第4話 会いたかった
暑さが猛威を振るう8月の中旬。佐藤さんが会社を辞めてからひと月が経とうとしていた。
前までだったら、仕事の合間に佐藤先輩を弄って楽しんできたけどもう彼は居ない。
心にポッカリと穴が空いてしまったかのような淋しい気持ちで日常をおくっていた。
以前だったら、仕事終わりに、佐藤先輩と呑みに行っていた。今は部長から呑みに誘われるようになり、それを断り切れずに付き合う羽目となっていた。
わたし、春風咲実は、すっかり、社畜の沼に墜ちていった。
呑みの席で、周りに社員が居ないからという理由で、太ももを触られボディタッチのセクハラをされることが度々あった。それに堪えて堪えたがここ最近、どんどんエスカレートしていき、限界を迎えていた。
毎日、とにかく面白くない!もしも、使い魔と契約して、魔法少女になって魔法が使えるようになったら、真っ先に部長をぬいぐるみに変えてやる!そうしたらイヤなこともなくなって毎日が楽しくなるのかな?
なんて、ありもしない可笑しな妄想をしてしまうくらいにわたしは疲れていた。
「はぁ、佐藤先輩に会いたいなー」と帰りの電車を待ちながらひとりごちる。
佐藤先輩が居なくなってからというものわたしの心は彼のことでいっぱいだった。
今までこんなに一人の人を思い焦がれることがあっただろうか?いや、ないな。
そうか、わたしは佐藤先輩に恋をしていたんだ。
でも、先輩には未来ちゃんがいる。今更、わたしの気持ちを伝えったて先輩を困らせるだけだ。
帰宅後に部屋で適当にスマホを弄っていたら、アークスターズプロダクションの事務員募集の求人ページを見つけた。 この事務所って『放課後シスターズ』が所属しているアイドル事務所だよね?
ここに求人応募して採用されれば、また佐藤先輩と一緒に働ける
これだ!とわたしは、求人の応募を完了させた。
***
未だに白雪マシロの炎上は続いたままだった。放課後シスターズへの加入の気持ちが揺れて
入りたが決断は下せなかった。やりたい気持ちはあるのだが、その前に乗り越えなければならない壁が二つあった。
それは、アイドル活動するにあたって、両親を説得して承諾を得ることと、炎上しているチャンネルの火消しが必要だった。
夕食の時間にメインディッシュのハンバーグを食べるナイフとフォークを置き、両親に打ち明ける。
「父さん、母さん。実は、この前、渋谷の街を歩いていたらアイドルにスカウトされたんだけど
受けてもいいかな?」と思いっ切って切り出す。
『放課後シスターズ』のことは伏せて話した。男のオレが入ると言い出したら大問題だろう。
「真城、アイドルって歌って踊る、あのアイドルか?!」
「そうだけど」
「やめておけ、アイドルグループなんて、極貧の薄給の業界じゃないか!」
父さんは激しく反対した。それはそうだ、息子がアイドルグループに入りたいと言っているのだオレが親の立場でも止めているだろう。
「え、もしかして、アイドルってシャイニーズ?!」
「そうなのか!?真城」
「キャー、うちの子がアイドルデビューよ!」
母さんは歓喜の声を上げて喜ぶ。何を隠そう、母さんはシャニオタなのだ。
でも、母に応援されるアイドルの息子は構図的にNGだ。
「シャイニーズ、だと!そんな大事な息子を変態オヤジ達に枕営業させてまで、アイドルをさせたくない!」
「なにを言っているの!?お父さん」
そう言えば最近メディアニュースで問題になっていたな。てか、詳しいな!
「いや、実は、シャイニーズじゃなくてさ」
ここは父さんに心配をかけないように本当のことを言うか
「あら違うの?!」
「スカウトを受けたのは『放課後シスターズ』なんだ」
「放課後シスターズ、だと......」
「あら、知っているのお父さん」
「知らないのか母さん!放課後シスターズとは今をトキメク、叶羽未来ことカリスマアイドルの未来たんだ在籍する今が最も熱いアイドルグループだ!!」
「あら、あなた。ずいぶんとお詳しいこと。いくら散財したのかしら?」
母さんは手に握っていたナイフをドスッとハンバーグに突き刺す。
「ひぃっ!」父さんが恐怖に震える。
というか父さん、『放シス』ファンだったのか。父親にガチで応援される未来を想像して戦慄が走った。ダメだこのオヤジ、早く推し変させないと!
「俺のことは今はいいだろ!真城、放シスは男子禁制だぞ、どうして男のお前が!?」
「オレ、いやボク。女装して遊んでいたらスカウトされたんだ」
まさか、ここで女装のカミングアウトをすることになろうとは
絶対に引かれた!最悪、親子の縁を切られるかもしれない
「あらまあ!」と母さんは歓喜の声を漏らす
あれ?母さんには意外と好感触のようだ
「あらまあじゃないよ母さん!男が女装だなんて恥を知りなさい!!」
それは、そうだよな父さんの方が正常の反応と言えるだろう
「え、それでいつから、女装していたの?写真とかあるの?!」
(誰もスカウトのことは驚かないんだな)
「母さん、話の腰を折らないでくれ!」
「コレ、だけど.」
真城はスマホで撮った自撮り写真を母さんに見せる。
そこには、亜麻色のストレートロングヘアーの真城が、夏らしい白いワンピース姿で清楚な感じで写っていた。
(母親に女装写真を見せるってどんな羞恥プレイだよ、誰かオレを殺してくれ!)
「キャー!可愛いー!!ねえ、お父さんもそう思わない?!」
「お、以外と可愛いな!」
(同意するな!気持ち悪い!!)
オレは心の中で毒づいた
「お父さん、気持ち悪い」と夏海が変態を見る冷たい視線をおくる。
(娘からの『気持ち悪い』は堪えるものがあるだろう。これに懲りたらドルオタなんてやめろ!)
「夏海、あなたは知っていたの?!」
「まあね、わたしがお兄ちゃんに女装を勧めたし」
「夏海!お前なんてことを!!」
「お父さんは黙っていて。グッジョブ夏海!!」
「いいんじゃない、男の娘アイドル。母さんは面白いと思うわ」
「そんなの世間体が!」
(世間体は気にしているが親としては満更ではないと思っていそうでキモいな!)
「はい、三対一で決まりね。頑張りなさいね、真城!」
「あ、はい。ありがとう母さん応援してくれて」
なんだか、拍子抜けしてしまった。うちの両親、ちょっと可笑しくないか?!
***
ある日、アークスターズプロの事務員募集面接に春風が応募してくる。
面接官である佐藤は驚き、「なんで、春風がここに!?仕事はどうした?!」 と訊いてくる。
まさか、アークスターズプロの求人募集に春風が来るとは思っていなく、ド肝を抜かれた。
「仕事はですね、辞めてきちゃいました!ぺーぺろっ」春風は悪戯がバレてしまった子供ものようにチロリと舌を出す。 まったく、イラっとする!
「お前な、だからってアイドル事務所に応募してくるか普通!?」
社畜時代から可笑しなヤツだとは思っていたがここまでイカレていたとはな
「先輩、わたしの気も知らないで!ずっと好きだったんですよ!」
「お前、求人に応募するほど、『放課後シスターズ』が好きだったのか!同士と知らずにスマン!」
そんな情熱があったヤツだったとは自分の早とちりが恥ずかしい
「どうして御社をし志望したのですか?」
「それは、私の気持ちを伝えたい人が貴社に居られるからです!」
あまりに堂々とした返答に放シスファンとして感心した。
「おお、それはいいですね!真凜ねえ推しですか?それとも未来たん推しですか?」
「そ、それは―」
「それは?」
「先輩の敬語、違和感ありまくりで笑えますねー!草ー!!」
「おい!面接中だぞ!」
真剣なムードが苦手でおちゃらけたのか?でも、今は面接中だ。間違っていないはずだ。
「すいません、志望動機は、佐藤先輩が居ない会社なんて、夏期休暇の無い社畜だと気付いてしまったんです。会いたかったです先輩、好きです!」
「春風、お前。夏期休暇が欲しくて転職してきたのか」
「違う!!わたしは佐藤さんと一緒に働きたくて転職してきたんです」
(この想いを佐藤先輩に伝える為にここまできたんだ届け!)
(告白かな?)
同席面接官は思い、佐藤は、「そんなに俺と働きたかったのか。もの好きなヤツだな」
鈍感主人公ぶりを発揮するのだった。
***
「先輩、面接の手応えはどうでしたか?採用ですよね!?」
「どうして、そう思った?!」
「なあ、春風。面接で俺に言ったことだけど、悪いけどお前のことは―」
「やだなー!告白かと思いましたか?先輩のことは好きですけど、友達としてですよ」
「だよな!そうだよな!?焦ったー!じゃあ、これからも良い友達でいような」
「はい!よろしくお願いします。あ、でも未来ちゃんに飽きてわたしに浮気したくなったらいつでも大歓迎ですから!」
「バーカ、言ってろ」
「冗談ですよ。冗談に、決まっているじゃないですか。先輩は未来ちゃん一筋ですもんね」
この後、コンビニでスイーツを買い漁って、やけ食いした。
さよなら、わたしの初恋。
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