第15話

 ユリアナは自分のことを神に選ばれた娘だと考えていた。

 父は子爵家の当主で母は妾。母が病気で亡くなったため、父に引き取られることになったのだが・・

「まあ!可哀想に!こんなところで泣いているなんてどうしたの?」

 たまたま従兄となる父の元へ見舞いに来ていたパウラ夫人が、裏庭の隅の方で泣いているユリアナを見つけて、

「可哀想な子だからうちで面倒をみましょうか」

 と言って、子爵家からユリアナを連れ出してくれたのだった。


 ちなみに異母兄たちはユリアナを決して虐めてはいない。ぐずぐずといつまでも泣いているユリアナに対して痺れを切らして、そろそろ意地悪を始めようか・・という雰囲気を醸し出しているように見えただけで、ユリアナが被害を受けたわけではない。だけど、

「怖くて毎日眠れなかったのです・・奥様・・私を救い出してくれて本当に有り難うございます!」

 と言って、ユリアナは涙を滲ませながら感謝した。


 妾腹だから虐められていたのだろうと勝手に想像されるのも、それは想像する人の勝手であるし、ユリアナが強制的にそう思わせたわけではない。その後も、多くの令嬢たちがユリアナを邪魔者扱いしたのだが、実害をそろそろ受けそうだなというところで、

「「ユリアナを虐めるのはやめてくれ!」」

 と言って、公爵家の二人のお兄様が意地悪な令嬢たちを止めてくれたのだ。


 王家からの命令で公爵家の次男であるオリヴェルが伯爵令嬢と結婚することとなったのだが、彼女がユリアナを虐めようとする前に、ニクラスやオリヴェルが助けてくれることになるだろう。公爵家の籍にも入っていないユリアナを、嫁入りしたカステヘルミがあからさまな嫌悪を向けてくるのは間違いないことだもの。


 だけど、ユリアナは神に愛されている娘なので、実害を受ける前にカステヘルミは排除されることになるだろう。


 いつでも実害を被りそうだと思ったところで、ユリアナを憎悪する人間は排除されていったのだ。排除された人々の末路を知った周りの人間は、ユリアナに意地悪をしないようにと心掛けることになる。ユリアナは自分が気に入った人たちに囲まれて、いつまでも楽しく過ごすことになるだろう。


 オリヴェルは王命みたいなもので結婚をすることになったけれど、全くお嫁さんのことを気にしていないんだもの。自分のお嫁さんなんか気にせずに、ユリアナに甘い眼差しを向けてくる。なかなかカステヘルミを排除することは出来ないけれど、そのうち、彼女は泣きながら公爵家を出て行くことになるだろう。


 だってユリアナは神に愛されているのだから、ほら、今日もワインを運んで来てくれたあの人が金の髪飾りをプレゼントしてくれたわ!みんながみんな、ユリアナをとっても愛してくれる。やっぱり神に愛されているから、嫌なことは何も起こるはずがないの。


 だけど、王子様に親しげに声をかけたのはやり過ぎだったのか、王子様はユリアナを不敬だと訴えて、ユリアナは遠くにある修道院に送られることになってしまったのだ。修道院には問題がある貴族がたびたび送られてくると言うし、古株の人間はユリアナが気に入らないといった眼差しを向けてくる。


 だけどユリアナは神に愛された娘だから、何の問題も起きることはない。


 最初にユリアナに声をかけて来たのは修道院に小麦粉を運んで来てくれるおじさんだったけれど、そのおじさんが王家のスパイなんだよと、チーズを修道院まで買い付けに来ていたお兄さんが教えてくれた。


 小麦粉を持ってくるおじさんはユリアナに新聞を渡して、ニクラスが隣国の王女様と結婚をしたということを教えてくれた。新聞にはニクラスが王女様を溺愛しているという記事が沢山載っていたけれど、なんでこんなに嘘ばっかり書いているのかしら!ニクラスは私のことが大好きだから、王女様を愛しているふりをしているだけなのよ!


 小麦粉を運んできたおじさんが、丁度王都に行く用事があるから王都まで一緒に連れて行ってあげようかと言いだした。チーズを買いに来るお兄さんも、おじさんと一緒に行ったらいいよと言いだした。


 王都では、ラウタヴァーラ公爵家の兄弟がいかに二人の妻を溺愛しているかという話題で盛り上がっていた。あまりの怒りで、ユリアナのピンクブロンドの髪は逆立ちになっていたのに違いない。


 こっそりとナイフを用意して街を歩いていれば、美しいレディを連れたニクラスが、レディの手を握り、寄り添うようにして歩いていることに気が付いた。


 ニクラスと共に歩くのはユリアナのはずだったのだ。


 夕暮れ時の庭園で、いつでも二人だけで散策をした。確かにニクラスはユリアナの手を握ることもなく、腰を引き寄せるようなこともなかったけれど、確かにニクラスはユリアナに甘い笑みを浮かべていたのだ。


「そこをどいて頂戴!そこは私の場所なのよ!どいてよ!どいてー!」


 ナイフを構えたユリアナは無我夢中で美しい女に向かって走ったのだが、その女の前に立ち塞がるようにして前に出たのがニクラスで、ナイフを握ったユリアナの手を弾くようにして払うと、ユリアナの襟首を掴み、そのまま地面へと叩きつけたのだ。


 その後のことをユリアナは良く覚えていない。覚えているのはニクラスがあっという間にユリアナを叩きつけたこと。ユリアナはそのまま気を失って、そうして次に目を覚ましたのが狭い牢屋の中だった。


 ユリアナがナイフを向けたのは隣国ルーレオの姫君である。ただでさえ罰として修道院に入れられて居たというのに、そこを逃げ出して王都まで辿り着き、逆上した状態でニクラスの妻となったカタジーナ姫に襲い掛かろうとした。


 ナイフを構えていたということは殺意を持っての行動なのは間違いなく、情状酌量の余地はないだろうと言われた時には、ユリアナはそれでも自分は大丈夫だろうと考えていたのだ。


 ユリアナは神に愛された娘である。窮地に陥りそうになったことはあれども、いつでも誰かしらがユリアナを助けてくれるのだ。


 ユリアナへの事情聴取は連日のように続いたが、聴取をする取調官はユリアナが修道院で会った、チーズを購入していく男が気に掛かるらしく、事細かに何度でも同じような質問を繰り返してくる。


 そうするうちに、チーズを購入してくれた男が看守の姿でユリアナの元まで会いに来た。


「明日には公爵家の方がここまで来てくれるそうだよ?逃げ出すことが出来るだろうから、心の準備をしておかなきゃ駄目だよ?」

「公爵家って誰が来るの?」

「君が愛するニクラス様だよ」


 チーズを購入してくれた男はニコニコ笑いながら言い出した。

「だけど、君との面会中にニクラス様は眠らせてしまって、その眠らせている最中に君を連れ出すことにする。ニクラス様が君を連れ出してしまったら大問題だけど、眠らされている最中に連れ出されたということになったら、罪に問われることはないからね」


 罪に問われることがないのなら良かったわ!


 ホッと安堵をしたユリアナが翌日、ひたすら牢屋の中で待っていると、チーズを購入した男が言っていた通りに牢の前までニクラスはやって来た。


「ユリアナ・・お前・・」

 ニクラスについて来た牢屋番がニクラスの後ろから薬品を嗅がせて失神をさせると、ユリアナはようやっと牢屋から出ることが出来たのだ。


 逃げるための馬車は用意されており、ユリアナはその馬車に乗って王都を脱出することに成功した。そうして、逃げ出したユリアナを待ち構えていたのは、

「ああ!ユリアナ!無事で良かったわ!」

 領地の別荘に蟄居となっているはずのパウラだったのだ。

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