10月10日

「みちかちゃんは、パン派なんだ。僕と同じだね」

「僕はご飯派かな。腹持ち良いし純粋にうまい」

「は、お前らふざけんな。今の時代はコンフレーク一択だろ」

「山沢くん、変わっているね」

 体育祭の後から自然と、みちかは、学校では僕たちと一緒に行動するようになった。いわゆる、僕と同じグループに入っていた。ちなみに、山沢とは、まさきの苗字だ。

「みちか、お前は分かっていない。コンフレークは確かに珍しいかもしれない。でも、朝は胃袋に優しいコンフレークが最強なんだ!」

 今、四限の授業が終わり、僕たちは弁当を食べていた。そして、雑談しているうちに何故か、朝食は何を食べるのが一番良いか、という論争が起こっていた。

 それにしても、みちか、いい笑顔するようになったな。僕は嬉しかった。

 ただ、最近、度々体育祭の時の腹黒女からの視線を受けるようになり、それだけ気になり続けていた。

 

 

 その日の放課後

 僕とみちかは、教室を出て下駄箱へ向かっていた。

「あーあ、パズル全然進まないんだけど。僕もうやめたい」

 みちかと初めて会った日から毎日喫茶店に通っているが、まだ半分も出来上がっていなかった。

「そういえばさ、みちかはなんで僕にパズルのお願いをしたの?」

「んー、まぁ、せいやは信用できるかなって思ったから」

「はぁ、よくわかんないけど」

 そもそもパズルなんて、多分一人でやろうが二人でやろうが進度はあまり変わらない気がする。体育祭以降は互いに雑談もするようになって、一日で全く進まないというのもザラに起こるようになっていた。

 下駄箱で靴を履き替え喫茶店へ向かう。

「そういえば、あの喫茶店の名前、何ていうの?」

 喫茶店の入り口のとこまで来たところで、みちかに聞いてみた。

「ハート」

 ハート?

「せいや、みちちゃん、おつかれー」

「こんにちは」

 喫茶店の中に入ると、店員さんはすぐに二人分のお冷を出した。

 みちかは席に着くと、鞄からパズルの板と残っているピースを取り出した。彼女はこれをどこでもできるように、いつも持ち歩いていた。

「さて、今日もやりますか」

 そう言って、みちかは机に突っ伏した。

「お前やる気ないだろ」

「だって、パズルやってたら疲れるんだもんー」

 みちかは、そう甘い声を出していた。

 パズルに目を戻す。パズルの下の方はできていた。ピンク色の円の一部分みたいな図形が出来上がっていた。完成まで残り三分の二といったところか。

 ピースと板の型を交互にしっかり見る。互いに同じ形のペアが見つかれば、一ピース埋める事ができる。この一ピースを埋めるのに僕は五分ぐらいかかってしまう。これが残りたくさんあると思うと、この喫茶店から逃げ出したくなると思う時もある。

 

 

 パズルをやり始めてから三十分ぐらい経っただろうか。少しだけピースを埋める事ができたが、今日の体育の授業がサッカーだったという事もあり、僕の身体は疲れ切っており、これ以上パズルをする気力は残っていなかった。

「おい、みちか。ちょっと話さない?」

 そう呼びかけても、彼女から反応が無い。多分寝ている。

「これ、みちちゃんにかけてやって」

 喫茶店の店員さんがどこからか、毛布を持ってきた。

 僕はその毛布を受け取り、みちかを包むようにしてかけた。

「みちかってなんか憎めないすよね」

 そう店員さんに話しかけると、店員さんはがははと笑った。

「まぁ、せいやからしたらそうかもね」

「どういう事?」

「まぁまぁ……でも、みちかがこんなに無防備な姿を見せるようになったのは、せいやをここに連れてきてからかな」

 無防備とは、寝ている事を指しているのだろう。

「代わりにパズルをやってくれる人が見つかったからじゃないですか。あ、そういえば、このパズル、何の形だと思いますか」

「これ、私が買ったパズルだから」

「じゃあ教えてくださいよ」

 店員さんはうーと唸った後、首を横に振った。

「これは、自分で作って見た方が絶対良い」

「絶対?」

「そう、絶対だ。このパズルはみちかの想いが詰まっているから」

 横でスーピースーピー寝ているみちかを見た。最初うつ伏せに寝ていたみちかの顔は俺の方に向いていた。

「なんか、気になる」

「これが完成する頃には、二人の縁が結ばれていたらいいな」

 はぁ、と返答する事しかできなかった。

「みちちゃんがせいやと出会う事ができて良かったよ」

「え」

「あいつは今年の四月からここに通ってくれているんだけど、最初の頃は話しかけてもそっけない態度を取るし、全然笑わないし。まるで、一人でいさせてくれ、と言わんばかりに暗いオーラをまとっていた」

 僕は入学してから、女子の名前をまともに覚えていなかったが、確かにみちかはずっとクラスで浮いている存在だった気がする。

「でも、せいやを連れてきてから、とっても明るくなって。笑顔も見せるようになって」

 そこまで聞いて、僕は再びあの疑問が思い浮かんでいた。

「みちかは……なんで僕にパズルのお願いをしたのかな、ってずっと疑問で」

「それは私も分からない。でも、せいやの何かに惹かれたのは確かだと思うよ」

僕の何かに、か。

「ちなみに、この喫茶店の名前、なんて言うんですか」

「この店の名前はないよ。強いて言うなら普通に、喫茶店、かな」

 店員さんがそう答えたのと同時に、みちかが、んんっ、と言って起きた。眠気まなこをゆっくり擦ってあくびをしていた。

「どう、パズル完成した?」

「こんな短時間では、流石に無理だろう」

 みちかは、パズルを覗きこんで、全然進んでないじゃん、と呟いた。

「お、もう五時だよ。帰る支度して」

 店員さんがそう言うと、みちかはパズルの板やピースを箱に入れて、それを鞄の中にしまった。僕は、作ってもらったミルクのお勘定を払った。

 店の外に出た時、外はもう薄暗かった。

「暗いなー。せいや、私の家までついてきてくれない?」

「どこらへんにあるの?」

「こっから西に三十分」

 僕の家と反対方向じゃねぇーか。でも、確かに女子一人で帰らすのは危ない気がする。

「いいよ」

「やったー」

 僕たちは西に向かって歩き出した。

「せいや、今度の土曜さ、朝からあの喫茶店に集まって真剣にパズル進めない?」

「みちかは本当にやるの?」

「やるよー。せいやには、早くパズルを完成させて欲しいんだよね」

 みちかは、そう涼しげに呟いた。僕は今日で、なんとなく、パズルによって浮かびあがる物が何か分かった気がした。

「ねぇ、私たち、もう友達だよね」

 みちかの顔をみらっとみる。彼女は地面を強く見ていた。

「友達……そうだね、トモダチだよ」

 体育祭の時の僕の言葉を気にしているのだろう。僕は心を込めてそう返事をした。だが、そんなにみちかは嬉しくなさそうだ。

「はぁ、ラブラブしているね」

 冷徹な声が前から聞こえ、はっと目の前を見ると、体育祭の時の一人の女子がいた。僕の事が気になっていると言っていた奴だ。

 その女子は突然、ポケットから包丁を取り出し、走って近づいてくる。

「みちか! あんた本当にきらい! せいやを独り占めして!」

 包丁を振り回しながらみちかの方に走ってきていた。

「みちか逃げろ!」

 そう横にいるみちかに叫んだが、彼女は動かなかった、いや正しくは動けないでいるのかも知れない。恐怖という物は体を硬直させる。

 刃先がみちかのお腹に触れる、直前に彼女の肩を強く押した。彼女は転んでしまったが、包丁はかすりもしなかった。

 僕はすぐにその女子をつき飛ばし、包丁を持っていた手をぐりぐりと踏んだ。そいつの痛そうな悲鳴が聞こえるが、みちかが殺されそうになっていたのだから、躊躇う余裕はなかった。

「おい、お前たち、何している!」

 近くの家からおじいさんが出てきた。

「すいません、百十番お願いします! 早く!」

 その時の僕は必死で、語調がとても強かったのだろう。おじいさんは有無を言わず、慌てて携帯電話を取り出して電話をし出した。

 

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