第25話
ラハティ王国は冬が長く夏が短い国だけに、王家は効率を求めることを良しとして国の発展のためには知識こそが重要であると考えていた。その為、国内だけでなく国外からも多くの学者を招聘し、祖国では異端扱いされる研究者であっても保護をして、彼らが必要とする費用を国として補填し続けて来たという歴史がある。この国としての在り方はやがて貴族の中にも広がりだし、懐事情が豊かな貴族ほど、人への投資を率先して行うようになっていった。
ここ最近で話題となったのは割れない鍋を作る鍋屋の子供を見出したカルコスキ伯爵家の令嬢カステヘルミであり、彼女が見出した天才は、蒸気機関車の機関部の開発に大きく関わることになったのだ。
多種多様な天才が集まるラハティ王国では様々な研究が行われているのだが、マッティ・リトマネンはかなりの変わり者としても有名だった。彼の口癖は『この世に魔法なんて存在しない、全ては科学で証明出来る』というもので、今回も『魔法なんてものは存在しない』と証明するために自ら名乗り出たのである。
「私を誰だと思っているの!こんなことをして!ラウタヴァーラ公爵家が許すと思うのですか?さっさと私をここから出しなさい!出しなさいったら!」
「ニクラス様を呼んでちょうだい!オリヴェル様は何か勘違いなさっているのよ!ニクラス様なら分かってくださるの!今すぐ呼んで!お願い!」
トルステンソン侯爵家の別荘から白骨化した遺体が発見され、ペルトラ子爵家の血を引く女たちに注目が集まることになったのだ。そのため、ユリアナとパウラの身柄は王宮の地下にある牢屋へと移動させられることになったのだ。
カタジーナにナイフを向けて襲い掛かろうとしたユリアナと、そのユリアナの脱獄を助けたパウラは本来法律によって裁かれなければならないのだが、審議にかける前に、ある実験が行われることになったのだ。
そもそも、オムクスとラハティ王国とがこれ程までに険悪な状態となったのは、アドルフ王子の祖父の時代にオムクスとラハティの間で婚姻政策が行われようとしたのがきっかけだった。
当時、オムクスの姫はアドルフの祖父である先王の弟の元へ嫁ぐ予定でいたのだが、この弟には恋人が居た。この恋人こそが椿の館から掘り出された遺体その人であり、ペルトラ子爵家の令嬢は、オムクスの姫をラハティの王家には入れずに叩き出すことには成功した。その後、国家間の約定を妨げる原因になったとして、令嬢は王子と別れて、祖父ほども年齢が離れた男爵の元へ輿入れすることになったのだ。
夫となった男爵が亡くなった後はトルステンソン侯爵家の庇護下に入り、一人の令嬢を産み落とした。これがラウタヴァーラ公爵家に姉を押しのけてまでして嫁いだパウラ夫人であり、このパウラもまた、周りの人間を洗脳するようにして意のままに操る術を持っていた。それはパウラ夫人が庇護下に置いていたユリアナ嬢にも言えることで、同様の現象が発生しているのだ。
ペルトラ子爵家には男子ばかりが生まれ出る家系でもあるのだが、稀に女児が生まれた時には、大きな問題が生じることになるのだと言われている。
ペルトラ子爵家の女たちは『魅了』の魔力を使って周囲の男たちを意のままに操っていると言い出す人間も確かにいる。だがしかし、この世界では魔法なんてものは物語の中でしか存在しない。世の中には言葉では説明出来ない不思議なことで溢れかえっているようにも見えるのだが、その全ては『科学』で解明することが出来ると豪語する人物が存在する。
マッティ・リトマネンは複数の機材を利用して牢屋に入れられた二人の女性を調べ続け、最終的に、彼の納得する結果が導き出されることとなったらしい。アドルフ王子はマッティが用意した報告書の束に目を通しながら、思わず自分の眉間を揉みほぐすようにして目を瞑った。
「つまりは・・彼女たちが起こす事象は魔法でも超常現象でも何でもなく、声が問題だったということか?」
「はい、その通りです」
壮年のマッティ・トルステンは背中まで伸びた灰色の髪を後ろ一つに結えているのだが、指先で眼鏡を押し上げながら興奮を隠しきれない様子で言い出した。
「声には洗脳周波数というものが存在するのですが、ペルトラの血筋を引く女性たちの声は確かに、洗脳周波数が発生するものであるのです。非常に心地よくていつまでも聴いていたい、聴いた人間を依存させるものでもあり、女性よりも男性の方が顕著に影響を受けやすいようです。洗脳された相手はその心地よい声が聞きたいが為に、ペルトラの女の言う通りの行動を無意識下で取ろうとしてしまうのです」
マッティ・リトマネンはウキウキしながら言い出した。
「当時、ラハティ王国に嫁ぐ予定であったオムクスの姫君もまた、この洗脳周波数を巧みに利用する人物だったようです。ニクラス・ラウタヴァーラが捕まえたエインヒッキ・ハイネル・フォン・オムクスへの事情聴取を私自身が行ったのですが、オムクス王の五番目の弟は、ラハティ王国から逃げ帰って来た問題の姫に育てられていたようなのです」
オムクスの姫はラハティの王子との婚姻が整わず、祖国への帰国を決意することになったのだが、その際に、子爵家の令嬢程度に媚びへつらい続けるラハティ側の人間に対して激しい憎悪を抱くことになったらしい。
人を操る術をその時に学んだのかは分からないが、姫は帰国後、次の世代を担う王族に対してラハティへの憎悪をまるで洗脳するように植え続けていた。その洗脳の大きな影響を受けることになったエインヒッキは、実に二十年もの間、ラハティ王国に潜伏をし続けてラハティを潰す為に暗躍を続けていたのだという。
「オムクスの姫に洗脳されて育ったエインヒッキ王子に対して、本家本元のペルトラの女たちが洗脳の上書きが出来るかどうかを調べていきたいです。ペルトラの女たちは洗脳周波数を持って生まれたということにあたりますが、オムクスの姫はそれを真似ることで洗脳を行うことが出来たわけなのです。これは後天的に洗脳する技術を身につけることが出来ることを証明しているので、それについても詳しく調べてみないとですよ!」
「ふーん、そうだよね」
元々、洗脳周波数というものは信者の依存心を引き上げるために、神殿で歌われる聖歌などにも利用されて来たという話は聞いたことがある。今後、程度は軽くあっても個人がその周波数を使って相手を洗脳すること出来るようになれば、他国向けのハニートラップの成功率が爆上がりすることになるだろう。依存心を巧みに利用してこちらが欲しい情報を引き出すとか、国が利するための使い方というのは多岐に渡ることになるだろう。
「ですので!ユリアナ、パウラ、エインヒッキの三人は、収容中に流行病に罹って死んだということにしてくれませんか?」
「うーん」
「真剣に研究していきたいんです!途中で身柄をどこかに移動するとかそういう話にはしたくないんです!」
「うーん」
王子は散々考え込んだものの、二十年以上に渡ってラハティ王国に潜伏し続けていたオムクス人と、ラウタヴァーラに名を連ねていた二人の貴婦人は、収監中に冬の流行病に罹って死んだということにした。
すでにパウラ夫人は離婚が済んでいる状態であったし、ユリアナにしても公爵家の籍には入れていない状態だった為、彼女たちの死はトルステンソン侯爵家、ペルトラ子爵家に報告が行く形となったのだが、両家ともに没落するかどうかの鬩ぎ合いの最中だった為、特に相手にされることもなく、遺体は王家が処分する形で了承されることになったのだ。
パウラの夫だったジグムントはパウラが死んだという報告を受けて倒れ込み、そのままベッドから起き上がれない日々を送っているという。二人の息子たちは二人と距離を置くことで洗脳が解けることにもなったようだが、父親の方は長年パウラ夫人と共に居た関係で精神的に障害が出ているということになるだろう。
トルステンソン前侯爵はペルトラの女との無理心中を図ったことからも分かるとおり、洗脳による極端な依存はその先に死をもたらすのかもしれない。
こちらの方も研究の必要があるとして、マッティ・リトマネンは嬉々としてラウタヴァーラの前公爵が居る別荘へと移動をしたらしい。かつては『ペルトラの呪い』とも言われた現象も、マッティ・リトマネンの研究によって解明される日が来るのかもしれない。
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