第23話

 カタジーナは妾妃から生まれた姫であり、王族としての扱いを受けてはいるものの、王家のために結婚商売のために利用する道具のようなものだった。ただ、頭だけはかなり良い方だったので、学者から高度の教育を受けることになったのだ。


 帝国との繋がりを強化したいと考えているルーレオ王家としては、優秀に育ったカタジーナを皇族の血筋も引く高位貴族の元へ嫁がせるか、権力を持ち過ぎた公爵家の頭を押さえつけるために嫁がせるか、どちらかが良いだろうと考えた。


「私は嫌よ!そんな『一妻多夫』を望む女にデレデレしているような男の元へ嫁ぎたくなんかない!」


 噂を耳にしたジョアンナ姫が我儘さえ言わなければ、カタジーナは帝国の貴族か妻を病で亡くした男の元へ嫁ぐかのどちらかしかなかったのだが、

「お姉様の代わりに私がラハティ王国の公爵家の元へ嫁ぐことと致しましょう」

 と、国の重鎮たちの前で宣言し、自国での株を上げることに成功した。


 カタジーナが結婚相手として考えられていた人物はどちらも離婚歴があり、二十歳近くも年上だったのだ。その為、結婚することになるニクラス・ヨルマ・ラウタヴァーラは八歳差であるし初婚だという。『一妻多夫』がどうのとジョアンナは大騒ぎをしていたが、結婚商売の道具として育てられたカタジーナとしては、そんなことは瑣末なことだった。


 ルーレオ王国の王妃はジョアンナの母にあたる人なのだが、ジョアンナも王妃も、ルーレオの王家には際限なく金があるのだと思い込んでいる節がある。王家だったら巨万の富を持っているのだろうと幻想を抱いているようなのだが、そんなことはない。ルーレオは海に面していないお国柄だけに、自国のものを船で輸出するのにいずれかの国の港を利用しなければならないのだ。


 港まで持っていくのは馬車を利用しているのだが、盗賊に襲撃を受けることも多く、運ぶだけでも四苦八苦する中、関税や通行税などが発生するため、金が非常にかかることになる。


 自国でダイヤモンドや金が採掘されるのならまだしも、そんなものは採掘されない。石炭ばかりがあちこちで見つかる程度のことなのだ。


 かの帝国では蒸気機関車なるものが開発され、その蒸気機関車を動かすための動力に水と石炭を利用するのだという。残念ながら帝国は石炭を自国で賄うことが出来るのだが、蒸気機関車を買うことになりそうなラハティ王国は自国で賄うことは難しいだろう。


 だったら鉄道に関する事業を共同事業として、蒸気機関車に必要な石炭を採掘するための投資をラハティ王国の投資家に募るのはどうだろうか?


 石炭事業をラハティの王家に持ちかけることは、隣国ルーレオを占領して自国に取り入れれば良いだろうという強い欲を生み出すきっかけとなるかもしれない。そのため、国相手ではなく個人相手で何とか出来ないかと考えていたところではあったのだ。


 父王に頼んで性病に特化した医者を同道させたのは、やはり自分の身の安全は図りたいという思いと、結婚相手であるニクラスの反応を見たかったから。


 自分のプライベートな部分を指摘されて毎日一ヶ月は医師の診察をしなければならないとなれば、プライドを大きく傷つけるだろうし、花嫁が初夜を拒否するなど前代未聞のことと思うだろう。


 ただし、ニクラスは非常に柔軟な考えを持つ人物だったようで、医師の診察を受け入れたし、ラハティ王国独特の『噂』をひっくり返すために躊躇なく溺愛行動を行うような男だったのだ。


 家族が絡むと盲目的になるらしく、ユリアナ嬢を脱獄させてしまうという失態を行ってしまったが、公爵という地位を投げ出して地下に潜り込み『噂』を利用して敵への反撃を即座に開始した。


 弟のオリヴェルは相変わらす妻のカステヘルミにベッタリと付き添い、忠犬よろしくカステヘルミと兄の妻であるカタジーナを守るために公爵邸に留まる中、公爵家当主であるニクラス自身が暗躍を始めたようだった。



「オリヴェルさーま、もしかしてラウタヴァーラ公爵家はニクラス様を追放する形とーして、オリヴェル様が継ぐ形となりますーか?」


 オリヴェルによって前公爵夫人と脱獄をしたユリアナ嬢の身柄は拘束された。公爵家の屋台骨がグラグラと揺れている状態で、

「やられたらやり返す」

 と言ったニクラスは未だに帰って来る兆しがない。


 このままニクラスが帰って来ず、オリヴェルが公爵家を継ぐ形となるのなら、ニクラスの妻であるカタジーナは本国へ指示を仰がなければならないだろう。


「いえ、自分が公爵家を継ぐことにはならないかと思います」

 オリヴェルは飄々と答えた。

「俺の兄であるニクラスは、八歳までに六回、十二歳までに四回、誘拐をされ、何度も瀕死の状態となっているのですが、今まで死んだことは一度もないのです」


 オリヴェルは元々は軍人だったということは知っているし、今でも軍に片足を突っ込んでいるような状態だということも知っている。だとしても、誘拐十回、瀕死の状態になったことはあれど、死んだことはないなんて。オリヴェルは軍人脳という奴なのだろうか?


「公爵家の嫡男ということで、兄が真綿に包まれるようにして育てられたお坊ちゃまであると勘違いする人も多いのですが、兄はこちらが想像する以上にしぶとく、粘着気質であり、一度やり返すと言ったらとことんやり返さなければ気が済まない男なのです」


「確かに・・そういうトコあるのか〜もしれませんね」


 オリヴェルをモデルとした劇団の興行は、最近、ある噂によって閑古鳥が鳴いているような状態だ。ラハティ王国には現地住民の間に残る神話の中で、同性同士の愛を揶揄する行為を禁忌の行動であるとしているのだが、神の禁忌を破ったということで、劇団の役者に不幸が広がり続けているのだと噂されているのだ。


 まず、オリヴェル役の役者は足の骨をポッキリ折ったのだが、やったのはニクラスに違いない。ユリアナ役の女優は高熱を発して寝込んでいるらしい。どうやったのかは分からないが、ニクラスがやったのに違いない。劇作家は行方不明となり、大道具を担当する者は劇場の支柱が倒れて来て大怪我を負ったという。


 度重なる不幸は観覧客にも広がっているらしく、

「「「神の災いだ」」」

「「「神の怒りに触れたんだ!」」」

 と、大騒ぎになっているという。


「無茶をやる人なのは間違いありませんが、きっちり生きて帰って来るので大丈夫ですよ」

 と、オリヴェルは言うのだが、確かにカタジーナの夫は無茶をやる人間だというのは間違いない。


「それ〜で?オリヴェル様?先ほど急使が来ていたようですけど、今度は何があったのです〜か?」

 カタジーナの問いにオリヴェルは肩をすくめながら言い出した。


「カタジーナ様、どうやら兄が狙撃されたようでして」

「は?狙撃され〜た?」

「いや、大丈夫です。心配はいらないです。銃弾がかすった程度なので問題ないのですが、敵は狙撃手を我が国に入国させたようなので、カタジーナ様には外出を控えて欲しいとお伝えしたかっただけで」

「はああああ?」


 ラウタヴァーラ公爵家は、カタジーナが思う以上に無茶苦茶な家なのかもしれない。


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