第28話

 マッティ・リトマネン博士から説明を受けることになったカタジーナは、声に問題を抱えた女児が生まれる可能性もあるという説明を受けたのだが、

「女の子生まれるとも限りませ〜んし、キチンと後継となる男の子生まれるとも限りませ〜ん。私は、結婚商売でラウタヴァーラ公爵家に嫁いで〜いますので、子供を産まないという選択肢ナイのですー」

 と、即座に断言したという。


 王家の血筋を引くカタジーナとしては、ルーレオ王家の血をラハティ王国の公爵家の中に残すことは当たり前のことなのだ。子供が全く出来なかったと言うならいざ知らず、何も試みもせずに子供を作らないことを選ぶという選択肢はない。


 最初は溺愛のふりをしていたニクラスも、すっかりカタジーナ姫にメロメロ状態となっているため、本格的な冬ごもりの間にカタジーナ姫は妊娠をした。その後、無事に男児を出産するのだが、ニクラスは相変わらず妻にも生まれた子供にもメロメロだったのだ。


 弟のオリヴェルはというと、本格的な冬ごもりの間は家族であり友であるといったスタンスでカステヘルミに接して、何かを無理強いするようなことは一切しなかった。オリヴェルとしては妻との信頼関係をまず第一として考え、掌中の珠の如く大事にしているのは間違いないのだが、相変わらず白い結婚を継続しているのだった。


 そうして長い長い雪に閉ざされていた冬が終わり、花が咲き乱れる春が訪れ、ニクラスとカタジーナの子供が夏に生まれ、もう少しで秋に差し掛かろうという頃合いに、オリヴェルは目に見えて元気が無くなってしまったのだ。


 無事にルーレオの王都からラハティの王都まで鉄道が開通し、蒸気機関車のテスト運行も成功した。帝国から蒸気機関車に関わる技術者の多くが訪れることになったのだが、その中にはカステヘルミが領地で見出した、鋼鉄の専門家なる人物までもがやって来ると言うのだ。


 カステヘルミが鍋屋の子供の才能を見出したという話はラハティでは有名な話で、その鍋屋の子供は今では機関車製造になくてはならない人物になっているという。重要なピストン部分はラハティ国内で製造している関係で、帝国とラハティを行き来している天才は近々陞爵されるのではないかとも噂されている。


 この天才が初めて帝国を訪れた際にはカステヘルミが同道して、一年もの間、共に滞在をして居たという。噂によれば、カステヘルミが真実愛するのはこの平民出の天才であり、天才自身もカステヘルミをとても愛しているのだという。


 今回、陞爵をして王家の赦しが出れば、カステヘルミはオリヴェルと離婚をして、平民出の天才と婚姻を結ぶつもりらしい。


「あああ〜!過去の自分に会いに行けるのなら!ぶん殴って正気に戻らせてやりた〜い!」


 オリヴェルとカステヘルミとの結婚はほぼ王命のようなもので決められたものであり、当時、ユリアナに惚れていた(ように洗脳されていた)オリヴェルはカステヘルミを邪険に扱い、初夜をすっぽかしただけでなく、結婚後初の舞踏会で新婦に対してドレスも装飾品すらも用意しなかったのだ。


「確実に離婚を申し出られたら受けるしかない!もう終わりだ!この世の終わりだ!」

「何を大袈裟なことを言っているのでしょうかね」


 洗脳が残っているのかどうか、後から自分の意思とは関係なく洗脳状態が戻って来ないかどうかを定期的に調査し続けているマッティ・リトマネン博士は、ペンを置いて大きなため息を吐き出した。


 公爵夫人から洗脳するような行為を続けられてきた二人の令息については長期間の継続調査が進められることになったのだが、二人とも高位身分の貴族だというのに、

「シモの検査を続けられることに比べれば何のこともない」

 と言って、マッティの研究調査に協力してくれることになったのだ。


 さすがは王家の姫が嫁いで来たということなのか、夫となるニクラスは一ヶ月のおシモの検査を実施。ついでとばかりに弟のオリヴェルも検査を行ったということだが、自分の大事な息子をさらけ出して検査を受けるのは非常に屈辱的な行為だったらしい。同性であるマッティにもそれがどれほど嫌なことなのかは簡単に想像が出来る。


 そんな兄弟だが、弟の方は軍に所属していただけに家を空ける期間も長かったことから症状は軽く、家に居る期間が長かった兄の方が症状が重かったようなのだが、兄の方は激しい怒りが洗脳を解くきっかけとなったらしい。


 洗脳とは視野を極端に狭くして相手への依存度を非常に高くする行為を言うのだが、二人の兄弟は視野を広く保つことに成功した為、母やユリアナから解放されることになったのだ。


 特にオリヴェルの場合は洗脳からの解放に妻のカステヘルミが深く関わっている為、彼女との離婚を考えるだけで体調を崩すほどのストレスを抱えてしまっている。


「研究者としてのアドバイスですが、そのようにストレスを抱えこみ続けるくらいならば、一度、カステヘルミ様に対して心の中に溜まった全てを吐き出してしまいなさい。自分を格好良く見せたい、プライドを保ちたい、自分の誇りを失いたくないなど、クソみたいな考えを捨てることが出来れば、後悔のない人生を送ることが出来ますよ」


 マッティは長い足を組み、眼鏡の奥の涼しげな瞳を細めながら言い出した。


「公爵家の令息としての王宮の尖塔よりも高いプライドを自らへし折った時に、そうしてなりふり構わず行動した先には、自分が勝ち取るべき未来というものが見えてくるはずです。お兄様のニクラス様をご覧なさい、彼はそうやって輝かしい未来を勝ち取ったように私には見えますがね」


 オリヴェルは兄のニクラスがなりふり構わずにカタジーナを手に入れたことを知っている。兄があれほどまでになりふり構わずに行動に出た原動力がカタジーナなのは間違いない。


「それじゃあ俺も、冬の川に飛び込んだり、敵の襲撃を受けて丸一日は昏倒するほど頭をブン殴られていれば良いんですかね?」

「戯言にも程がありますし、自分でも分かっているんでしょう?」

「博士はそんな場合、どうされたんですか?」

「這いつくばって靴を舐めました」

「はい?」

「妻の前で這いつくばって靴を舐めました」

「はあ?」

「私は変人として有名ですので、それくらいは簡単に出来ますし、結果、愛する妻と娘に囲まれている今があるので後悔はないです」

「はあ・・」


 灰色の髪を後ろ一つに括っている、意外に顔立ちは整っている壮年の男の顔を見つめたオリヴェルは、

「え?本当に!這いつくばって靴を舐めたんですか!」

 と、驚きの声を上げながら椅子から立ち上がったのだった。



     *************************


こちらのお話、次回で番外編は終了となります。

おまけの話も載せていきますので、暑いし、お盆も終わるし、ああ〜夏休み〜のちょっとした娯楽に利用して頂けたら幸いです!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る