9月3日
今日は土曜日で、学校が休みである。しかも、天気は雲一つない快晴。
ただ、気分は最悪だった。僕とまさきは、ケダモノの山へ朝の八時には来ていた。と言うよりか、集合時間が八時だった。しかし、にいさはまだ来ていなかった。
「にいさって、本当に、にいさだよな」
そうだな、って返した。実際、僕もそう思っていた所だった。
僕たちはそれから三十分ぐらい、最近起こった学校でのハプニングや噂話を話しながら待っていた。三十分ぐらい経つと、にいさがゆっくりとこちらに歩いてくる姿が見えた。
「おはやー、なんちって」
「おはや、じゃねぇよ!」
おはやってなんだろう。おはようってこと? を意味しているのかな?
僕がそんな疑問を思い浮かべていた時、まさきは顔を真っ赤にしていた。
「お前誘っておいて、遅れるのはないわ」
まさきは怒っていた。そりゃあそうだ。
実は僕たちは一回、にいさの誘いを断っていたのだ。それでもあいつは、絶対に来いとうるさかった。三十分で事は済むからと、渋々行く事に決めたが、もう裏山についてから三十分経っている。ふざけんな、って感じだ。
「ちょっと準備に時間かかったんだよ」
にいさは、そう右手に何かを持ちながら、その手をひらひらさせた。おもちゃの拳銃みたいな物を持っていた。
「あのなー、そんなもん持っておいても、ケダモノはビビらないだろ」
「ん」
にいさは、そう返事をして山の中に入っていった。
「なんだよ、あいつ」
まさきはそう小さく呟き、にいさの後に続いて入っていった。僕もまさきの後を追った。
山道として、木の丸太の階段が上へ上へと続いていた。
山の中は、周りが木で囲まれていて薄暗く、差し込んでくる光も相まって神秘的な雰囲気が作り出されていた。なんか、心地よい。
「あーあ心地悪、こんな危ないとこに来ちゃって。ケダモノにこんにちは! してもしらんぞ、にいさくーん」
まさきは怒り口調でそう、にいさを煽った。
「ケダモノとこんにちは……ね、まぁ、それが今日の目的だからな」
「え」
ぷぎっ
そんな会話をしながら、階段を上へ上へとあがっていくと、いつの間にか目の前にイノシシがいた。
「あれ、えっと、これは」
そう言ってまさきは、回れ右をした。僕も冷や汗が止まらなくなっていた。絶対に今、やばい状況だ。
しかし、にいさだけは落ち着いているようだった。
「背を向けて逃げるな、逆に危ない」
にいさは持っていた拳銃をイノシシの方に向けてうった。
撃たれた直後、イノシシは立ち止まり、ゆっくりと崩れおちた。
「玉に睡眠薬を塗っておいた」
「っていうか、その拳銃ほんも……」
「にせもの、にせもの。おもちゃのやつ」
おもちゃの玉に塗るだけで、でかいイノシシ一体を眠らせる。やっぱり、にいさはすごい。
実は、彼は化学好きで、家でも毎日、色々と実験をしているらしい。化学オリンピックでも本戦まで進んだ事がある逸材だ。マイペースな所はあるが、実力は確かだ。
「お前をバカにする事ができないのが、なんか気持ち悪いんだよな」
まさきは、そう強気を見せたが、声は震えていた。当然だ、僕も、死ぬかも、と思ったもん。
「あ、ごめん、おもいついた」
何がおもいついたの? って聞こうとした時には、にいさはすでに山道の階段を下りていっていた。
「は、まじなに、あいつ。まぁ、解散だな。せいや、またな」
そう言って、まさきも下りていった。二人とも本当に勝手だな。本当に友情があるやつなら、僕の意見もきちんと聞いてくれるんだろうな。
僕も下りようかな。
そう思ったのと同時に、ある事に気づいた。
少し階段を登った先には山頂があることに。この暗い森の中に太陽の光が一筋入り込んでいた。
僕は階段を一段飛ばしで上がっていった。思ったより距離はあり結構きつかったが、なんとか山頂についた。
この山は、他の山と比べると標高が高くないので、壮大な景色と言えるほどの景色は見ることができなかったが、おそらく誰も行った事がないであろう場所に着いたという喜びの情が芽生えた。
「あれ」
山頂に着いたことに変わりはなかったが、左の方を見ると道が少し続いていた。階段はなく、本当に平らな道が続いていた。
他のケダモノがいるかも知れなくて危険だと思ったが、僕の好奇心が僕の足を勝手に動かしていた。
五分間、その道を歩いて、僕は息をのんだ。
前にもう道はなく、崖になっていた。そして、その崖の近くに女子が立っていた。骨格から、高校生であることは大体分かった。
声をかけようと思ったが、なかなか、それができなかった。自殺の目撃現場を見ることになるのか、と恐怖心が芽生えていた。
しかし、なぜだか彼女はなかなか飛び降りなかった。
僕はなんとか、重い足を一歩一歩踏み出して、彼女の腰のそばに垂れていた右手を取り、強く引っ張った。その女子はきゃっ、と言い後ろに転んだ。そして、無言で起き上がり、僕を凝視していた。
「いや、あの、すいません。なんか、危なそうだったから」
そう言ったが、その女子はただただ僕をまじまじと見ていた。
この空気感、最悪じゃねぇか。
僕は元の道を戻っていこうと、踵を返した。
「ちょっと待って、名前教えて」
帰ろうと足を一歩踏み出した瞬間、その女子の声が聞こえた。声質はすごくかわいかったけど、圧がすごくて怖かった。
「守田せいや、山の下にある高校に通っている」
「ふーん」
やばい、なんか怖い。理屈はないけど、肌感覚がこの女子の狂気を感じ取っている。僕、今殺されてもおかしくないぞ。崖から落とされるぞ。
「僕、帰るね。君も早くこの山、降りた方がいいよ、危険だから」
そう早口に言って、僕は早歩きで地上へ向かった。
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