第27話
オリヴェルのかつての同僚が言うのには、
「女を口説くには間違いなく馬上がいい。馬の遠乗りに連れ出して、爽やかな風に吹かれながら告白をするんだ。そうすると馬の背に乗ってドキドキしている女は、俺に対してドキドキしていると勘違いするんだな。要するに、恋してドキドキしているんだと勘違いさせて俺の告白に頷いてくれるって寸法さ!」
ということらしいのだ。
「いやいや、馬の上なんかじゃなく風光明媚で有名なヤトゥカン橋の上で風に吹かれながら告白するのが一番良い。あそこの長い吊り橋の真ん中で、夕焼けなんか眺めながらが告白すれば百発百中は間違いない。風を受けてグラグラする橋の上で、胸をドキドキさせながら告白されれば、どんな女だってそのドキドキが俺に対しての好意によるものだと勘違いするんだな!」
勘違いを利用して女をモノにしようとはどれだけゲスなんだと、女に困ったことがないオリヴェルはつくづく呆れ返ることになったのだが・・
「カタジーナ様、兄さんが暴漢に襲われて川に投げ込まれたようです」
から始まり、
「カタジーナ様、兄が入院したようなのですが」
に続き、
「兄は昔から滅茶苦茶なところがありまして、やられたらやり返すと思い始めると止まらないところがあるのです」
と言って、兄嫁となるカタジーナの胸をドキドキさせることを続けることにした。
オリヴェルの兄は見るからに官吏系の顔(肉体派ではない、脳みそが筋肉で出来ている系でもない)をしている。今まで人を激しく恨んだこともなければ、馬鹿な奴などスマートに無視する貴族というような顔つきをしているのに、実際には全くそんなことはない。
粘着気質で執念深く、やられたらやり返さない限り、不眠症になって具合が悪くなるタイプの人間だ。父親であるジグムントも辣腕家と言われる人物ではあるが、ニクラスの場合はこの辣腕家に執念深さをたっぷりと混ぜ込んだタイプと言えるだろう。
ユリアナの脱獄をニクラスが手伝ったというように仕組まれたことで、ニクラスの頭の中の何かがブチリと切れたのだろう。ユリアナと母のパウラが無邪気にニクラスを罠に嵌めたのは間違いなく、そのことに敵国オムクスが大きく関わっていると知った彼の頭の中では、何かが暴れ出したに違いない。
オリヴェルが兄のことを凄いな〜と思うのは、今のままの状況だったらラウタヴァーラ公爵家だけがジリ貧状態で衰退するところを、ライバル関係だったヴァルケアパ公爵家を巻き込んで、死なば諸共に共倒れにしようとしたところだ。
ラハティ王国の裕福な貴族は知識人に投資を行うようなことをするのだが、今回、アーチ橋が架かることになったターレス川上流の護岸工事の設計担当者が、ヴァルケアパ公爵家が後援をしている外国人技術者だったのだ。
護岸工事を行なっているのはヴァルケアパ公爵の祖母の実家である侯爵家の寄子の領地である。寄親を気遣って、ヴァルケアパ公爵家で重用している設計士を護岸工事の担当責任者として、下流域に架けられたアーチ橋に損害を与えることがないように、上流部の脆い部分を工事する。
多額の費用を必要とする護岸工事は、設計担当者が決まった途端に、次々と外国から融資の話が持ち上がった。以前、ヴァルケアパ公爵家に出資をして頂いたことがあるので、今度は自分が恩返しをしたいと言い出す者までいたらしい。
地下に潜り込んだニクラスは、多少は不法なことにも手を出しながら調べに調べたところ、護岸工事が進められた場所には、すぐに決壊出来るような細工が巧妙に仕組まれていたらしい。
自分が所有する港に線路を通したいヴァルケアパ公爵家とラウタヴァーラ公爵家は最後まで争い続けることになったのだが、最終的にラウタヴァーラの港に線路を通すことを王家が決定した。順次、ヴァルケアパ公爵家の港まで線路を通す予定ではいるのだが、後回しにされたのは間違いない。
そのことに腹を立てたヴァルケアパ公爵は鉄道事業を頓挫させてやろうと考えた。だからこそ、鉄道のために橋が掛かるのを見越して遠い親族の領地を利用して護岸工事を開始したし、自分が後援をしている設計士を護岸工事の設計担当者として潜り込ませた。護岸工事の資金は海外の投資家を利用してヴァルケアパ公爵家が金を投入し、アーチ橋を崩すための工事をあえて行なった。
という風に、敵国オムクスは仕組んでいたのだ。
オムクスとしては二大公爵家を潰すことで、ラハティ王国の屋台骨を揺るがす予定でいたのだろう。本格的な冬を前にして、帝国から完成したアーチ橋の強度を確認するための使者が送り込まれることになった為、護岸の決壊が計画されたのは間違いない。
丁度、帝国の使者が視察している最中に決壊が起これば、横からの衝撃に弱いアーチ橋が崩れ落ちる様を目の当たりにすることになるだろう。そうこうするうちに本格的な冬が到来すれば、崩れた橋はそのまま放置するしかなくなり、多くの国民が王家の失敗を長期間目の当たりにすることになるのだ。
護岸を崩壊させようと企んだオムクス人を捕らえたニクラスは声高に宣言したという。
「鉄道事業を頓挫させようと企んだヴァルケアパ公爵家の悪事はここに明らかとなったぞ!」
ちなみに、そんな悪事など企んだことがないヴァルケアパ公爵家が仰天したのは間違いない。
だがしかし、自分たちが全く意図せぬ形で、線路を最初に通すことが出来なかったヴァルケアパ家の怨念のような証拠が(オムクス側によって)用意されていたし、それを嬉々としてニクラスがアドルフ王子の前に並べていったというのだから凄すぎる。
兄は絶対に、ラウタヴァーラ公爵家にとって最良の結果を勝ち取って来るだろうとオリヴェルは考えていた。兄嫁と自分の妻を守りながら、王都に潜伏するオムクスの間諜をチマチマ捕まえ続けていたオリヴェルだったが、何度も死にそうになりながら、死なば諸共作戦を実行に移したニクラスに対して、
「うわ〜!小汚いやり方をするな〜!腹が立つ〜!」
と、言って憤慨するアドルフ王子を見て、思わず吹き出して笑い出しそうになってしまったのだ。
問答無用で銃弾を撃ちこみ、オムクス王の五番目の弟を捕まえたニクラスだったけれど、お咎めなし。ユリアナを脱獄させたという疑いがかけられていたけれど、お咎めなし。
母とユリアナの暴走で大いに家名に傷つけることになったラウタヴァーラ公爵家だったけれど、お咎めなし。護岸工事を利用してアーチ橋破壊を目論んでいたとされるヴァルケアパ公爵家もお咎めなし。
ラハティ王国としては鉄道事業を絶対に!絶対に!成功させなければならないのだ!
鉄道工事が中途半端なこの時期に、二大公爵家が共倒れとなれば事業が頓挫する可能性が大きくなってくる。すでに蒸気機関車を購入するために帝国相手に金を払っているような状態で少しでも早く運行を開始して資金を回収したいところだというのに、敵国オムクスの差配で事業停止にまで追い込まれることなど絶対にあってはならないことなのだ。
「全ては敵国オムクスによる妨害行為であり、その妨害行為に巻き込まれた者たちに罰を与えるようなことはしない!」
と、言うしかない状況に王子を追い込んだニクラスは、確かに只者ではないのだろう。そんな兄の為に、兄の妻を常にドキドキさせて、常に兄の心配をさせるように仕向け続けたオリヴェルは、本格的な冬が始まってホッとため息を吐き出した。
巷ではカタジーナ姫は本格的な冬が始まる直前で夫に陥落したという噂が広がり、新聞各社はラハティ王国の知識を結集させて作り上げたアーチ橋を帝国の技術者も認めたとか、感心したとか、そんなアーチ橋を無事に完成させたラハティ王国は素晴らしいなどと言う礼賛記事が並んだが、それが噂好きの国民をまとめ上げ続けたラハティ王家のやり口なのだ。
敵国オムクスの鉄道事業妨害作戦についてカケラも知らない国民は、
「やっぱり知識と技術のラハティだわ」
「帝国も認める最新技術だって」
「俺は自分の国を愛しているし、誇りに思っているね!」
と言い合い、
「ラウタヴァーラの嫁いだ姫さんが陥落したというけど、妊娠するのはいつになるか?」
「春先には妊娠しているに1000」
「いや、夏に妊娠が発覚に2000ギル」
「一年先に1200ギル」
と言う賭け事まで始まっている。
「ラウタヴァーラの弟の方はまだ落とせていないらしい」
「冬前に賭けた奴らはバカだな」
「俺は春にしたけどどうだろう?」
「夏じゃないのか?」
「一生無理じゃない?」
などという話で盛り上がっている人々がいることに、オリヴェルはもちろん気が付いている。
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