第24話

 カタジーナにとっての問題児、神の前で誓った伴侶であるカタジーナの夫は、ターレス川上流で護岸工事をしているイマトラと王都を行き来しながら、ラハティ王国に潜伏している敵国オムクスと暗闘を続けているらしい。


 本格的な冬が始まる前に始末をつけたいと言うのはカタジーナも同じ思いなので、男遊びを開始した姉については父王に報告をし、アドルフ王子への面会を求めたカタジーナは、姉が好むような容姿の(大きな問題を抱えている)男を周囲に侍らすように願い出た。


 国では、

「一妻多夫だなんて不潔よ〜!」

 と、大騒ぎをしていた姉は、舌の根も乾かぬうちに自分自身が『一妻多夫』を実行し始めている。であるのなら、妹としてカタジーナは『一妻多夫』を応援しなければならないだろう。


 アドルフ王子からの報告によると王子が用意した、問題を抱える顔だけは良い八人の男たち(八人も用意したのか!と、カタジーナは大いに驚いた)のうち、姉は三人の男をお気に入りとしたらしい。ラハティ王国の世話になっているというのに、オムクス人の恋人を使ってニクラスに嫌がらせ目的で劇団に出資しているのも完全にアウトな行為なのだ。父王も完全に堪忍袋の緒が切れたようで、カタジーナの計画に賛同をしてくれることとなった。


 丁度、カタジーナはオシモの病気についてはスペシャルな医者を連れて来ていたので、ラハティの王宮に滞在するジョアンナの診察を行う医師として潜り込ませ、姉が完全にオシモの病を患ったところでオムクスへ送り込む手筈を整えた。


 ラハティとルーレオの間で鉄道事業が計画されると、ラハティの敵国にあたるオムクスは、王妃の娘であるジョアンナに対して結婚申込書を数々送って来たのは有名な話だ。そのためジョアンナ姫をオムクスへ送ると告げれば、両国の仲を断絶させたいオムクスは喜んで受け入れることだろう。


 高位身分の男性が特に好きなジョアンナが、オムクスで大人しくしている訳がない。周辺諸国の間でもジョアンナは美姫としても有名なのだ、一夜の相手はそれなりに現れるだろうし、病は伝播していくに違いない。


 病が広がれば広がるほど、オムクスの上層部は他のこと(ラハティで行われる鉄道事業)について気を回している余裕は無くなるだろう。もちろん、姫を送り込んできたルーレオに対してクレームを入れてくることにもなるだろう。


 ルーレオ王国は医療に特化した国だから、ルーレオ王国はオムクスに対して高値で薬を売りつけることが出来るだろうし、スペシャルな医者を高値で派遣することも出来るだろう。姉のジョアンナの方は概ね思う方向へ進ませることは出来たのだが、方ジーナは自分の夫に対して胃が痛くなるほどのストレスを抱えることになるのだった。



「カタジーナ様、兄さんが暴漢に襲われて川に投げ込まれたようです」

「はい?」

「カタジーナ様もくれぐれも身辺には気をつけてください。公爵家の中は安全だとは思いますが、何かあれば必ず俺かカステヘルミに伝えてください」

「あの、オリヴェル様、アナタのお兄様、川に投げ込まれた〜のデスヨネ?」

「はい、そうです」

「今、この時期に?」


 あと数日もすれば、朝方の湖面も凍り出すだろうという時期に、川に投げ込まれたとは何だろう?

「兄は泳ぎが得意なので心配なさらなくても大丈夫です」

「泳ぎが得意で〜も、今の時期に川に投げ込まれたのデスよね?」

「まあ、確かに川の水はだいぶ冷たかったでしょうね。ですが、兄は大丈夫ですから」


 何が大丈夫なのかと疑問に思っているうちに、再びオリヴェルがやって来た。


「カタジーナ様」

「なんですーか、オリヴェル様?」

「兄が入院したようなのですが」

「ドコですかその病院、今すぐ私が向いまーす」

「カタジーナ様が行く必要はありませんし、兄は三日ほどで退院すると言うので大丈夫なのですが」

「またダイジョブ言ってマス、本当の本当にダイジョブなのですか?」

「本当に大丈夫です、丸一日、昏倒していただけですから」

「マルイチニチ?」


 どうやらニクラスとオムクスの暗闘は佳境を迎えているらしい。

 オムクス側は邪魔なニクラスを排除しようと暗殺者を何人も送ってくるし、ニクラス側はニクラス側で、豊富な資金を利用して情報戦を繰り広げているという。


 ラウタヴァーラ、ヴァルケアパ、ラハティ王国の二大公爵家を二つまとめて潰したいと考えるオムクスの思惑を次々と明らかにしていくニクラスが、遂にオムクス側の黒幕を追い詰めるというので・・


「もう〜!我慢なりません〜!私もその現場に向かいます〜!」


 カタジーナはオリヴェルの報告を聞くなり目を血走らせながら立ち上がった。怪我をしたという事後報告だけ聞くのはもううんざりだった。カタジーナの夫は目を離すと一体何をやらかすか分からない。そのうち、本当に死んでしまうかもしれないという焦燥感でどうにかなりそうだったのだ。


「いいですよ、いきましょうか」

 その時ばかりはオリヴェルもあっさりとカタジーナの希望を呑んでくれたのだが、

「王都内、下町の劇場が集まっている場所となるのですが、問題の劇場で火つけが行われて、そろそろ問題の人物が対応するために現れると言われているので」

 オリヴェルはにっこりと笑って、

「兄もカタジーナ様に会いたいと思っていることでしょう、俺と一緒に下町の劇場街までいきましょうか」

 と言って、エスコートをするために手を差し出して来たのだった。



 結局、やっぱりニクラスは無茶苦茶だった。

 黒幕と思しき男、しかもオムクスの王族に連なる人物に対して容赦無く銃弾を撃ち込んでしまったのだからしょうもない男だ。

 それでも・・

【えーっと、その涙は・・その・・無事にエインヒッキ・ハイネル・フォン・オムクスが捕まえられたことによる安堵の涙ってこと?】

 カタジーナを抱きしめるニクラスがルーレオ語で問いかけて来た時には腹が立ったし、


【この馬鹿が!オムクスの王子を捕まえるのに時間をかけすぎだし、途中で何度か死にかけたと聞いている!どれだけ妻の私を心配させれば良いんだ!やるならもっとスマートにやれ!】


 と、答えて乱暴にニクラスのぶ厚い胸を叩きながら、未だに白い結婚状態のままの夫に縋り付いてしまったのだ。安堵のあまり力が抜けて足腰が立たなくなったカタジーナをニクラスは軽々と抱き上げた。




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