第16話

 オリヴェルの父と母は政略結婚にあたるのだが、本来であれば父ジグムントの妻となるのはパウラではなく、姉のビルギッタのはずだった。


 侯爵家の長女ビルギッタは幼少の頃からジグムントと婚約を結ぶこととなり、将来の公爵夫人となるべく厳しい教育を受けることになったのだ。妹のパウラは嫁ぎ先も決まっていなかった為、蝶よ花よと可愛がられて育てられたが、デビュッタントを迎える年となった彼女は、姉の婚約者に恋をした。


 その後、姉が馬車の事故で大怪我を負うこととなり、足に障害が残るビルギッタを公爵夫人にすることは出来ないだろうということで、花嫁は姉から妹へと入れ替えられることになったのだ。


 母パウラはユリアナの父、ロベルトゥ・ペルトラ子爵と懇意の間柄であり、度々、金の無心にも応えていたらしいのだが、

「私は最初から、どうもおかしいと感じていたのです」

 と、執事のグレン・ペルトラが言い出した。


「公爵家の花嫁はビルギッタ様で決まったようなものだったのです。だというのに、ビルギッタ様がお怪我をされると、あっという間に公爵家の花嫁は妹のパウラ様へと入れ替わった。まるで全てが決められていたかのように、それはスムーズに話が進められていくことになったのです」


 パウラが公爵家へ輿入れ後、融資という形で子爵家に金が届けられることになったのだが・・


「ご主人様がそれをお認めになっているのですから、一介の使用人が何か言うわけにもいきません。そうして、奥様がユリアナ様を引き取って来られた際にも、何かを言う権限など私たちにはございません。奥様が娘のように扱うと言うのなら、私たちは奥様の意向に添う形で動いていくしかないのです」


 母が連れて来たユリアナは、ピンクブロンドのストレートヘアにエメラルドの瞳を持つ可愛らしい少女だった。真っ直ぐに自分の気持ちを表現し、オリヴェルも間違いなく彼女に対して恋をしていた。


 だがしかし、軍人としての自分の立場になって、振り返って考えてみた時に、何故、ユリアナがあれほどまでに公爵家で可愛がられていたのかがわからなくなったのだ。子爵家のしかも妾腹の庶子であり、頭の中身がそれほど良いようには思えない。見栄えだけは飛び抜けて可憐で美しいというだけの少女を母のパウラがあまりに可愛がるので、オリヴェルにとってユリアナは特別な存在のように映し出されたのだ。


 だがしかし、距離を取って考えれば、特別でも何でもないことに気が付いた。


 自分の身を守るために最小限の動きで最大限のダメージを与えようとする妻のカステヘルミと比べてみたら、ユリアナは舞踏会場に現れる有象無象の令嬢たちと同じ、いや、それよりも遥かに劣る令嬢ということになるだろう。

「あの子は特別な子なのよ、だから大事にしてあげてね」

 と、母のパウラはいつも言っていたけれど、母が特別と言うだけのことではないか。



 母のパウラが領地への蟄居を命じられ、その母に付いて行く形で長年仕え続けていた執事と侍女頭が移動をした。その執事からは母の状況を知らせる手紙が定期的に届けられることになったのだが、最近になってその手紙の頻度が驚くほど高くなる。


『ラウタヴァーラ公爵家は当主を交代致しましたので、ニクラス様および、ニクラス様をお支えになるオリヴェル様にご報告をさせて頂きます。パウラ様はご自分の従兄となるロベルトゥ・ペルトラを領地まで呼びつけて、何事かをお願いされておりました。このお願いが公爵家にとって良からぬことになると判断した為、ご報告させて頂きます』


 アドルフ王子に不敬罪を適用されたユリアナは、戒律が厳しい北の修道院へ身柄を移すことになったのだが、そのユリアナが逃げ出すことになったのも、そのユリアナが王都で買い物をしている兄夫婦に激昂して襲いかかったのも、王家が少なからず関与してのものとなるだろう。


 鉄道事業に大きく噛んでいるラウタヴァーラ公爵家が、王家にとって信用に値するかどうかを判断しようとしたのだろうが、カタジーナ姫へ襲いかかるユリアナを投げ飛ばした兄は、確かに評価に値する動きを見せたのだろう。


 ただ、その後の動きが悪かった。幾ら母に何度も催促をされたからといって、わざわざユリアナに面会に行く必要はなかった。代理人でも立てればよかったところを、肉親の情というものに流されて動いてしまったからこそ、敵に利用されることになったのだ。


 お茶会中だったカステヘルミを迎えに行ったオリヴェルは、途中で馬車を降りて部下と合流すると、そのままトルステンソン侯爵家へと馬車を向かわせた。トルステンソン侯爵家は母の生家であり、今でも矍鑠としている祖父が侯爵家の当主の座に就き続けているのだ。



「侯爵家存亡の危機だということだが、何があった?」

「オリヴェル、どうしたんだい?もしかして、鉄道事業に問題でも生じたのかな?」


 大袈裟な内容で先触れを出しておいたのだが、鉄道事業で何かの問題が生じたのかと考えたのだろう。トルステンソン侯爵家もまた、鉄道事業には巨額の出資をしているのだ。


 応接室に案内されたオリヴェルは、祖母のメイラにとりあえず座るように促され、とりあえずオリヴェルから話を聞こうということで、母方の祖父母と伯父が座り出す。


「新聞にも記事として載っていましたし、修道院を逃げ出したユリアナが王都までやって来て、兄の妻となるカタジーナ様にナイフを持って襲い掛かろうとし、それを兄に防がれて身柄を拘束されたということはご存知だと思うのですが・・」


 オリヴェルは祖父母と伯父に鋭い視線を向けながら言い出した。


「そのユリアナが逃げ出しました、それを手助けしたのは母パウラです」

「「なっ!」」

「パウラがユリアナを逃しただって?それは本当のことなのか?」

「ええ、本当のことです。私の父ジグムントと結婚したいが為に、従兄のロベルトゥ・ペルトラを雇って姉のビルギッタ様に大怪我を負わせた時と同じように、母はペルトラ子爵を頼ったのです」


 驚いた表情を浮かべたまま固まる三人を順に見ながらオリヴェルは口元に皮肉な笑みを浮かべた。


「母パウラが何故、あそこまで、ユリアナを可愛がるのか不思議で仕方がなかったのですが、調べてみてようやく理解出来ました。私の母はおじいさまが外の女に産ませた子供で、本来なら庶子として戸籍に登録するところを、正妻であるおばあさまが産んだとして届出を行った。当時、おばあさまは子供を死産したばかりだったので、母を正妻の子とするのに都合が良かったのでしょう。ちなみに母パウラの実母はペルトラ子爵家の娘だった。出戻りの娘に手を出して生まれたのが母パウラということなのでしょう」


 オリヴェルは指先で自分の腕を叩きながら、皮肉な笑みを向ける。


「母がメイラおばあさまの実の娘ではないことを知って、塞ぎ込むことが多かった。その為、おじい様と伯父様は随分と母を甘やかして育てたらしい。父と結婚する予定のビルギッタ様が大怪我をされた時にも、あっさりと母の言うことを聞いて公爵家の妻を入れ替えたのは、母にほだされたからですか?」


「ちょっと待って、ちょっと待って!ビルギッタが怪我をしたのは、運悪く馬車の事故に遭ったから!そうでしょう?だというのに、何なの?パウラが仕組んだって本当のことなの?」

「ええ、本当のことです。馬車があえて壊れるように細工をしたとペルトラ子爵から証言を取っていますからね」


「嘘よ!嘘!嘘よ!まさか!そんな!パウラが私の娘の足に一生残る傷をつけたっていうの!ねえ!貴方は知っていたの?ねえ?知っていたの?」


 祖母の絶叫が室内に木霊した。



   

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