それはまるで狐につままれたような

ミクリアとベルハルクは、ミラを連れて、家に戻った。

そこには、まるで元からその予定だったかのようにミラの荷物が置かれていた。



「まぁ、ラッキーですわね!」



そう言って手を合わせて喜ぶミクリアに、純粋な疑問を抱くミラ。



「えっ?なんで私の荷物がここに?」



その横には、その一切の事情を知りつつも、黙りこくっているベルハルクがいる。



「それでは、ミラさん、ハルさん、でいいのかしら?入りましょうか」



そうミクリアがベルハルクに質問しながら家に入ろうとすると、その手をベルハルクが遮って扉を開けた。



「……いえ、もう本名で大丈夫です、ミクリア様。特に問題はありませんので」



ベルハルクは、家の鍵が閉まっていることを確認すると、さっと二人を中に招き入れる。

ミラは、ベルハルクの突然の変貌に戸惑っている様子である。



「え、ハルさん、一体どうしたんですか、それに、ミクリアさんも、ここってミクリアさんの家ではないんですか?」



そうミラが二人に質問すると、ミクリアがきょとんとした表情で答える。



「あぁ、言ってませんでしたわね。ここはベルハルクの家で、私はここに住んでいるのですわ」


「少々込み入った事情がありまして。あまり追求しないでいただけると助かります」


「は、はぁ……?」



ミラは疑問符を頭一杯に携えながらも、まぁ、いっかと飲み込んだ。

ベルハルクはすぐに二人を椅子に誘導し、どこから準備したのか

温かい紅茶と茶菓子をいくつか出してくれた。

二人が紅茶を飲み、ベルハルクが席に着くと、ミクリアが話し始めた。



「それで?どうしてベルは転校してきたの?」


「それは……まぁ、問題は無いでしょう。仕事です」


「仕事?」



ミクリアがそう聞くと、ベルハルクはミラの方を見る。



「えぇ。仕事内容は護衛で、護衛対象はミラさんです」


「まぁ!」



ベルハルクがそう言うと、ミクリアはびっくりして手を口に当てている。



「そうだったのね。……どうしてか、までは聞かない方がいい?」


「いや、そこまでは俺も聞いていません。ただ、最近学園の方で不穏な噂があるからとのことで」


「不穏な噂?」


「最近、学園に通っている人物の中に行方不明者が出ているらしいんです」


「行方不明者……」



ミクリアは手を当てて思案する。

そういえば、以前先生が二人以上での行動を推奨していたことがあったような気がすることを思い出した。



「それで、ミラさんの縁者が護衛を?」


「そういう感じですね」


「それにしても、護衛を付けるなんて、ミラさんのご両親は心配性なのね」


「……いえ、護衛を付けたのは両親ではありません」



ミラはそう言って目を伏せる。



「両親は、少し前に病気で亡くなってしまったので……」


「……ごめんなさい。デリカシーが無かったわね」


「いえ、ミクリアさんは知らなかっただけなので!……二人には話していた方がいいですよね、私の事」


「……別に言わなくても大丈夫ですよ。俺は依頼を受けている立場なので護衛を務めますから」



「いえ、それでは私が納得できません。もし、私の話を聞いて、依頼を受けるのが難しいようなら断っていただいて構いません。私の方からもお願いしてみますから」



ミラがそう言うと、一口紅茶を飲み、喉を潤してから話を始めた。



「私、神の加護がついているんです」


「神の加護、ですか?」


「はい」



ベルハルクはその話を聞いて、少し考える。

——神の加護。

神が人に与えるなんらかの支援の事で、大抵運が良くなったり、物事がうまくいくようになったり等、些細ではあったりするが、強力な物が与えられることが多い物である。ただ、現れるのは数十年に1人とも言われており、希少な人である。



「私のは、物事が少しだけうまく運ぶと言う物なんですが、それで両親が亡くなって途方に暮れていた時に、偶然保護してもらいまして」


「……まぁ、凄いわね!」


「たしかに、護衛が必要な理由もわかります。……しかし」



ベルハルクはその話を聞き、一つの疑念が生まれた。

襲撃の危険性。

神の加護は強力であり、その力を囲いたいという者たちは際限なく存在している。

このように、家に住まわせるというのは文字通りのリスクではないのか?

おそらく、そのリスクも加味して、闇ギルドの方へ依頼をしたのだろう。


そんな風にベルハルクが考え込んでいると、その考えを遮るようなミクリアの声が聞こえた。



「ベル?……まさかミラさんを見捨てようとは思ってないですか?」



完全に図星をつかれたベルハルクはしかし、落ち着いてミクリアに言う。



「……ミクリア様。しかしこれではミクリア様が危険に——」


「私を第一にしてくれるのは嬉しいですわ。しかし、ベルならば私とミラさん、どっちを守ることも可能でしょ?」



そう言ってミクリアは笑う。

ベルハルクはその顔を見て、ため息を一つついた。

——ミクリア様の信頼を裏切ることはできない。



「分かりました。しかし、ミラさん。私はミクリア様とミラさん、両方が危険になった時はミクリア様を優先します。そこのところはどうか了承を」


「……私は守ってもらう立場です。それで構いません」



ミラがそう言うと、ミクリアは笑顔になって立ち上がった。



「それでは、夕食にしましょう!今日は私が——」


「俺が作りますので、ミクリア様は座ってください」



その様子を見て、ミラは一言尋ねた。



「……お二人って付き合っているんですか?」



「ベルは私の執事ですわ」



ぴしゃりとミクリアがそう言い切ると、ベルハルクもミラも、無言になってしまった。




——深夜。

ミラもミクリアも深い眠りについた頃。

ミクリアの部屋で動く影があった。



(——やはり)



その手には、ベッドにつながれた手錠があった。


手錠にはしっかりとカギがかけられているが、片方には何も繋がれていない。



(——俺は、昨日、ミクリア様の腕をしっかり繋いでおいたはず。それに家の鍵も——)



部屋の窓から照らす月明かりが、その人影を照らし出す。



(俺の事は眼中にも無いんですか、ミクリア様)


せっかく手に入れたのに——

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能天気な彼女は、彼の溺愛に気づかない 青猫 @aoneko903

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