アワイの頃

 ヤマのヤマ

「お父様、不味いっ。貴子が発狂して多分山に走っていった」


 貴子が脱走したのを止められなかった実子は慌てて駆け足で本殿に居る父である宮司の銀流の元に行き話しかけた。

 そこには儀式用の常装の銀嶺と巫女装束の依香も一緒に居て二人の耳に入る。

 実子自身も青嵐程ではないにしろ体が弱く息切れをして膝を曲げた状態になっている。


「どういうことだ」

「はぁ!?何があったんだミコ」

「えぇ!!実子さん何があったんですの!?」

「口を利かなくなったと思ったら喋った後パニック起こして泣きながら脱走して見失った。かなり脚が速かった」


 三人に問い質され実子は床に座り込みながら話す。


「とりあえず神社の敷地内に居ないかを女性達で確認してもらって男達で同時並行で山狩もしなければ……」

「ちょっと!!どういうことですの!?」

「梛子、ちょっと静かに、やめないか」


 銀流が他の者の指示を割り振るか考えているとヒステリックに喚き散らす声が聞こえ押し入るように貴子の母である梛子がやって来た。

 利三が窘めているが、梛子には全く無視されている。

 銀流の眉間に皺が寄るがすぐに鋭い視線の左目で梛子を見た後口角を上げた。

 

「貴子は何処にいますの!?」

「大人が目を離した隙に脱走したと報告があり、これから捜索の指示を割り振ろうとしてたが……ちょうど良い。利三殿はここ本殿に政理の当主とその奥方を連れてきてくれ」

「はい、わかりました」

「銀嶺は母さんと爺婆と姫川と斉木に脱走の事を伝えて爺婆は敷地屋内の捜索の指示と母さんには捜索本部として連絡役をするように言ってくれ。そして姫川と斉木と銀お前はまず敷地内の屋外を探した後に森の浅い所の捜索だ。神社内に居ない事が確定すれば爺さんもそっちに回す」

「わかった」

「ちょっと!!聞いてますの!!」


 銀流は説明をした後利三と銀嶺に指示を飛ばし二人は本殿から離脱した。

 梛子は銀流に完全に無視されたと思い込みヒステリックに騒ぐ。


「梛子伯母様……どうかお訊きしたいことが御座いますの」

「何よ、貴女に伯母と呼んでいいなんて私は一言も言ってないわよ!!」

「伯母様」

「だから伯母と呼ぶんじゃないわよ!!」

「政理梛子……貴様は此処が他所の自分の我儘が通用しない場所なのを心得ているか?」

「うるさいわね、さっきっから何なのよ!!貴子は何処なのよ!!」

 

 とにかく梛子は自分の主張だけ叫び依香にも噛みつき銀流の言葉にも噛みつく。

 銀流が何かに気付き実子に目配せを送る。

 すると実子が梛子の前に行き見上げて話しかけた。


「ねー伯母さん。貴子さんに何言ったのー?」

「だから●●●が私の事を伯母なんて烏滸がましい、身の程を知りなさい!!」

「えー別に全く見えてない訳では無いしー、伯母さんが読めないような難しい古文書だって私読めるんだよー?何でそんなこと言われなくちゃならないのー?」

「なあ゛あぁぁぁ、どうして私の娘は出来損ないなのぉぉ、あんな●●●どもの子供に劣るのよおぉぉぉぉ」

「別に貴子さんは頭悪くないと思うけどねー」

「忘れ物は多いし、よく階段から落ちるしケアレスミスが多いし何で私の娘はどうしようもない出来損ないなのよぉ」

「いや、まだ保護者が管理する年齢でしょー?後階段は危ないよ」

「●●●がうるさいわぁぁぁ」

「いや本当に伯母さんの方がうるさいんだけど、いい加減周り見たら?」

「な゛ぁぁぁぁっい゙!?」


 豹変して冷めた声で実子が梛子に言い、梛子は後ろを向き我に返った。

 梛子の後ろには梛子の両親である政理家の当主夫妻、他にも祝家の関係者がやって来ていた。


「梛子、これはどう言うことだ!?」

「そうよ、実の妹や娘の姪、祝家の当主に対しての暴言。本当にそう思っているの!?」

「梛子、他人様の小さな子供に対してなんてことを言ってるんだ!!」

「え゛……」


 政理家の当主夫妻や利三が凄い剣幕で娘の梛子に詰め寄る。

 それに対し梛子はたじろいだ。

 だが再び喚き散らしだす。


「あぁもう、なんで●●●の癖に覚えが良くて抜かされて、●●●の子供産んでるのに可愛がられて、私の娘はどうしようもない出来損ないなのよぉ、●●●以下なの!?」

「梛子!?常日頃から良い加減にしろって言ってるだろ!?なんてことを言ってるんだ」

「それさー貴子さんにも言ってたのー?さっきから気になってたけどー」

「!?」

「!!」


 逆ギレして吠える梛子に対して利三は止めるように言うが無視され続ける。

実子が七五三をやる様な小さな事は思えない酷く冷え切った奈落のトーンの声で梛子に言い放った。

 利三の顔は真っ白になる。


「梛子、俺を外に追いやって貴子にそこまで酷いことしてたのか!?ただでさえ小さい子供なんだぞ」

「梛子どう言うことだ!?」

「そうよ、嘘でしょう!?」

「貴子は何処なの!?何なのよもー!?」


 利三は顔を真っ赤にして怒髪天な怒りを見せていた。

 また昔から長女である梛子を甘やかしたり放置していた政理家当主夫妻が問い質し始めた。

 そして梛子は相変わらず逆ギレして吠えていた。

 それに銀流は冷ややかな視線を送る。


「それでさー伯母さん、貴子さんに何を言い付けたのー?まさか理不尽なこと言ってないよねー?」

「な、何よ、だから伯母さんと呼ぶんじゃないわよ!!」


 キーキーうるさい梛子に怯まずさらにへばりつくように近付き涼しい顔で実子は訊ねた。


「もしかしてさー、従兄妹わたしたちと口を利いたら罰を与えるとか言ったんじゃないのー?」

「っ、何のことよ!?」


 幼い娘とは思えない実子の低い声とその発言に目を瞠り一瞬たじろぐもそのまま梛子は言い返し突き飛ばした。

 すると依香が慌てて近付いて突き飛ばされた実子を受け止める。


「梛子、お前なにやってるんだ!!実子さん済まない、大丈夫か?」


 利三が梛子に怒り、実子に謝って怪我がないか訊ねる。

 実子は首を上下に振り大丈夫と示す。

 そして依香が能面の様な顔をして口を開いた。


「図星の様でございますね」

「ぐっ……」


 色素の薄くやや赤く見える右眼を妖しく光らせて依香は梛子と突き飛ばされた実子の間に割り入る様に少し移動し、実子の肩をポンと叩いた。

 すると実子は銀流のいる場所まで離れて行った。

 感情の乱高下が酷いと嘘を隠すのが難しいのとブラフや鎌掛が見破りにくくなりやすく梛子は引っかかった形だ。

そもそもすぐボロ出す梛子だから掛かっただけなのかもしれないが。

 居合わせ人間が人間なので言い訳も揉み消しも困難だ。

 因みに山狩に行った姫川とカメラマンの斉木も祝の事実上の分家の者である。祝側の人間が多くいる中でこの蛮行である。


「貴子は、お前の、憂さ晴らしの玩具じゃないんだぞ!!何を馬鹿な事をしてるんだ!!」

「おい梛子、重要なハレの行事で何やってるんだ!?」

「どう言うことなの梛子さん!?」


 また政理家で問い質しが始まったので依香も銀流の居る辺りまで少し離れ、銀流に黒い小さな物を渡した。

 銀流はそれを受け取り狩衣の内側に仕舞いながら政理家の人達を見て小さく口を開いた。


「しかしまぁ、奥さんの実家とは言え政理家とはこれからのお付き合いを考えないといけないな」

「それよりもお父様、今はとりあえず貴子さんを見つけないといけませんわ」

「それはそうだ」

 

 銀流の言葉に依香が窘めたのだった。

 

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