第20話

 アドルフ王子はうんざりした様子でため息を吐き出した。

 トルステンソン侯爵家とラウタヴァーラ公爵家の縁談については、過去に様々なトラブルを抱えていたことは記録を読んで確認をしたのだが、長女であるビルギッタが馬車の事故によって足に一生残る傷を負ったというのに、これを彼女の有責にして慰謝料まで用意させるという行為は明らかにやり過ぎだと言えるだろう。


 ラハティ王国が噂好きな国民性なのは間違いないのだが、当時は『ビルギッタ嬢は悪女であり妹であるパウラを常に虐めている』などという噂が広い範囲で信じ込まれていたらしい。


 だからこそ、馬車の事故で大怪我を負ったのは『天罰』となり、令嬢に対してあり得ない慰謝料が請求されたのも『当たり前』のこととして受け入れられることになったのだ。当時、王家としては公爵家、侯爵家、双方の話し合いにより決着したことに口を挟むようなこともしなかったのだが、妹パウラが『ペルトラの血を引く女』であると分かっていたのなら、王家としてもそれ相応の対応を取っていたことだろう。


 祖父の代に、ラハティ王国は仲違いを繰り返したオムクスと和平を結ぶため、オムクスの姫君を自国に輿入れさせる予定があったのだ。第二王子がオムクスの姫君と結婚する予定でいたのだが、第二王子には恋人が居たのだ。


 その恋人こそがトルステンソン侯爵家の別荘から白骨化した遺体で発見されることになったペルトラ子爵令嬢であり、パウラの母にあたる人物でもある。王子の恋人はオムクスの姫こそが悪女であると仕立て上げ、ラハティ王国のすべての人間が敵意を向けるように仕向け、最終的にオムクスの姫は毒を飲んで自害をしようとしたのだ。


 自害は未然に防がれたものの姫はラハティ王国とは縁を切り、自国へと帰ることを決意した。以降、オムクスはそのことを許さず、ラハティ王国に変わらない敵意を向け続けていることになる。


 そのオムクスの敵意を作り出した女の遺体が、首の骨を折られた状態で椿が咲き乱れる庭園の奥から発見されることになったのだ。


 代々、ペルトラの女は噂を上手く使うことに長けていると言われているが、オリヴェルの妻がカステヘルミだったからこそ無事で済んだのだろう。


 カステヘルミも噂を利用するのが上手いのだが、ペルトラの女が誰かを貶めるために噂を利用するのなら、カステヘルミは面白い噂を利用する。ラウタヴァーラ公爵家に輿入れして彼らの一族がどれだけ愚かなのかと吹聴する訳でもなく、

「私は一妻多夫を応援します!」

 と言って、ユリアナこそが一妻多夫を望んでいる(非常に変わった)令嬢なのだと喧伝をした。


 帝国を訪れた時にビルギッタ夫人から公爵家についての内情を聞いていたにしても、彼女の対抗する方法は非常にユニークだったのは間違いない。

「世の中には一人の妻を大勢の夫で愛するなんてこともあるんだな〜」

 と、町行く人々までもが口ずさむほどの広がりかたをさせた上で、ペルトラの女たちを排除した。まあ、その後の波紋が凄いことになっているし、思わぬ方向に話が進んでいくため、アドルフとしては振り回されている形となっているのだが。


「殿下、また新しい報告書が上がって来ました」

「そうか」

「ジョアンナ姫がオムクスの使者と合流し、北東に向かって移動を開始しております」

 側近からの報告に、アドルフ王子は頷いた。

「そちらの方だけは順調か」

「そのように思います、報告書を読まれますか?」

「うん、読んでおくからそこに置いておいてくれ」


 今、アドルフの執務机の上は報告書の山がいくつも連なり、ペン立てやインク壺、ティーカップが置かれている場所が渓谷状態になっている。

「何故・・こんなことになってしまったのか・・」


 全ては噂が元で始まったことになるのだが、結果、とんでもないことになっている。


「とりあえず、ジョアンナ姫の報告書を読もうかな・・」

 一番どうでもよくて、一番面白そうなものからアドルフ王子は手に取ることにした。


 カタジーナ姫から要請を受けたアドルフ王子は、夜遊びを繰り返すジョアンナに対して、とにかく顔だけは物凄く良い、性病を患った男を差し向けることにしたのだ。アドルフ王子は八人ほど用意したのだが、そのうちの三人がジョアンナ姫のお気に入りとなったらしい。


 避妊薬を飲んでいる姫が妊娠するようなことにはならないのだが、性病というものを予防することは難しく、一度患ってしまえば関係を持った相手へ伝播することとになる。最近ではこの性病が不妊の元になるという研究結果も発表されているというのだ。


「オムクスからジョアンナ姫に対する結婚申込みがあるとは聞いていたが、今ここで、それを利用するとは思いもしなかったな・・」


 ルーレオ王国の正妃は自分の娘であるジョアンナを何処かしらの王家へと嫁がせたいと願い続けていたので、たとえラハティ王国と敵対関係であったとしても、オムクスにジョアンナ姫を嫁がせることに問題はないと考えた。


 ルーレオの国王自身は、正妃とジョアンナがカタジーナに付けた侍女を利用して、公爵家の内情をすぐさま新聞社にリークしたということに対して、激しい怒りを感じたのは間違いない。捕まえた侍女は重罪人の扱いでルーレオ王国に連行されたし、護衛として付いて来た騎士たちも、皆、真っ青な顔色となって帰って行った。


 父王がこの行いに激怒しているとも知らないジョアンナ姫は、勉強をしたいからと理由づけをしてラハティに居残り続けて居たのだが、侍女に身代わりをさせては夜遊びをして、複数の男と夜を共にしていたのだ。その上、ラハティ王国の敵国となるオムクス人と恋人関係にあるというのだからお話にならない。


 カタジーナの言うとおりに性病を患わせた上で、オムクス側が望んでいるからという理由でジョアンナ姫を投げ与える道を父王は選んだ。ジョアンナ姫がオムクスへと輿入れするのは国同士としての繋がりを作るためというわけでは決してない。


 ただ、相手が欲しがったから与えただけという扱いにして、ジョアンナとは縁を切ったことにするらしい。その後、姫がどのような待遇を受けるかについては知ったことではないとアドルフ王子も最初は思って居たのだが・・


「性病持ちのジョアンナ姫にオムクスの王族が手を出すかどうかというところなのだが・・」


 ジョアンナ姫は美姫として周辺諸国でも有名な姫君だったのだ。ただ、顔だけが美しいだけで性格に難があるというのは知られた話でもあるため・・


「王太子は手を出すに三千ギル」

「国王も手を出すのに五千ギル」

「性病はオムクスの王家全体に広まるのに一万ギルを賭けます!」


 アドルフ王子の周りではすでに賭け事が進められているような状態なのだ。ちなみに、アドルフの妃に仕える侍女たちの間でも賭けが始っているらしい。ジョアンナ姫が性病を患っているという話は、今日の夜あたりから一晩に三千里を駆ける勢いで広まっていくに違いない。

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