第26話

 義妹パウラに人生を翻弄されることになったビルギッタが帝国に帰る前日のこと、王宮にカステヘルミとビルギッタ、そしてビルギッタの母であるメイラ夫人が呼ばれることになり、マッティ・リトマネン博士からの説明を受けることになった。


「他の方々にも同様の説明をすることにはなるのですが、ペルトラの女性から直接被害を受けることになった方々には私が個人的にお話をしたいと思ったのです」


 マッティ・リトマネンはそう言うと、ペルトラ家に代々生まれる女性の声質が、非常に珍しい依存性が高い洗脳周波数に近いものであると説明した。


 本来なら裁判を受けて正当に裁きを受けるべきなのだが、収監中に流行病で死んだということにして、ペルトラの女の研究は続けられることになるという。


「被害を受けた方々は正当なる裁きを受けて貰いたいとお考えになるとは思うのですが、非常に貴重な能力であるため、王国側の判断としてこのような処遇を取る形となりました」


「そのことについては父や兄、パウラの夫となったジグムント様にはお伝えするのですか?」

 ビルギッタの質問に、マッティ博士は首を横に振って答えた。


「ペルトラの女への依存度が継続的に高い方々については私並びに王家としての判断で、生きていることをお知らせするつもりはございません。ただ、パウラ様の二人のご令息であるニクラス様とオリヴェル様には、パウラ様とユリアナ様が生存しているということをお伝えして、今現在、お二人に洗脳の効果がどれくらい残っているのかということを継続的に調べさせていただくことになっております」


 トルステンソン前侯爵が王族をも魅了したペルトラの女を愛人として抱え込み、その愛人が産んだ娘パウラを自分の娘として育てなければならなかった侯爵夫人メイラと、パウラの姉となり、何もかもを妹に奪い取られて来たビルギッタ。


 輿入れ後、ユリアナとパウラという二人のペルトラの女が居るラウタヴァーラ公爵家で生活することを余儀なくされたカステヘルミは、博士から質問を受けることになったのだった。


 彼女たちの声を聞いてどのような気持ちになったのか、心の中の幸福感が増えたのか、それとも不安感が増えたのか。彼女たちに対して守ってあげなければならないという気持ちが大きくなったのか、それとも忌避感が強くなったのか。


「私は離れたいという気持ちばかりでしたわね、本当に妹のパウラのことが心の奥底から大嫌いでしたから」

 と、ビルギッタが言うと、


「私も離れたいという思いは強くなりましたが、嫌悪感というよりも警戒感の方が強かったように思います。ユリアナ嬢に対しては何か一言でも喋れば自分がとんでもないことになると思いましたが、パウラ夫人に対してはそこまでの警戒感は出て来なかったです」

 と、カステヘルミが答え、


「私はパウラに対して何も感じませんでした。好きでもなく嫌いでもない。ただ、ただ、夫や息子がパウラを溺愛する姿には辟易としましたけれど、あの娘のことは愛してもいなければ嫌いでもなかった。自分がお腹を痛めた子供ではないからそう感じるんだろうと思っていたのですけど・・」

 と、メイラ夫人は答えた後、


「あのパウラが私の大事なビルギッタの足に一生残る傷を作ったのだと考えると、今では殺してやりたいほど憎いのです」

 と、怒りで顔を真っ赤にしながら言い出した。


「私が心配なのは博士、あの女たちを研究するあなたが男性だというところです。あの女たちは特に男性を魅了する技に長けているのです。そんな彼女たちが博士を籠絡して、まんまと外に出るようなことにでもなれば、私は到底黙ってなどいられなくなりますわ!」


「そう心配される気持ちも十分に理解できます」


 ペンを走らせていた博士はキリの良いところまで書き上げると、顔を上げて、ずり落ちそうになった眼鏡を指先で押し上げながら言い出した。


「音というものは空気の中を振動して伝わっていくものなのですが、この波の大きさによって人は非常に好ましく感じたり、不快に感じたりすることになります。皆さんも経験があると思うのですが、夏場になって蚊が顔の周りを飛び回った時に非常に不快な思いをしたという経験はありませんか?」


 ラハティ王国の夏は短く冬は長い国となるのだが、夏場に全く蚊が出ないということにはならないし、誰しも蚊が顔の周りを飛んで嫌な思いをしたという経験があるだろう。


「私の耳は人を魅了する音波が、蚊が飛んでいる時の不快な音と同じもののように捉える傾向にあるのです」 


 マッティ・リトマネン博士は十二歳の時に、神殿で歌われる聖歌の中に蚊が飛ぶ音と同じ波長が混ざっていることに気が付いたという。マッティ博士が音について研究を始めたのがこの頃からのことで、人を依存させる音波というものを発見したのが十六歳の時のこと。こちらは、王家が秘匿情報として保護しているのだという。


「私は多くの人々が言う通り、変人という部類の人間にあたると思います。魔法かもしれない、神の力かもしれないという話を聞くと、どうしても科学の力を使って暴きたくなってしまうのです。今回も魅了の魔力を持つペルトラの女が捕まったという話を聞いて、喜んで彼女たちの元へと飛んで行きました。だって、彼女たちには一体どんな秘密が隠されているのかと考えるだけでワクワクしましたからね」


 ラハティ王国は多くの技術者や学者を集めて育てているような国でもあるため、優秀で変人が多い国とも周辺諸国から言われているのだ。


「彼女たちと面談をして、即座に声の周波数が洗脳の周波数に近いものだと分かりました。なにしろ、私の耳には彼女たちの声は、蚊が飛び回るような不快音に塗れて聞こえるのです。どうやら私は洗脳するのには適していない耳をしているようで、非常に興味深い結果となりました」


 今までの研究の結果、彼女たちの声がモスキート音に塗れて聞こえるのはマッティ博士だけであり、女性よりも男性の方が洗脳率が高いということ。影響を受けない女性たちの中でも、嫌悪感を感じる人間が多いということ。


「まだまだ研究途中なのではっきりとしたことは申し上げられないのですが、非常に面白い研究対象ですので、死ぬまで外には出しませんし、出さないように彼女たちの周りは女性で固めているような状況です」


 と、博士が説明をすると、ようやっと納得出来た様子でメイラ夫人は大きなため息を吐き出したのだった。


 ペルトラの女と呼ばれるだけあって、ペルトラ子爵家に生まれた女たちは様々な問題を起こして来たという。今回のことでペルトラ子爵は身柄を拘束されて裁判待ちの状態となり、すでに爵位を剥奪されて家族は平民落ちすることが決定した。ただ、直系に近い血筋の者には王家の監視の目が付くことになるらしい。


「このような状況ですので、ニクラス様とオリヴェル様とご結婚されたカステヘルミ様、カタジーナ様が女児をお産みになった際には、王家によって検査が実施されることになります」


 博士の言葉に、カステヘルミは一瞬呆然とすると、ビルギッテがにっこりと笑いながら言い出した。


「確かに、あのパウラの孫を産むことになるのだもの!是非とも継続調査が必要となるわね!」

「ええーっと・・」


 カステヘルミは未だにオリヴェルとは白い結婚のままなので、子供がどうのという心配はないのだが、ニクラスとカタジーナ夫婦はどうなのか、そこのところはカステヘルミにもわからない。


「生まれた子供は絶対に問題がある声の持ち主ということになるのでしょうか?」


「それは分かりません。ただ、声が洗脳に特化した周波だからと言って片っ端から洗脳してまわっているわけでもないのです。自分たちの思う通りに物事を動かしていきたいという欲求が強くなければ、毎度、こんな騒動が起こることもないでしょうしね」

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