きっとそれは春風が吹くような
——それは突然だった。
「今日は、このクラスに新しい生徒が二人来ます」
先生からのその言葉に教室内は少しざわめく。
この学園の生徒のほとんどは貴族階級であり、そう言った人たちは入学が生まれたときから決まっている人も多い。
なので、基本的に入学時に生徒は出揃うのである。
では、こういった場合の転校生はどんな人なのか。
多くの場合、平民の特待生であるパターンがほとんどである。
「まぁ、それでは、その方々は?」
「はい、平民の特待生の方になります。皆さんは貴族らしく、品のある行動を心掛けるように」
「「はい、分かりました、先生」」
皆がそう返事を返すと、先生は教室外にいた二人に声を掛ける。
すると、声を掛けられた二人は片方は恐る恐る、片方は堂々と教室に入ってきた。
その中の片方に見覚えのあったミクリアは「まぁ、まぁ!」と声を上げた。
片方の生徒——ベルハルクは、一瞬ミクリアの方を見やって驚いたような様子ではあったが、すぐに表情を変えて、挨拶を行う。
「……平民のハルと申します。今日から皆様と一緒に勉学に励みます。まだまだ未熟な身の上ではございますが、皆様どうかよろしくお願いします」
ベルハルクがそう言って一礼すると、もう一人の生徒——こちらは少女であったが——がややぎこちなく挨拶をする。
「み、皆様。私はミラと申します。み、未熟な身の上ではございますが、どうかよろしくお願いしましゅ」
「噛んだ」「噛みましたわね」「あらかわいい」
少女は真っ赤な顔のまま、ペコリとたどたどしい一礼を行うと、先生が咳ばらいを一つした。
「……それでは、ハルさんは……」
先生が席をどこかにあてがおうとした時、手が上がる。
それは、ミクリアの物だった。
「先生、私の隣の席が空いているので、そこはどうでしょうか?」
「え……あぁ、そうね、そうしましょう。ハルさん、そちらで大丈夫ですか?」
「……はい、問題ないです」
やや、どうしようかという迷いを見せつつも、ベルハルクは了承した。
「じゃあ、ミラさんは……そこの空いている席で、大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です!」
「じゃあ、ミクリアさん、二人の案内をお願いできる?」
「はい、大丈夫ですわ」
ミクリアは笑顔で了承した。
——放課後。
ミクリアは二人に学校の設備を紹介している。
——といっても、基本的にこの学園では座学が中心であり、校舎自体はあまり広くない。
せいぜいがマナー等の講義を行うホールが一つと、教室がある3階建ての建物位である。
それ以外の建物は宿舎となっており、中央に屋敷を持たないような辺境の貴族や、男爵・子爵の貴族が利用しているものとなっている。
「——とまぁ、説明はこれ位ですわね。他に何かありませんか?」
ミクリアがそう聞くと、ミラがスッと手を挙げた。
「えっと、わ、私、平民寮に行きたいんですけど、一体どこにあるんですか……?」
「平民寮ですか……?」
ミクリアは少し考える。
この学園に、平民の為の寮は存在していない。
いや、存在していた、というのが正しい表現か。
基本的に、平民がこの学園に通う、となると、その平民はこの街に居を構える裕福な庶民である場合が多い。
田舎で才を示し、ここに通うことになった平民と聞くと、ほとんどの場合、貴族のお抱えとなっているケースも多く、その貴族の屋敷で面倒を見てもらえるパターンも多い。
なので、結局使用頻度の少なかった平民の為の寮は3年ほど前に閉じられることになってしまったのである。
そういった事を思い出しつつ、さて、なんと声掛けをしようかと考えていると、ふと、もう一人ついてきている人物に目が留まる。
「……そうですわね、平民寮、と言われると、平民の為に建てられた寮の事ですわよね」
「……え、はい、そういうことだと思いますけど……」
「それなら3年ほど前に無くなりましたわ」
「……え、ええぇぇ!?」
ミラは驚愕で目を見開いた。そしてすぐに青ざめる。
「ど、どうしよう、住むところが……」
「そこで、相談なのですが。……うちに住みませんか?」
ミクリアのその一言に、今度はベルハルクの表情が驚愕に染まる。
その表情はまるで、何かしらの準備を裏切られたかのようである。
「まぁ、私も現在は屋敷に住んではいませんけど、決して悪い場所ではないことを保証しますわ。ねぇ、ハルさん」
話を振られるとは思ってなかったのか、ベルハルクはぎょっとして若干しどろもどろになって答える。
「え!?あ、あぁ、そうですね」
ミラには何が何だか分かっていないようだが、しかしそれでも野宿を避けられる提案が来たらしいことは理解しており、その話に耳を傾けている。
その様子を見ていたミクリアは満足そうに頷いて、そして話し出す。
「それじゃあ、学校の説明も終わりましたので家まで行きましょう!」
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