ヒトの子
アオとの邂逅
気付けば明るい日差しの中、山の社の本殿の前で貴子は立っていた。
そして目の前には怪我や汚れの無い綺麗な姿で袖部分の色が変化し続ける不思議な巫女装束を身に纏い笑顔のミケも立っている。
「これでやっと貴女はヒトの子になれるよ」
そう言ってミケは貴子にが山を下る途中で貴子に渡した札を再び渡した。
「私も存在を手放して山から解放されるの、ありがとう」
そう言ったミケは今までで見た一番の笑顔を貴子に見せて光になって霧散した。
貴子は手を前に伸ばしても風を切り何も掴むことが出来ずに手を下に戻す。
貴子はただ立ちつくす事しか出来なかった。
『アリガトウ』
その声はずっと何度も色んな幼い声で誰かが貴子に向かって言い続けていた。
「どこ……?」
貴子が目を覚ますと知らない部屋に居て思わず驚き起き上がる。
服装も誰かのパジャマに着替えさせられていて貴子は夢を見ていたことに気付いたのだった。
そしてミケが居なくなってしまった事にも気付いた。
貴子は沈んだ顔になる。
すると部屋に知らない儚げで綺麗な美少女らしき人がやって来た。
社の縁者だろうか、見た目の年齢は貴子より少し上くらいに見え、目元は下がっておりキツい印象はなく何処かぼんやりとどこか中性的な印象を与える美少女である。
美少女は貴子が起きている事に気付き心配そうに近づいて話しかけてきた。
「おはようございます貴子さん。体調は大丈夫ですか?ご飯は食べられます?」
すると丁寧な口調とは裏腹にグイグイと美少女は貴子に失礼と言って右手で額に触れる。
その手は細く肉も薄いものであった。
額に手を当てられたことと話しかけられたその声に貴子はピクリと反応した、そして顔をじいっと見る。
「お、おはようございます……はい、おきられました、たべられます……」
「それはよかったです、熱もなさそうですね。幸い頭の怪我は見当たらず身体の方にも傷はほとんど見当たらず掌の掠り傷、それなりの打撲痕が散見されますが骨や内臓にはダメージはないと診断が出ております。そして服で隠れる範囲なので体調が問題なければ今日七五三を執り行う予定です」
貴子は解答に躊躇うが従兄妹でなければ問題ないとぎこちなく答えた。
あぁ、良かったと言う美少女の安心した顔を見て貴子は目を瞠る。
「あぁ、あと此方。貴子さんが見つかった時に手にしていた御札ですね、お返しします」
アオはそう言って草臥れて少し汚れた和紙を御札を貴子に渡した。
「あ、ありがとうございます…………」
「貴子さんの事を守りたいって言う気持ちが籠もっている御守の御札のようです。貴子さんがお持ち下さい」
「そうですかぁ……」
そう言って貴子は御札を受け取った。
あの時ミケから受け取った御札とは違う字が書かれているように見えるが御札自体は同じ気配を帯びていた。
それを貴子は内心疑問に思いながらも両手に持ち見つめる。
アオの御札の説明を聞き、貴子は顔つきや雰囲気そして声が何処かミケに似ているのを感じた。
そして貴子はご飯についてと、今日七五三を行うと言われたことでふと時間が気になり出した。
「え、えーと、ここは神社のどこですか?お母様達はどこに……後、今は何時ですか?そしてあなたはだれですか?」
そして貴子は美少女に捲し立てるように矢継ぎ早に訊ねた。
「ここは神社の居住区の部屋の一つです。貴子さんのご両親についてはこれからお父様をお連れしますね。今は翌朝の七時過ぎです。そして私は……アオと申します」
「そうですかぁ……」
少し詰まった後謙った口調で美少女はアオと名乗った。
「昨日の夜、貴子さんが本殿の前に倒れているのが見つかりました。朝御飯を食べた後にでも何があったのか貴子さんのお父様とご一緒にでも私に聞かせ貰えませんか?」
アオは額を触れた右手で頭を撫でながら優しい眼差しを向けつつも真摯に問う。
その眼に宿った輝きはミケの瞳にあったそれを貴子に想起させる。
そして貴子は無言でその手を両手で握りしめた。
「ううん、今はなします。きのう――」
そうして貴子は何処かミケに似た気配をさせたアオに全てを吐露した。
そして次第に涙混じりになりながら幼く拙い言葉を捻り出す姿にアオは堪らなく大人達への怒りを覚え出す。それを貴子に悟られないように貴子の頭を撫でた後アオは貴子を抱き締める。すると貴子も抱きしめ返した。
「そうでしたか……今まで辛い思いをしてきたんですね。誰も気付いてあげられなくてごめんなさい」
全てを訊いたアオはそう言って静かな怒りを押し殺し貴子の頭を撫でる。
「ご飯を持って参りますので暫しお待ちを」
「うん……」
貴子が目を覚ましたことを報告しにアオは部屋を出て行った。
貴子は安心して落ち着きを取り戻していた。
「貴子さんのお父様をお連れしました。後此方朝御飯です」
暫くしてアオと貴子の父である利三がやって来てアオは朝御飯をテーブルに置いて部屋から出ていった。
「ごゆっくりおくつろぎ下さい」
「此処までありがとう」
利三はアオにお礼を言う。そしてアオが出ていった後、貴子に対し土下座をしていた。
「強く言えず此処まで辛い思いをさせてしまって済まなかった」
紹介で婿入りした利三は我儘な梛子との折り合いも悪く強く出られない為、此処まで事態を悪化させてしまったと貴子に謝っていた。
「ううん……お父さまはわたくしにはきょうみないと思ってたの」
「そんなことはない、貴子はお父さんの娘だよ。お母さんがお父さんを帰って来るなと家から追い出されたりしててあまり顔も合わせられなかったね」
貴子は首を左右に振り、土下座する利三に抱きついた。
そして利三も土下座を止めて娘の貴子を抱き締めた。
「ああ、そうだ。貴子、お母さんについてだが……」
「っ……うん」
そして利三から梛子に関することを告げられる。
貴子はお母さんという言葉に一瞬ビクッとしたがそれを押し殺し返事をした。
「お母さんは昨日の貴子が居なくなって山を探す際に宮司様達に私や君のお祖父様お祖母様含めて事情聴取されてね、貴子に対して今迄行ってきた所業と吹き込んだ指図が親戚中にバレて暫く貴子とは隔離されることになったよ」
「……そうですか」
「流石にお母さんに甘かったお祖父様とお祖母様も酷い醜聞が祝だけでなくその周辺の家にまで知られてしまってお冠でね暫く離れに押し込めると仰ってたよ。後お祖父様お祖母様も後で謝罪にくる筈だよ」
「昨日の着物はボロボロだからスペアの方を着るようにとの事です」
そう言われてご飯を食べたあと昨日と同じ様に実子の父方の祖母である
貴子達の七五三を執り行う為控室を出ると祖父母が貴子に謝りに来た。
実子と篝がスススと静かに少し離れた場所に移動する。
「本当にごめんなさい……」
「厳しくしてるのは知っていたが度を越していた上に人としてダメな事をしていた梛子を知らなかったとは言え止めず済まなかった」
「わかりました、わたくしはしゃざいをうけ入れます」
貴子は何処か死んだ目で祖父母を見やりそう告げた。
特に祖母は梛子を甘やかしあの人格に育てた人間であり、依香に目が行っていて放置し今度は依香を甘やかしていたのだ。そしてその結果がこのザマである。
依香も溺愛されていたようだが、才色兼備や大和撫子等と持て囃されるだけあって少なくとも人への気遣いも自身に対する厳しさも持ち合わせているようだ。
それは実の両親がしっかりと学ばせたのだろう、その事実も貴子にとって母親や祖母の至らなさを見せつけて来るようなものであった。
「本殿に行きましょう。氏子として神様に報告する為に、ヒトの子になる為に」
「!?……うん」
二人の祖父母の前に虚無を抱いて立ち尽くす貴子の手を差し伸べて実子はそう告げた。
貴子は目を見開いた後頷いてその手を取り二人は本殿へ移動した。
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