第14話

 ジョアンナから没落は決定だと思われているカタジーナは、義弟の妻カステヘルミとしばらくの間、話を続けていると、

「ジグムント様がもうすぐ到着されます」

 と、執事のアーロンが声を掛けてきた。


 ラウタヴァーラ公爵家の前当主ジグムンドは、領地に居る妻に付き添う形で引退を決意した男であり、妻の体調を理由に嫡男ニクラスの結婚式にも顔を出すことが出来なかった人でもある。


 実際には妻パウラが王家から領地への蟄居を命じられ、結婚式の参加を認められなかっただけのことなのだが、美談に纏め上げてくれたのは王家の慈悲という奴だろう。


 パウラとは違って、王都と領地の行き来を許されているジグムンドは、今回の騒動を聞いて慌てて王都へとやって来ることになったのだ。息子たちの嫁は、カステヘルミ十八歳、カタジーナ十七歳。二人とも嫁いで来てまだ日も浅いため、任せてはいられないと判断した。


 息子のニクラスへと譲った執務室へと移動をしたジグムントは、着替えも済まさずに執事のアーロンから一通りの話を聞き終えると、

「二人は何も心配せずとも良い。後は私の方で何とかしよう」

 と、静かに控えていた二人の嫁に言い出した。


「不安なことも多いとは思うが、私のことを信じて、後は任せて欲しい」


 カタジーナは隣国から嫁いで来たばかりの姫君だ。初めて顔を合わせるカタジーナに満足な挨拶も出来ていない状態ではあるが、今は緊急事態なのだ。オリヴェルの妻であるカステヘルミに至っては視界に入れるのも不快ではあるが、今は文句を言っている暇もない。早々に執務室から出て行ってくれ、そういう思いも込めてジグムンドは二人の嫁を見つめたのだが・・


「まあ!私ッタラ、すっかり呆れてしまーいましたわ〜!」


 自分の頬に片手を当てて、小首を小さく傾げたカタジーナが言い出した。


「ご自分の息子、男性が好きと知った上で、わたーしの伴侶にしたの、貴方です。それなのに私への謝罪ゼロ、これ、国として抗議しても宜しいデショうか?」


 碌でもない劇団がとんでもない内容の劇を上演しているという話はジグムントも聞いているのだが、その話をここで出されるとは思いもしなかったジグムンドは、

「誤解されたら困りますな!劇で上演されている内容はデタラメなのです!私の息子は男性が好きだというわけではありません!」

 と、慌てて言い出したのだが、

「で〜も私、結婚して随分と経ちマスのに、今でも白い結婚で〜す!お医者さん呼んで来ても良いでーす。身の潔白、主張できまーす!」

 息子の嫁から思いもしない告白を聞いて、思わずジグムンドは固まった。


 そこで手を上げたカステヘルミまでもが言い出した。

「カタジーナ様、実は私も今でも白い結婚状態ですの!」

「まあ!カステヘルミさーま、あなた〜も白い結婚〜?」

 このカステヘルミの発言に、カタジーナは怒りを爆発させたのだった。


【ラウタヴァーラ公爵、お前の教育方針がどういったものかは、最早どうでも良いと言えるだろう。ただ、ただ、公爵が国と国同士の結婚をいかに軽く考えているのかが良く分かった。結婚とは双方の血を残すことこそが重要ではないのか?公爵、貴様はどう考えている?うん?私の言っている言葉、理解できているか?】


【む・・息子には、私の方から良く話して聞かせますので】

【そういう問題ではないのだよ】


 カタジーナは執事のアーロンが銀の盆に載せて運んできた手紙の束を、ジグムンドの前に山のようにして積み上げる。


【貴様の妻がニクラスに送って来たというのがこの手紙だ。中身を読んでみろ、最初のうちはカステヘルミ様への誹謗中傷に、自分たちは悪くないという訴えの手紙となるが、そのうちに、私を殺そうとしたユリアナという女は無罪であると主張し続けている。挙げ句の果てには手紙による誘導によって、私の夫をユリアナの元へ向かわせて、ユリアナを脱走させたのだ】


【こ〜のユリアナ様ノ脱走に、パウラサーマ、関わり・・関われ・・関わっていると〜思われマス】


 ルーレオ語の動詞の活用は難しい。まともに話せないカステヘルミがちょっと頬を染めながら俯くと、侍従の一人が、長年公爵家に仕え続けていた侍女頭を部屋の中に連れてきた。


「お前は・・」

 長年、パウラに仕え続けてきた侍女頭は、領地の別荘へパウラと共に移動しているはずだった。今でもパウラの側近くで仕え続けているはずなのに・・


 執事のアーロンが恭しく辞儀をしながら言い出した。


「父のグレンから侍女頭が急に屋敷から居なくなったと連絡が入り、王都中を虱潰しに探しました。この女が見回りの兵士を金で懐柔して、ユリアナ嬢を外に出す手伝いをしていたのは間違いありません」


 真っ青になった侍女頭は震えながら言い出した。

「私は!奥様に言われてお金を用意しただけで!お坊っちゃまを犯人に仕立て上げようだなんてそんなことしておりません!」


「だけど、可愛いユリアナが無罪で捕まっているのだと思い、助け出そうと考えたのは間違い無いでしょう?」


 カステヘルミはにっこりと笑いながら言い出した。


「どうせ、カタジーナ様が襲われたという話もカタジーナ様による狂言だとあなた達は考えたのでしょう?ユリアナ様はパウラ様の従兄の子供だというけれど、パウラ様にとっては実の娘も同じこと。助けたいという親心に感銘を受けたから、とでも言うのでしょうけれど」


 真っ青な顔で尻餅をつく老いた侍女頭を見下ろしながら、

「「使用人失格にも程があるでしょ〜う」」

 と、二人の嫁が同時に言い出したため、椅子から思わず立ち上がったジグムントは力が抜けたように椅子に座り込む。


「ニクラス様の面会に合わせて全ては仕組まれていたのでーす。ユリアナという女の誘拐の手引きをしたとなれば、ラウタヴァーラ公爵家、致命傷。元々、良く分からない劇の所為で評判ガタガタ男ですから、再起不能となるデショウ。ですが、そうはならないとニクラス様は豪語しておりました〜ので、私はカレの妻として、最善尽くしたいと思いま〜す!」


「そういうことですので、こちらの書類を用意させて頂きましたのよ」

「王家の了承は取れておりま〜す」

「ですので、何のご心配もなさらずに」

「「今すぐサインをお願いしまーす」」


 ジグムントは父から公爵位を譲り受け、美しく慈悲深い妻からは二人の息子が生まれ、順風満帆な人生を送っていたのは間違いない。結婚とは家を守り子孫に繋ぐために絶対に必要なものであり、妻とは子供を産むために必要な人。公爵家の妻たる者、従順であれと代々、教え継がれて来たものであるはずなのに・・


「お義父さま」

「手が止まっておりますわ〜」


 二人の鬼に睨まれたジグムントは、恐る恐るペンを手に取ると、用意された書面へサインを記していく。確かに今のこの状況では、用意された書類にサインをすることこそがラウタヴァーラ公爵家に必要なことだと言えるだろう。


 早急の手立てこそがラウタヴァーラを救う道筋を作ることもジグムントは十分に理解してはいるのだが・・

「お義父さ〜ま」

「何か文句がおありで?」

「いや、何も・・」

 文句などありません、という言葉をジグムントは呑み込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る