能天気な彼女は、彼の溺愛に気づかない
青猫
きっとそれはいつもの日常のような
——ここは貴族の子息が通うミールスウェル王立学園。
多くの貴族が己が娘、息子の見識を養う為にこの学園に通わせる。
一部の能力ある平民も、後に仕えることになるであろう貴族たちと交流を持ち、そして振る舞いを学ぶために通学を許可されている。
そんな学園において、今日もまた一日が始まる。
「おはようございます~」
そう言って教室の扉を開く少女。
その声に反応した教室内の生徒たちは一斉にその声の方へと顔を向ける。
何故ならば、その声の主が今、まさに噂になっている渦中の人物であったからだ。
ロイスベルト侯爵家令嬢、ミクリア・ロイスベルト。
先日、不正により取りつぶしになったロイスベルト侯爵家の一人娘である。
そんな噂の中心人物である少女は、そんな視線を気にすることなく、自分の席に着く。
やがて、恐る恐ると言った感じで一人の令嬢が少女に声を掛けた。
「あ、あの、ミクリアさん?どうしてこちらに?」
そんな教室内の総意のような質問に対し、ミクリアは首を傾げた。
「どうしてって言われましても、今日も授業がございますから」
全員の心内が(そういう事じゃない!)という感情でいっぱいに満たされつつも、何とか取り繕いながら令嬢はミクリアに質問を続ける。
「で、でも、ロイスベルト家は先日……」
そう令嬢がミクリアに言うと、ミクリアは合点がいったようにうなづいた。
「なるほど、そういう事でしたか!」
ミクリアは深くうなづいて、令嬢の方を見た。
「『先日、ロイスベルト家が不正をした』という話で私が裏口入学をしたと思っているのでしょう?大丈夫ですわ!ちゃんと表から入りましたわ!」
ミクリアはそう言って、ふんす!と鼻息を鳴らす。
(違う!そうじゃない!)という教室内の全員の心の声をよそに、ミクリアはカバンの中から道具を取り出した。
(今日も頑張っていきますわ!)
ミクリアは能天気にそう思った。
——放課後。
ミクリアは学校を出ると、その足で街を闊歩する。
家が没落したために、馬車などの送り迎えを行ってくれる者がいなくなったからだ。
やがて、ミクリアは一軒の家の前で足を止め、その扉を開けて中に入る。
扉の音に反応したのか、家の奥から「ガタッ」という音がすると、どたどたという音と共に男性が飛び出してきた。
男性の名前はベルハルク。家が没落した後、ミクリアの面倒を見てくれている元執事である。
「お、お嬢様!?いったいどこに行っていたんですか!?」
「あら?学校ですわ?当然でしょう、私は学生なのですから」
ミクリアはそう言い終わると、ぎろりとベルハルクを睨む。
ベルハルクは、その目線に背筋が凍った。
「そ、れ、に」
「私の事はミクリアと、そう呼び捨てにしても良いと言ったはずですわ、ベル。私はもう、貴方を雇っているわけではないのですから」
ベルハルクは一瞬きょとんとし、しかしすぐにハッとすると、恐る恐るミクリアに質問する。
「では、ミクリア様」
「ミクリア」
「どうか、様付けはご了承ください、ミクリア様は、どうやって、家から出られたのですか……?」
ベルハルクが戦々恐々としながら、その返答を待っていると、ミクリアはきょとんとした表情になった。
「?——そのまま普通にですわ?」
「その——家には鍵がかけられていたはずですが」
ベルハルクはどこかきまりが悪いような、申し訳ないような、そんな雰囲気を醸し出しながら言う。
「鍵?そんなもの、かかっておりませんでしたわ」
「え?」
ベルハルクは一瞬無言になり、すぐにぶつぶつと独り言を始める。「鍵は掛けたはず——」「いや、内側からはどうにもならないはずだが——」「嘘を言っている様子はないし——」
そんなベルハルクの様子にしびれを切らしたのか、ミクリアはパチンと手を叩く。
「ベルハルク。そんな事より」
その言葉にベルハルクはハッとしてミクリアの方を見る。
「な、なんでしょうか、ミクリア様」
「夕食の支度をなさい」
「……はっ、かしこまりました」
ベルハルクは抱えきれない疑問を無理やり飲み込んで、夕食を作った。
——夜。
ベルハルクは、ひっそりと起き、ミクリアにばれないように家を出る。
夜影に紛れる黒い装束と、ひどく鋭利なナイフを携え、とある場所に赴く。
——闇ギルド。
後ろ暗い者たちが決して合法とは言えないような仕事をこなす場所である。
ベルハルクは、手慣れた手つきで依頼を受注し、闇に消える。
長い間執事としてこの仕事には関わって来なかったが、それでも体は覚えている。
『気に入ったわ。あなた、私の執事になりなさい』
あの月夜の晩、彼女を暗殺するために彼女の部屋に忍び込んでから。
ベルハルクの心は、彼女に囚われてしまった。
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本日はもう一話更新予定です。
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