第19話


 何故、男たちが一人の女の言うことに対して、熱心に耳を傾けていくことになるのかが良く分からない。よく分からないながらも、

「当主の言うことは絶対だから従わなければ」

「私さえ我慢をすれば」

「仕方がないの、しょうがないことなのよ」

 と言って諦める。


 男たちが一人の女に翻弄されていても、周りの女は仕方がないと言って諦めるより方法がなかったのかもしれない。


 メイラ・トルステンソン侯爵夫人も、お姫様のように大事されて、我儘放題も許されたパウラのことを何とかすることは出来なかったし、ラウタヴァーラ公爵家の男たちも、パウラやユリアナの言いなりのような状態となっていた。


 ラウタヴァーラ公爵家に嫁いで来た女性が何も知らない普通の令嬢であったのなら、濡れ衣を着せられ、悪役に仕立て上げられ、あっという間に排除されることになっていただろう。だがしかし、ラウタヴァーラ公爵家の次男オリヴェルの妻となったカステヘルミは、ただの令嬢ではなかったのだ。


「カステヘルミ!久しぶりね!」

「ビルギッタ様!お久しぶりです!」


 帝国の使者であるビルギッタが公爵家を訪れると、カステヘルミが笑顔でビルギッタを迎え入れ、そのカステヘルミの後ろでは、隣国ルーレオから嫁いできたカタジーナ姫がニコニコと笑っている。


 前公爵となるジグムントの姿が見えないということは、王都の邸宅からは早々に叩き出して領地へと送り返したということになるのだろう。


「ビルギッタ様、こちらニクラス様の奥様となったカタジーナ様です」

【はじめまして、カタジーナ様】

【まあ!あなたはルーレオ語も堪能そうね!】

【嫌だわ!ここからルーレオ語でお話ナルの?私、動詞の活用トテモ苦手なのよ〜】


 カステヘルミが訛りのあるルーレオ語で悲鳴のような声を上げると、ビルギッタとカタジーナがおかしそうに笑い出した。


 執事のアーロンの案内で応接室へと移動をすると、カステヘルミやカタジーナとは母と同じ年齢くらいには年上となるビルギッタが、大きなため息を吐き出しながら言い出した。


「カタジーナ様、カステヘルミ様、お二人のお声掛けもあったお陰で母も無事に離縁することが出来ました。母のメイラは生家へは戻らず、私と一緒に帝国へ移住することが決まりましたのよ」


「まあ!それは宜しカッタですわ〜!」

「長年、パウラ様の面倒をみていらっしゃったのですもの、相当の精神的苦痛を被っておられたことと思います。離婚の理由としては正当な評価を得たと私は感じておりますわ」


 結婚して数ヶ月ほど共に暮らしたカステヘルミとしては、あの女を幼少期の頃から丸投げされるようにして育てなければならなかった侯爵夫人の負担は並々ならぬものであっただろうと考えていた。


 だからこそ、アドルフ王子から何かしてもらいたいことはないかと問われた時に、侯爵夫人の離婚をお願いしておいたのだ。長年連れ添った老妻を決して侯爵は手放さないだろうと思って強硬手段が取れるようにしておいたのだが、うまい具合にことを運ぶことが出来たようだ。


【私が嫁いで来た時には姑は不在だったから知らないのだけれど、それほど問題があるタイプの女だったのかしら?】

【問題があるどころの騒ぎじゃありませんわね。なにしろ媚を売るのだけは天才的に優れておりますし、周りの女の誰かしらを不幸にしないと自分が幸せになれないような女なのです。私も長い間、彼女の標的にされておりましたが、結果はこれですもの】


 ビルギッタはそう言って不自由な自分の足に視線を向けると、

【それでも、この足のお陰で今の夫と結婚出来たのですもの。実は、事故を起こしてくれたペルトラ子爵にはこっそり感謝をしているほどなのよ】

 と、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言い出した。


 実際には馬車の事故で、ビルギッタは生死の境を彷徨った。その原因を作り出した人間に感謝などとんでもない話ではあるのだが、すでにロベルトゥ・ペルトラ子爵は捕えられ、敵国に通じていたということで厳しい尋問を連日受けているような状態だ。


 過去にあった馬車の事故についても調査が進んでいるため、そちらの方の罪についても裁かれることになるだろうから、ペルトラ子爵家の没落は決定しているようなものなのだ。


「ペルトラ子爵ですけど、実は子爵ご自身はまともな人間だったみたいですわよね?」


 ペルトラ子爵は王宮で官吏として仕えていたのだが、真面目に良く働く人であるし、公爵家から融資してもらった金についても投資に使い、それなりの利益を生み出していたらしい。


 ペルトラ家は、男はまともだけれど、女が生まれると問題を起こすとも言われているらしく、ペルトラの男は、根は真面目でも、ペルトラの女に振り回されるという話は有名だったらしい。言われた通りに動く習性のようなものがあるようで、パウラに言われたからビルギッタが乗る馬車に細工を施して大きな事故を起こすようなこともしたし、パウラから言われたからこそ、ユリアナが脱獄できるように協力もした。


 ただ、本当に真面目な男なので敵国オムクスと通じて情報を売り払っていたかというと、そういったことはしておらず、ユリアナを脱獄する際にもオムクスとは知らず、裏社会の人間だと思い込んで利用しただけのことらしい。


 本当に根は真面目なのだが、パウラが言うことには、その内容がどんなものであれ従ってしまう。パウラの母の時代にも同じような現象が起こっていたので、ペルトラの男故の行動ということになるのだろう。


「いくら真面目な人間であっても、やった罪に対しては償って貰わなければなりませんでしょう。それはペルトラ子爵家だけでなく、トルステンソン侯爵家にしても、ラウタヴァーラ公爵家にしても同じこと」


 ビルギッタが瞳を伏せながらそのように言うと、カステヘルミがカタジーナに対して問いかける。


「そういえばカタジーナ様、この後はどうなさるおつもりなの?」

 するとカタジーナは小首を傾げながら、悩ましげな表情を浮かべて答えた。


「わか〜りません、ニクラス様、さっさと窓から飛び出して行ってしまって、イマどこにいるかもわかりーませんもの」

「帝国の使者として私がラハティ王国入りをしたのだから、敵国の動きも活発となるでしょうし、そこを上手く利用出来るかどうかというところでしょうね」


 鉄道を通すためにターレス川に架けられたアーチ橋は立派なものであり、専門家による強度の確認を本格的な冬が始まる前にやってしまおうということになったのだ。そのため、帝国の技術者と共にビルギッタは王国へとやって来た。


 帝国と皇帝の目がアーチ橋に向かっていると知った敵は、恐らくアーチ橋の破壊を目論むことになるだろう。オムクスとしては鉄道事業を頓挫させたいと考えているため、今が絶好のチャンスなのは間違いないのだ。


「オリヴェル様は躊躇なくパウラとユリアナを捕まえたようだけれど、カステヘルミはこれからどうするの?」

 ビルギッタの質問に、

「どうするのって言われましても、私もわかり〜ません」

 カステヘルミはルーレオ訛りを真似するようにして茶化して答えると、窺うようにしてこちらを見るビルギッタに微笑を浮かべた。


 長年、ジグムントの婚約者だったビルギッタは、馬車の事故によって簡単にラウタヴァーラ公爵家から捨てられてしまったのだ。簡単に花嫁を妹のパウラに入れ替えをした公爵家は今まで我が世の春を楽しんできたため、ビルギッタとしても色々と思うところはあるのだろう。


 だがしかし、

「「公爵家は潰しませんわよ」」

 と、声を揃えて二人の嫁は言い出した。

「「何よりも大事なのは鉄道事業を成功させるこーと、ラウタヴァーラの港をくだらないことで捨てるのだけは出来ませーん」」


 海を持たないルーレオ王国からラハティ王国の港まで鉄道を通すというのは国家を挙げての一大事業なのは間違いない。ラウタヴァーラ公爵家が所有する港は金をかけて整備をされたものとなるため、ここまで鉄道を通すことは両国の悲願でもあるのだ。


「私としてはビルギッタ様の恨みつらみを理解しているつもりではありますが、私怨で国家を挙げての一大プロジェクトを潰すことだけは許せません。私の実家であるカルコスキ伯爵家は多額の資金を出資しておりますし、うちの領地の鉄道もラウタヴァーラ公爵領に向けてどんどんと繋げていっているような状況なのです!だからこそ!何があっても港まで鉄道は通します!」


「カステヘルミの言う通りなので〜す!我が国としても、鉄道が港まで無事に通ればそれで良いし雑多なことはどうでも良いと思ってマス〜。邪魔な姉も無事に排除する目処がついて〜いるので、そちらもそちらで楽しみなのでーす」


「そういえばジョアンナ姫が居ましたわよね、彼女は今どこにいらっしゃるのですか?」

「オムクスでーす」

「「はあああ?」」


 呆れた表情を浮かべるカステヘルミとビルギッタの顔を見つめたカタジーナは、イタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべたのだった。


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