ヒトの語らい

 学園の社殿にて『常盤の庭』の数人が年間行事の一環である学園祭に関する打ち合わせの為に『常盤の庭』での催しを取り仕切る立場になるメンバーが集まっていた。

 『常盤の庭』の社の管理人の祝実子ほうりみのりこと生徒会役員でもある政理貴子まつりたかこは長テーブルで今日の打ち合わせに使用する書類の確認などを行い、実子の付き人となった来島恭子くるしまきょうこと生徒会役員の間空秀はざまうつほは自分の本家の者の実子とその同い年の従姉妹の貴子やこれからの会議の為のお茶の準備をしていた。

 因みに実子の普段の付き人である龍野紅葉たつのこうようは実子に頼まれた用事で欠席している。


「実子様はいつ政理様と初めてお会いしたんですか?」

「んー……」


 ティーカップを出しながら新入りの恭子は実子に問いかけた。

 それに対し空秀は恭子をじいっと見るがそれ以上の事はせずお茶缶に目を戻した。


「んー、場所は私の行動範囲的に山の社のはずだけど何時だったか……」

「あら、それについては数え七歳の七五三の時ですわね。二人一緒に執り行われたのですが、私がトラブルを起こしてしまいましたのよ」


 微妙に詰まった実子に対し、貴子が気にせず答えた。


「あー……」

「別に良いのよ」

「……なら良いけど」


 実子が思わず貴子を見るが貴子はなんてこと無い顔をしていた。

 今の人生の半分以下しか生きてない頃の事と心の整理がついているのだろう。

 もしくはヒトとして認められる前の事である、と。


「左様でございましたか、お話ありがとうございます。お茶の準備が出来ました」

「ありがとう、恭子」


 恭子はその話を聞いても顔をピクリともさせずに礼を言う。

 そして貴子と実子の前には紅茶の入ったティーカップとソーサーが置かれた。

 そして他の場所にも中身の入ったティーカップを置いた。


「失礼します。祝さん、今日の会議は此処であってたかしら?」


 突然社殿の戸が開かれ社殿に凡道おおみち万智子まちこがやって来た。

 今社殿内に居る女子たちの中でも一番小柄であり、メガネの長い三つ編みおさげの彼女達と同級生である。

 今回の打ち合わせの出席者として実子が呼び寄せたのだった。


「そうよ、じゃあお茶あるからそこに座って」

「わかったわ」


 そう言って実子は長テーブルの実子の反対側を指差した。

 言われた通りに万智子はそこへ移動する。

 そしてその万智子が座る辺りに実子は打ち合わせで使う予定の書類を置いた。

 

「ありがとう」


 そしてセッティングが終わり暫くしてから顧問の先生たちも来て恭子と空秀も座ったことで学園祭に関する打ち合わせが始まった。







「今回の会議はこれで終了とさせて頂きます。では各自の役割の遂行をお願いいたします」


 打ち合わせが終わった後、実子は貴子に話しかける。


「貴子さん、貴女は私と会ったあの時の事はどう思っている?」

「あの七五三のことかしら?でしたら……祝家の方に多大な迷惑を掛けた事と助けてもらった事を感謝していましてよ。そして……助けてもらったミケさんの名前の事も後で気付きました。神のお供え物、神饌みけの事だと」


 貴子は実子の問いに答えて俯いた。


「既に貴子さんは知ってたのか……いつから気付いていたんだ?」

 

 実子は貴子の様子に目を瞠る。そして更に貴子に訊ねた。


「あの後、母が暫く隔離された事で身動きが取れるようになってやりたい事をしていましたので。そしてわたくしは様々なことを調べたり学んだりしていました。勿論、以前からの習い事もしっかり続けていましてよ。七五三がどういう儀式なのかも調べて、私はあの時危うい存在だったんだと思い知る事になりましたわ」

「凄いな、あの時まだ6歳だったのにその後からそんなに調べて理解して、資料だって漢字ばかりだから読むのに苦労したでしょう?」


 実子は貴子が色々な事を努力して行っていた事に関して察してはいたが想像以上で大変驚いていた。

 あの時異界に渡り戻ってきた事で色々心境もその後の環境も変化したのだろう。


「ですから頑張って勉強しましたわ、あの後から世界が変わったのか自分が変わったのか驚くほど様々な事が出来るようになって自分に自信がつきましたの」

「それは貴子さんの弛まない努力の結晶だよ。これからは私にはアドバイスが出来ないほど高度なお話ばかりだろうな」

「でも相変わらずケアレスミスや階段から落ちてしまいますのよね、ちゃんと着地しているので怪我はした事は御座いませんが」

「ケアレスミスは致命的なものにならないのなら致命的なモノを見逃さない為の犠牲にするのも吝かでないだろうけど。そして運動能力も人並み外れてて凄いな相変わらず」


 実子が貴子の話に感心していたら貴子の抜けてるでは済まない様な話をされて微妙に呆れたような困惑するような話になる。

 階段は普通洒落にならない事故である。


「アオ兄とはどうなの?兄さん大都市の医大に行ったから私殆ど会ってないんだ、仕方ないんだけど」

「青嵐さんはとても優しくて私に良くして下さいますわ、まめに私に連絡を下さいましてよ。ただ私よりも女の子らしく美しいのが困りモノですのよね」

「……それは事実を言ってるだけなのか惚気なのか判断に困る奴だな」

「惚気と解釈して宜しいかと」


 実子の問いに貴子は顔を赤くしながら答える。

 訊ねた実子は微妙な顔をするのみだった。

 恭子が実子に進言し空秀は空秀で首を上下に振っていた。


「あのさ、私まだここに居るのに政理の内情話すのやめてくんない?」


 万智子がげんなりしながら言った。

 一応彼女は政理の遠縁で大都会から来た政理家の取引先の家の者である。

 今居る生徒の中で唯一の部外者であった。


「貴女が喋らなければ良いのですよ」

「あーハイハイ、わかりましたよ……」


 万智子の言葉に対し恭子がピシャリと言い捨てた。


 そして実子は社殿を鍵を閉めて本日の『常盤の庭』の集まりが解散したのだった。

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