第17話
ペルトラ子爵家の女は、いつの代でも社交界の話題の種となるらしい。
パウラの実母にあたる人物も、その美貌を使って王族に取り入ろうとしてかなり良いところまで関係を進めたものの、最後の最後で失敗をして、自分の祖父と同じ年齢にもなる男爵家へと輿入れしたという過去がある。夫である年老いた男爵が亡くなり、実家へと出戻って来た時にトルステンソン侯爵が手を出した。そこで、ニクラスとオリヴェルの母であるパウラが生まれることになったのだ。
本来なら庶子として届出をしなければならないところ、ペルトラの娘が産んだとなれば王家に対しての印象が非常に悪い。そのため、正妻であるメイラが産んだとして届け出を行った。ちなみに戸籍を偽って登録することは重大な罪となるため、これが発覚すれば侯爵家にとって大きなペナルティとなるだろう。
「まあ!オリヴェルったら良くここに居るのが分かったわね!」
トルステンソン侯爵家が持つ別荘のうち、特にパウラが気に入っていると言われる別荘へオリヴェルが向かうと、母はニコニコ笑いながらオリヴェルを出迎えたのだった。
「仕事が忙しいのではなくて?久しぶりに会えて嬉しいわ!」
「奥様、せっかくオリヴェル様がいらっしゃったのですから、ユリアナ様もお呼びした方が宜しいのではないでしょうか?」
後ろに控える執事のグレンの言葉に、パウラは花開くような笑みを浮かべた。
「そうね!外になかなか出ることも出来なくて、あの娘も気鬱なところがあったから、きっとオリヴェルの顔を見たいでしょう」
この別荘は『椿の館』と呼ばれるだけあって、初冬にもなると赤、ピンク、白の色鮮やかな椿(カメリア)が無数に花弁を広げていく。その美しい椿を眺められるテラスにパウラがお茶の席を用意すると、ダークグリーンの美しいデイドレスを身に纏ったユリアナが、公爵家に居た時と同じように、憂いの一つもない笑顔で現れたのだった。
ダークグリーンのドレスには輝くようなピンクブロンドの髪色が良く映えるということを分かりきった上で、
「お兄様・・」
このドレスは似合っているかしら?とでも言うようにユリアナはオリヴェルを上目遣いとなって見つめて来た。一人掛けのソファに座ったオリヴェルは紅茶を一口飲むと、母に向かって問いかける。
「以前から疑問だったのですが、母上は何故、ユリアナを引き取ろうと思ったのですか?」
「それはだって、ユリアナは可愛らしいじゃない!」
パウラはユリアナの方を見つめてニコニコ笑いながら言い出した。
「こんなに可愛らしい子なんだから、公爵家で幸せにしなくっちゃって思ったの」
「ご自分と同じようにでしょうか?ご自分も庶子ですものね、ユリアナと自分を重ねて見るようなところがあったのですか?」
「なっ・・私は・・」
絶句する母へ微笑を浮かべると、オリヴェルは肩をすくめて言い出した。
「メイラおばあさまは、侯爵家の正当なる娘と言ったり、自分は実の子じゃないからと泣き出したり、とにかく手がかかる母上のことが、この上なく大嫌いだったそうですよ」
「はあ?」
キョトンとした表情を浮かべたパウラは、扇子を広げて言い出した。
「あらまあ、だから何って感じですけれどね」
落ち込むこともなく鼻で笑ってそう言い退けると、真っ青な顔となったユリアナがパウラの方を見上げて問いかける。
「おばさまも・・庶子だったのですか?」
ユリアナは度々令嬢たちに取り囲まれて、庶子ということで嫌味を言われ、意地悪をされて来たのだが、母のパウラがそのことでユリアナを庇うようなことは一度としてなかったのだ。
「私は正式な侯爵家の令嬢よ!それは戸籍を見れば確かですもの」
パウラは扇子を広げて澄ました表情を浮かべているが、そんな自分の母を見て、思わずオリヴェルはため息を吐き出した。この目の前に居る勝手気ままな女が、オリヴェルを産んだ女なのだ。
「ねえ!ねえ!オリヴェル様!そんな話よりも、私たち二人でこれから何処に移動するかを話し合いしましょうよ!」
話を中断するようにユリアナは声を上げると、どうすれば庇護欲を掻き立てることが出来るのかを分かりきった様子で、オリヴェルに縋り付くような視線を送る。
「私、オリヴェル様と離れたくないのですもの!一生一緒に居たいの!」
オリヴェルはかつて、本当にユリアナのことが好きだったのだ。自分を見上げて来る眼差しを独占したいと考えていたし、兄と二人きりで庭を散策している姿を見ては嫉妬でおかしくなりそうになっていた。
今となっては何故、自分があれほどまでに執着していたのかは分からないのだが、それが、ペルトラの女の魅力というものらしい。
かつてはパウラの生みの親がそうだった。彼女は王族からその側近までも魅了したというし、母であるパウラ自身も、父や異母兄だけでなく姉の婚約者までも魅了した。そうしてユリアナもまた、公爵家の兄弟や寄子の子息たちを魅了して来たのは間違いない。
その可憐で庇護欲を誘う美しい容姿と、他の令嬢とは一線を画したキャラクターが原因のようなのだ。少し前の世代では、ペルトラの女は不幸を招くとも言われていたらしい。
「そういえば母上、母上が自分の異母姉であるビルギッタ様を傷つけたと知って、メイラおばあさまは驚倒しておりました」
「まあ!そうなの?今まで知らなかったのかしら?」
パウラはコロコロと笑うと言い出した。
「でも、私がお姉様を直接傷つけた訳ではないのよ?勝手に馬車が壊れてしまったのだから仕方がないじゃない。歩けなくても引き取ってくれるという帝国貴族が居て良かったこと、確か三十歳は年上の人だったかしら?」
「その方はビルギッタ様が嫁ごうとした矢先に亡くなったので、その方のお孫さんと結婚されたそうですよ。その帝国貴族のお孫さんが、カステヘルミが見出した鉄鋼の天才とも言われる技術者の後見人をされているそうで、帝国では非常にお世話になったのだそうですよ」
「どういうことなの?」
「カステヘルミは最初から知っていたそうですよ?母上が庶子であること、ペルトラ子爵家の令嬢を母に持つこと」
「はあ?」
「母上が故意に自分の姉を傷つけて、まんまと婚約者を奪い取ったということまでカステヘルミは知っていたそうですよ」
ラハティ王国では学者や技術者を見出してパトロンとなるのが貴族の間でも流行していたのは間違いないのだが、カステヘルミが割れない鍋を作り出す平民に目をつけたというのは当時から有名な話でもある。その鍋職人の子供は蒸気機関車の要とも言われるピストン開発に大きく関わることになった天才なのだが、その天才と一緒にカステヘルミが帝国に行った際に、彼女たちの面倒をみてくれたのがパウラの異母姉であるビルギッタだったのだ。
「カステヘルミは母上の異母姉から聞いた前評判があまりに悪いものだったので驚いたそうですよ。我が妻は、あっという間にあなた達を排除することに成功をしましたが、前々からあなた方のことを知っていた為、それほど苦も無く出来たということだそうですよ」
「な・・な・・なんですって?」
カステヘルミとオリヴェルの結婚を進めたアドルフ王子は、ユリアナの排除を目論んでいたのだけれど、カステヘルミ自身はユリアナだけでなく公爵夫人でもあるパウラも排除しようと考えていた。
「貴族は血筋にうるさいですしね。メイラおばあさまはおじいさまと離婚をして、母上のことを訴えると言っています。トルステンソン侯爵家は庶子を正妻の子供と偽って届け出ていることは判明しておりますし、偽りの娘をまんまと公爵家に嫁がせている訳ですしね。ラウタヴァーラは再び醜聞に塗れることとなりそうです」
「え?どういうことなの?訳が分からないのだけれど?」
そこまで話を聞いていたユリアナは、青紫色の顔色となっているパウラと、悲しげな瞳を向けてくるオリヴェルを交互に見ながら問いかける。
「血筋がどうの、偽りがどうのと良くわからないけれど、パウラ様は正当なる公爵家の夫人でしょう?」
「いいや、今頃は父上が離縁届けにサインをしているよ。それにほら、母上とユリアナを捕まえるための兵士もきちんと用意しているしね」
オリヴェルが扉の前に立つ執事のグレンに視線を送ると、グレンは恭しく辞儀をした後に扉を開ける。すると、公爵家お抱えの兵士たちがパウラとユリアナの身柄を拘束するために入って来たのだった。
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