ヤマのコドモ

 捜索から暫くしてすると社務所に銀嶺が走り込んで来た。

 遅れて斉木もやってくる。


「不味いっ、父さん、捜索範囲の奥の辺り雰囲気がおかしいし、視ても痕跡がパッタリ無くなってた」

「銀の時みたいになってるか……わかった」


 銀流は返事をしてから目を閉じ表情を緊迫感のある顔になり鋭い眼光を見せる。


「じゃあ銀と斉木、二人の手前で捜索してた人間を全員呼び戻してくれ。その後指示をするが俺はこれから本殿に向かうからそっちに連れて来てくれ」

「わかった!!」

「承知しました」


 二人は銀流の指示を受けてまた社務所から飛び出した。

 再び社務所は銀流と実子の二人になる。

 戻って来て少ししてから楓は台所の方へと指示を送ってもらうのと紫里と待機で奥に引っ込んでもらっていた。

 楓もまだ六歳の実子を連れて行こうと考えたが銀流に勘が必要と言われて実子に大人しくするようにと言ってから一人でその場を離れた。


「厄場だなぁ……」

「とりあえず、本殿に移動してヤマにお伺い立てないと」

「無論、わかっている」


 銀流は頭を抱えながらこぼす。

 実子は今はやるしか無いと銀流を急っつかせる。

 銀流はそう言ってから駆け足で本殿に移動して行った。

 実子も遅れて移動する、歩幅から何まで違うので結果的に大きく遅れて本殿に到着した。

 銀流ですらこの事態に気を遣う心も時間も余裕が無くなっている証拠であり実子も幼い子供とは思えない顔になっていた。




 


 脚の遅い実子が本殿に辿り着いたときには注連縄が四方に張られた中で銀流は本殿の壺の前で呪を紡いでいた。

 銀流は壺を前にして祝詞を唱えた後、別の呪を紡ぎそして唱え終わり口を閉じる。

 それを見計らって実子は躊躇いもなく注連縄の中に入り銀流に近付き話しかけた。


「…して」

「今回は返してくれるようだが間に合わなかったら無理のようだ」

「……まだ最悪の事態になってないだけマシか。銀嶺ギンの時は半月わたしが助けたが……もしやあの子か」

「あの年齢だと案内する人が居ないと無理だから恐らくな」

「あの子もそろそろ限界の時期だから遣われたか……」


 銀流と実子が話していると本殿に銀嶺や斉木そして呼び戻した翁や姫川、そして政理家側の三人がやって来た。


「父さん、連れてきた」

「お待たせしました」

「とりあえず今は入って良いぞ」


 二人はそう言って本殿の前まで連れて来ていた。

 銀流と実子は注連縄から出て実子はその場に立ち、銀流は本殿の外の近くまで移動した。


「失礼します……っ!?」

「失礼します……?」

「捜索中止とはどういうことですか!?」


 汀は注連縄の奥の壺を視てギョッとした顔をした。

 その汀の表情を見て杏梨は怪訝な顔になる。

 その中顔を真っ赤に激昂した利三が銀流に掴みかかろうとして慌てて汀と銀嶺に後ろから掴まれ止められる。


「利三殿、落ち着いて聞いてくれ」

「これが落ち着いてられますかっ!!」


 銀流は冷静に利三に言い聞かせるが二人がかりで抑えられている利三は唾を飛ばす勢いで叫んでいた。

 

「娘を気持ちは俺にもわかるが……」


 銀流は溜め息をつきながらそう言った後、密着するレベルで近付き普段髪の毛で隠している神の寿ぎの証である右眼を見せる。


「とりあえず落ち着いて話を聞け」

「っ!?……はい」

「二人ももう良いぞ」

「はい」

 低い声で利三に命令し目を隠した。

 すると利三はビクッと一度体を震わせた後顔の色も戻り大人しく返事をした。

 そして銀流は抑えていた二人に拘束を解いていいと元の声で告げて利三は自由になる。

 利三は銀流を見たまま動かなかった。


「良いか、利三殿。まず一つ、明るいがだいぶ日が傾いている、ただでさえ薄暗い山の藪で捜索するのは慣れてない君達の命を落としかねない自殺行為だ、やるとしても明日だ」

「……っ」

「二つ目、大っぴらに言えないが霊峰ヤマにお伺いを立てたから日が暮れる迄に何かしらあるかもしれない」

「それはどう言う」

「そして三つ目、利三殿は君の娘が帰ってくるまでに、帰ってきた時の娘の安心出来る居場所を作らないといけない。どういう意味か分かるな?」

「っ!?」


 銀流は指を立てて本数を増やしながら説明した。

 最期まで聞いた利三は目を瞠る。


「二つ目に関しては日没までに山から何かしら知らせがあるだろうとしか今は言えないが、利三殿に出来る事、やらねばならない事は今の政理家の問題を片付ける事だ。全てを今やる事は出来ないが、娘が帰ってくるまでに片付けないといけない事は……利三殿、わかるな?」

「……っはい!!」

「では政理当主達の所で取り掛かってくれ、

「承知しました」


 銀流に利三は諭されそう言って失礼しますと言って政理家に宛てがわれた客間に駆け足で向かった。

 

「いやー凄いですね、利三さんを正気に戻して言うこと聞かせるなんて」

「先程の命令も利三さんが娘の捜索が出来ずに心配でまた爆発しないように気を逸らしてガス抜きさせる為のモノですわよね。凄いですわ」

「……どちらも利三殿には言わないでくれよ」


 龍野夫妻は銀流を見据えて褒め称えた。

 銀流は本人には秘密だと返す、他にも隠してる事がある事が夫妻には見えているようだと推察したようだ。


「……あー龍野夫妻は隣部屋がドタバタの修羅場やってる状態だから他の部屋にまず移動した方が良いだろう……手配するからそこで寛いでくれ」

「それはありがたいです、今戻ったら何が起こってるのか気にはなりますがね」

「ありがとうございます」

「翁、残ってる部屋の選定を頼む」

あいわかった」

「荷物取りに行きませんと……」


 そう言って翁と龍野夫妻の三人は本殿から去って行った。


「もう文字通りの神頼みだな」

「私達では現し世ははっきり見えないからね……」


 銀流と実子は目がおそろしく悪く、眼鏡で視力を補おうとしても足元が見えない位の視界が限界範囲という有り様で、二人共別のモノを視るのに長けてしまいこの世を視るのが苦手としている。

 祝家は様々な遺伝子で何かしらの原因の視力の難が生まれていて銀流の子供達は高確率で先天性の大なり小なり視力が悪く、更に銀流本人と長男の銀嶺は色別に問題まで抱えている。

 銀嶺は左目は少し目が悪い程度であるが、右目は銀流や実子と同程度悪い上に赤と緑の認別が出来ない色弱を抱えているのだった。

 山自体には何度も入っていて慣れている上に当主の後継として名代としても動かさないといけないから今回は捜索に参加させたが本来は良くないことは銀流もわかってはいる。


「とりあえず、集落の医者を呼んでおくとして……」

「すいません銀流様、私は部屋で待機してれば良いですかね?」

「お、そうだ。斉木はコレのコピーを頼む」


 斉木の声に銀流はそういえば忘れてたと依香から渡された黒い小さな物を斉木に渡す。


「ボイスレコーダーですか、データの焼き増しですね。ディスクにでも入れておけば良いですかね?」

「その辺りは任せた」

「ノートパソコンで出来るので部屋に戻ってやっておきますね」

「フッ……周りには気を付けたまえよ」

「それはそうですね、ハイ」

「……私も部屋に戻ります、失礼」

「後で謝礼渡すからな」

「承知しました」


 銀流は機械に長けている斉木に渡した。 

 何の音声データが入ってるのかは言うまでもない。

 斉木はメガネを光らせ銀流と悪巧みを考え互いをみやって笑い出す。

 そんな光景を見ながら姫川は部屋に戻ると言い本殿を出る。

 その際、銀流は後で払うよと姫川に声を掛けた。

 そして姫川は返事をしてから去って行った。

 銀流も一度社務所に行き、電話で麓の集落の医者を呼んだ。








「そろそろ日没か」

「冬至まであと一月ひとつきだから日が落ちるのが早いなぁ」

「……やっとあの子も還ったようだ」


 山も太陽が見えなくなり日が暮れて赤く染まっていた、やがて空は青く暗くなり始めるだろう。

 実子は何かを察知したようで山側、壺の向こう側を見て呟いた。

 すると突然本殿の横から予想外の人物が入ってきた。


「……失礼します」


 ほぼ寝込んでいる事が多かった青嵐が上着を羽織って本殿まで歩いてやって来た。

 顔の色も白いが頬が赤く生気を感じさせる色で以前よりも健康的な印象になっている。

 そして腰辺りまで伸び切った髪も合わさり何処か別の女性の様な雰囲気が混ざり帯びていた。


「青嵐!?……起き上がって大丈夫なのか?だいぶ混ざっているようだが」

「アオ兄……あの子の残滓を受け取ったんだね」

「お陰で起き上がれるようになりました、それよりも」

「……何だ?」

「貴子さん既に戻ってきてますよ」

「そうなのか!?」

「あー…本当だ、前に居る。倒れてる」


 本殿の前を開けると幼い貴子が髪型が乱れ、着物と足袋をボロボロの状態でうつ伏せに倒れていた。


「生きてるのか?」

「温かいし息もしてるけど、多分疲労困憊で力尽きて倒れてる」

「安心したな……」

「うつ伏せですが……頭の怪我は無さそうですね、お医者様呼んできます」

「とりあえず俺が客間まで運ぶからそこに連れて来てくれ、後婆も連れて来てくれ」

「わかりました、貴子さんのお父様の方は」

「向こうも取り込み中だろうしこの娘が落ち着いてからの方が良いだろう」

「ではその様に致します」

 

 そう言って貴子を軽く診た青嵐は、銀流に相談してから駆けて行った。


「ずっと寝込んでいた筈なのになんで綺麗に走れるんだ……」

「とりあえず貴子さんを運んでおうなに世話を頼まないと……」

「そうだな」


 銀流は床から離れられなかった息子が走っているのを目にして信じられない見た顔をするが、実子に早く運ぶように言われる。

 因みに嫗とは実子達の祖母の篝の事である。

 銀流は両手で小さな娘と同い年の幼子を持ち上げると辺りを警戒しながら明るい場所を歩き本殿を後にした。

 実子は本殿を前を閉めてから遅れて銀流に付いていった。

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