第21話  

 他国はどうだか知らないが、ラハティ王国では性別を超えた恋愛について揶揄する行為を禁忌としている。これは原住民の間で語られる神話が根底にある考え方から来るものとなるのだが、北方に火山を抱えるラハティとしては、神の怒りにはなるべく触れたくはないと考えている。


「なあ、なあ、あの話を聞いたか?」

「ああ、あの劇団の話だろう?」

「公爵役をしていたあの役者、何でも足の骨を折ったっていうじゃないか?」

「それだけじゃない、子爵令嬢役の娘なんか原因不明の熱で倒れたらしいぞ」


「おいおい、冗談じゃないぞ、天罰を喰らったとか、そういうことじゃないよなあ?」

「たまたまかもしれないけど、あの演劇を見に行った俺の友人、次の日から姿が見えないんだけど」

「は?嘘だろ?」

「そういえば、うちの従姉、あの演劇を見に行った後に高熱を出して倒れていたわ」

「はあ?かなりまずいんじゃないのか?」


 下町では多種多様な演目を興行しているのだが、つい最近まで行列が出来ていた『公爵の秘密の愛』を描いた舞台は閑古鳥が鳴いているような状況だ。


 最初こそは興味本位で観る者も多かったものの、今ではラハティ人は足を向けようとはしない。


 同性の恋人を世間から隠すために、一妻多夫を望む女の夫役を買って出るという内容までは面白かったものの、やはりその内容は性別を超えた愛を揶揄する内容となってしまうのだ。神の怒りは舞台役者に不幸な形となって現れ、それを観た観覧客に災いをもたらしているという。


 役者の事故はたまたま起こったものなのだ、そう言ったとしても誰も耳を傾ける者はいない。そうこうしている間に災いを招く劇団を追放しようと人々は動き出し、遂には放火によって壊滅的なダメージを受けることとなったのだ。


「貴方はうまくいくと言って居たじゃないですか!だから私は貴方に協力をしたというのに!」

「俺だってうまくいくと思っていたんだよ」


 ジョアンナ姫の秘密の恋人でもある、エルリック・タエロルはタバコの煙を吐き出しながら言い出した。


「最高の演者に最高の台本、これがあれば王立歌劇場での上演も間違いないと思ったんだが。ラハティ独自の民族神話について、すっかり忘れていたってわけさ」


「私はきっちりと貴方に説明しましたよ!こんな内容ではラハティ王国で舞台を上演することは難しいと!」


 ラウタヴァーラ公爵家では、前公爵夫人が同情心から引き取った令嬢が『一妻多夫』を目論むとんでもない令嬢だったということが醜聞となり、令嬢の取り巻き状態だった公爵家の二人の兄弟もゴシップの餌食となるところだったのだ。


 そこで彼らの妻が動いたのは間違いない。醜聞まみれの夫たちに自分たちを溺愛するように仕向けることで、今は『一妻多夫』を目論む令嬢など興味のかけらも持っていないのだと世間に印象付けることに成功したのだ。


 劇の舞台を利用してラウタヴァーラの名誉を失墜させるような形としたのだが、そちらの方はお遊びみたいなものだったのだ。演者が怪我をするなどのトラブルが続発し、最後には放火までされてしまったが、この国での公演はこれで終わりとして今後は他国でラウタヴァーラの醜聞を広げていけば良いだろう。


 公爵家の新しい当主となったニクラスを罠に嵌めることには成功したようで、一妻多夫令嬢を故意に逃したとして捜査令状が出されている状態なのだ。


 エルリックは足元に吸いかけのタバコを投げ捨て踏み潰すと、項垂れる団長に金貨が入った袋を投げながら言い出した。


「ここの舞台が駄目でも、他所の国に移動をしてまた興行すれば良いだろう。役者もちょっと怪我をしただけだし、脚本も無事に残っているのだから、ラハティ王国の若き公爵の秘密の恋を大々的に他国で広めてくれば良い」


「確かにね・・これだけウケたなら他国でもウケるとは思いますけどね・・」


 立派な口髭を生やした劇団の団長が袋の中にある金貨の枚数を確認していると、突然響き渡った銃声と共に金貨が宙を舞い散るように飛んでいく。


「ウッ」


 倒れ込む団長は肩を撃ち抜かれたようで、真っ赤な血が流れ出している。銃弾を避けるためにエルリックが慌ててしゃがみ込もうとすると、彼の足は撃ち抜かれ、銃弾を受けた衝撃で尻餅をついた。するともう一発の銃弾が、エルリックのもう片方の太腿を撃ち抜いた。


「一度は劇団に戻って来ると思っていたのだが、長い間待ち構えていた甲斐があったよ」


 テントの幕を開けて入って来たのはラウタヴァーラ公爵家の若き当主であるニクラスであり、彼は短銃に弾込めをしながら劇団の団長と、足から血を流すエルリックを見下ろした。


「エルリック・タエロル。いや、エインヒッキ・ハイネル・フォン・オムクス殿と呼べば良いか。随分と長い間、我が国で遊んでいらっしゃったようだね」


 エインヒッキは今代のオムクスの王の五番目の弟であるのだが、四十をとうに過ぎているというのに、見た目は二十代にしか見えない男だった。


「やあ!ラウタヴァーラの逃亡犯!犯罪者が銃を片手に何の用があってこんな場所までやって来たのかい?」


 両足を撃ち抜かれながらも飄々とした声をエルリックが上げると、ナイフを後ろ手に握ろうとしたエルリックの腕をニクラスが蹴り上げた。


「オムクスの王子様が随分長い間、我が国に潜伏していたようじゃないか?」

 ニクラスはエルリックの胸ぐらを掴むと、自分の方へと引き上げながら言い出した。


「お前を捕まえるために、イマトラと王都を何度行き来したか分からない。一応、言っておくが、お前の恋人であるジョアンナ姫は、オムクスの王子に嫁ぐためにオムクスへと向かったぞ」


「はああ?」

 そのことをエルリックは知らなかったようで、ニクラスは心底嬉しそうに笑いながら言い出した。


「お前が不在の間、ジョアンナ姫は色々な男とお楽しみになっていたみたいでな。今の医療では完治は難しいという病気を患ったままオムクスへと向かったんだ。以前からオムクスの王子から結婚申込書が届いていたんだそうだが、それに応じる形となったんだ。なあに、まだ完全に症状が出ているわけじゃ無いから差し障りはない。何処までも病気を広めることが出来るだろうさ」


「はあああ?ふざけるな!何を言っているんだ!」

 怒りを露わにするエルリックにニクラスが哀れみを含んだ眼差しを向けると、小さく肩をすくめながら言い出した。


「我が国がやられっぱなしでいるわけがないだろう?ここまで公爵家を愚弄されて、このニクラス・ヨルマ・ラウタヴァーラがいつまでも黙ったままでいると思ったのかな?」


 身も凍るような笑みを浮かべる若き公爵を見上げたエルリックは、この男が逮捕状から逃れるために市井に潜りこんだ訳ではなく、自分を捕まえるために潜り込んだのだと理解した。おそらく、役者の足を折ったり、突発的に熱が出るようなことになったのは、この男の仕業に違いない。


 噂には噂を、自分を貶めた劇団には『災い』という言葉を利用して、わざわざエルリックを誘き出すような手に出たのだろう。


「チクショウ!チクショウ!チクショウ!」


 憤りを爆発させたところでどうしようもない、それだけジョアンナ姫は股がゆるい女なのだ。性病を仕込んだ上でオムクスに送ったというのなら、まさしくそうされたのだろうし、自分の兄弟たちがあの見かけだけは美しい姫君に食指を動かすのは間違いないとも思うのだ。


 今すぐに急使を送って兄弟たちに知らせたいが、天幕の中には兵士たちが続々と入り込んで来ている。このような状態で、仲間に連絡を送るのはまず無理だとは分かっているのだが・・


「チキショウ!ふざけるなよ!こんなことをして許されると思っているのか!」

「我が国の堤防を壊そうとしておいて何を言うか!」


 そう怒鳴りつけられたエルリックはへたり込むようにして地面に倒れ込んだ。




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