ。俺たち政府様のおかげだろ??なあ」
「おいよせよ。それにこんな絵でもよく見りゃいいじゃねぇか。特にこの骨なんかケッサクだぜ」
そろいもそろって腹の立つ奴らだ。
「じゃあ、もうこれでいいですよね。失礼します。また新月の時まで」
そう言ってドアを閉めようとする僕の手を、チビでデブな方が掴んだ。
「待ちな、今日はお前に会わせるやつがいるんだ」
そうやって顎で示したのはのっぽのベルトあたり、細く小柄な少女が恐る恐る顔を出した。僕よりちょっと年下だろうか。肌は絹のように白く、髪は透明と思えるほどに透き通って見えた。
「ワトソン。お前と同じく特定有害能力もちだ。今日からお前と一緒に住んでもらう」
――!
「え、一緒に住むなんて......人と一緒に住んだことすらろくにないのに?いきなり女の子と?そんなこと急に言われても......」
瞬間、チビデブの左手からボッっと火が噴き出た。
「ゴタゴタぬかすなくそ野郎。その気になればお前なんて家ごと燃やせるからな」
そう吐き捨てて、奴らは去って行った。
ぽつんと取り残された女の子—ワトソンは、ただうつろな目で僕をじっと見つめていた。僕はどうしていいかわからなかったので、しどろもどろになりながらも彼女を家に招き入れた。
「とりあえず......ようこそ僕の家へ、かな?初めましてが先?」
ここは都市の離れの離れにある古びた家。誰もが超能力をもつ世界で、政府に害をなすと思われる能力をもって生まれた者の隔離場だ。
「ワトソン、能力は?ちなみに僕は死者操作、死んでいれば何でも自由に動かすことが出来る」
彼女はなかなか話そうとしなかった。仕方がないから握手してこの場を終わらせようと手を差し出した時、彼女が口を開いた。
「—放射物生成。さわった物が放射性物質になる」
思わず手を引っ込める。彼女は嫌な顔ひとつせず、ただじっと僕を見つめていた。
僕たちは、これから二人で、ここで生きていくことになる。
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