ヤマの異界
神社の屋外の捜索を命じていたカメラマンの斉木が突然やって来た。
見た目は銀流と同じくらいの見た目をした爽やかな好青年という風貌だが今は緊急事態なので険しい顔をしている。
「銀流様、下駄見つけました!!山に入っていってしまった様です。奥方様には既に知らせました」
斉木がそう言って下駄とデジカメの画像を見せる。
依香がデジカメの画像を見て目を細め眉間に皺を寄せた。
銀流は下駄と斉木ををちらりと見るのみだった。
「手前に下駄が転がってて山に入った痕跡もあります……と」
「依香様の仰る通りです」
「うーむ……利三殿!!」
銀流が政理家三人で梛子に詰め寄っている所に声をかけた。
「はいっ!!」
銀流の声掛けに気付いた利三がすぐにやって来る。
「とりあえず、新しい情報だ。君の娘は山に入っていってしまった事がおおよそ確定した」
「っ……そ、そんな、無事に、貴子は見つかるんでしょうか……」
銀流が見つかった下駄を持って説明をした。
すると利三は目を瞠ったあと涙が溢れ出し泣き出した。そして涙を隠す様に拭った後話し出す、その声は震えていた。
「今は捜索の為にも此処で争っても埒が明かない、まず政理当主夫妻とその娘を元々宛がわれた客間に戻してくれ。そして他の政理の者で君の娘の捜索を手伝える人を社務所に連れてきてくれ」
「…………はい、承知しました」
「私も手伝いますわ」
銀流は利三を落ち着かせる為にも、今やるべきことを指示した。
利三は銀流の声を聞いて静かに低い声で返事をした。その目は据わっており真顔で未だに梛子を糾弾している三人の元へ向かって行った。
依香も険しい顔をしてそれに付いていく、少しすると五人は本殿から移動した。
「さて、斉木は銀嶺と山の捜索をしてくれ。範囲は険しい場所が多いから子供が登れないところを除いて足取りを考えなければ……」
「はい、地図は此方です」
銀流は斉木に山狩を任せる旨を示す。
斉木は縮尺の小さい周辺のコピーした地図を出し下駄のあった場所に赤いボールペンを入れる。
「銀流様の仰る通りにするとこのエリアは沢の側の岩場で困難なのと、また小さな女の子の慣れない着物での挙動を考えると絞られるかと」
そう言って斉木はさらに赤を入れる。
「では奥の方を斉木と銀嶺で頼む」
「承知しました」
「爺と姫川にはその手前をやらせるとして政理からは誰が来るか……」
銀嶺は山に慣れた斉木と息子の銀嶺に捜索範囲の奥を二人行動を指示し、その手前を爺と姫川にするとして政理からの応援と行動させる事にした。
「若様と
「とりあえず社務所に移動するか」
「貴子さん……大丈夫かな……」
「実子は敷地内には居るように」
「はい」
斉木が二人は社務所に居るだろうと言いその場に居た人間は社務所移動した。
「あ、貴方……」
「お父様、貴子ちゃん山入ったのかい!?」
「当主、どうするか」
社務所には想定した連絡役を務める楓と息子の銀嶺と前当主でもある翁、それと顔が厳つい分家の青年の姫川の四人が居た。楓は巫女装束のままだが、銀嶺と翁は既に動きやすい服に着替えていた
「政理貴子が山に入ってしまったのが確定したから、これから山狩になる。動きやすい格好で山に向かってくれ」
「捜索範囲はこのようになります」
「銀嶺と斉木が一番遠くを担当して貰うことになる、丈夫な上着を着てから山に行ってくれ」
銀嶺の言葉に斉木が書き込んだ地図で補足する。
書き込まれたコピーの地図を銀嶺が覗き込んだ。
「……思ったより狭いのか……?」
「翁と姫川はその手前での捜索だがもう二人ほど来てからの行動だ」
「そうかい」
「畏まりました」
翁は一言了承の言葉を漏らすのみだった。
「若様は俺と行動になります」
「そうか、わかった、頼むぞ」
斉木の言葉に銀嶺が答え、二人は上着を着てからそのまま山に入る為に社務所を出ようとした。
すると銀流が出ていく銀嶺に話しかける。
「銀、お前は右の目でちゃんと痕跡を視てくれ、そしてあの
「なっ!?そういうことなのか……!?あの日の僕みたいに」
「半分正解といった所か、詳しい事は後でだ。それがわかった場合はすぐに二人共戻って報告してくれ。その場合はやるべき事が変わってくる。当主の俺も別の形の動き方をしなければならない、あの娘を救うためにもな」
「承知しました」
「了解した」
銀流の言葉に銀嶺は目をカッと見開き声を荒げるが、銀流は涼しい顔で返事をして銀嶺を落ち着かせる。
そして斉木と銀嶺は返事の後山に向かって行った。
「楓も着替えてきて良いぞ、もう今日は中止だからな」
「それは……そうですね……わかりました。では少しの間お願いしますね、貴方」
銀流の言葉に楓は了承して社務所から居住スペースに向かった。
「もう問題が山積みだ」
「済まない……」
椅子に座った銀流のぼやきにもう一脚の椅子に静かに腰掛けた翁が息子の銀流に謝る。
先代である翁の代までにかなり祝の本家が弱体化してしまった。その為今現在銀流は何をやるにも分家や分家から新しく独立した家に反発されたり圧力を掛けられたり様々な事で四苦八苦している状態でこの騒ぎである。
結果、先祖帰りとして霊力とカリスマを持って生まれ両親にはあまり似ていない銀流は度々命を狙われ、隣の親戚の寺に逃げていた。
そして若くして神社及び本家としての実権を掌握し反発する分家への圧力や力を削いだり、信頼の出来る分家との結束を強めたりしている最中である。
「そうだな……だから死んでも扱き使うぞ爺」
「……優先事項は貴子さんの捕捉と救出、政理家を脅すのはその後よ」
「本当に胸糞悪い……」
「…………」
銀流は無力な親に対し暗い顔で返事を返し、それを見た孫は取捨選択をと言い、銀流が政理家の事をぼやく。
信頼できる分家の姫川は必死に空気になっていた。
「祝当主、申し訳御座いません。お待たせ致しました」
利三が二人の男女を連れてきた。
「今居る政理家側で山狩の手伝えるのは私以外には龍野夫妻だけです」
「銀流氏、貴子ちゃんがお山に入ってしまったんですね」
「姉が色々大変ご迷惑おかけしております。あそこまで愚かだとは思いませんでしたわ」
利三の言葉でパッとしないぼんやりとした青年という風貌の
杏梨の姉という言葉の通り、杏梨は梛子と楓の妹であり政理家当主の三人姉妹の末娘である。
龍野汀は芸術家で独特な感性を持ち、杏梨と結婚する前からパトロンの政理家に出入りしていた人物であり、銀流ともそれなりに長い付き合いである。
銀流と汀の仲もそれなりに良くすぐ下の集落に居を構えて作品を作っている。
「他の人間はだいぶ年だし押さえつける人間も必要だからな、仕方あるまい。済まないが龍野夫妻は翁と姫川と行動して山の捜索を頼む。範囲はこの区域だ。」
銀流はそう言って夫妻に地図を見せた。
「一応渡すが、翁や姫川が一応地形を把握してるのでその類の注意には従ってほしい」
「了解」
「畏まりました」
銀流の言葉に二人は返事をして翁と姫川の元に行き、上着を着た後四人で外に向かい捜索を始める。
そして社務所には銀流と実子だけが残った。
「タイムリミットは日没、日が完全に暮れるまでだ。それまでに山から救出しないといけない」
「そうしないと生きていようがヒトから外れて山から出られなくなってしまう、か」
「あの娘はまだカミの子だ。ヒトとしての通過儀礼をまだ受けておらずコミュニティにも固定されずふわふわの状態だだから連れ去られて時間が少し経つだけで変質してしまう」
「冬至があと一月だから日没早いのに……」
日が暮れたら生きていたとしても手遅れになってしまうと残酷な世界の話を二人はしていた。
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