第13話

 ルーレオ王国の王女ジョアンナは、妹の結婚式に参加するためにラハティ王国を訪れた。せっかく隣国へ訪問することが出来たのだからということで、後学のために滞在期間を延ばすことにしたのだった。


 ラハティ王国は有識者や学者を自国に招待することでも有名であり、優秀な人間であれば、例え外国人であっても後見人となり、研究への費用を負担してくれるのだ。夏が短く、冬が長い国ということもあって効率を求めるお国柄であるし、技術革新によって国を発展させていこうという気概もある。


 多くの知識人が集まるラハティで、多くの知識を学んで自国へと持ち帰る予定でいたのだが、寒さが近づいて来ている季節だけにジョアンナ姫は風邪をひき、高熱のため寝込むことが多くなり、講師を招いて講義を受けるということも出来なくなってしまったのだ。


 風邪を引いてしまったためと言いながらも、自分が行きたいという社交には顔を出すし、夜ともなれば侍女に身代わりをお願いして夜遊びにも出かけている。


 ラハティ王国側も、最初こそは有名な学者の講義をセッティングしていたのだが、体調が悪いなら仕方がないということにラハティ王国側がしていることにジョアンナは気が付いてもいない。


 身分を偽って夜遊びに興じているジョアンナには、今まで経験したことがないほどのモテ期が到来しており、ラハティ王国の美丈夫と言う美丈夫が声をかけて来ているのではないかと思ってしまうほど。


 何でも先回りをするようにして望みを叶えてくれるリックは、恋人として重宝していたのだが、最近ではマーティ、ポール、ティムの三人がジョアンナのお気に入りとなっている。


 甘い奉仕でいつでもジョアンナを蕩けさせてくれる三人は、ルーレオ王国へ連れ帰りたいと思うほど。そんな夢見るような時を過ごしているジョアンナに、ルーレオ王国から手紙が送り届けられたのだ。


「サラ、これってどういうことだと思う?」

「どうされたのですか?」


 ジョアンナは本国から送られて来た国王からの手紙を侍女に向かって放り投げると、床に落ちた手紙を拾い上げた侍女のサラは、

「まあ!まあ!まあ!ジョアンナ様!遂に王子様と結婚がお決まりになりましたのね!」

 と、興奮の声を上げた。


 父であるルーレオの国王からは、以前からオムクスのグンナール王子から結婚の申込みを受けていたのだが、この度、その話を受けることになったこと。ルーレオからオムクスへ移動となるには距離が長くなるため、本格的な冬が始まる前に、ラハティ王国から直接オムクスへ移動をして欲しいという旨が記されていた。


「ラハティ王国とオムクスは敵国同士ですので、決してラハティ側には分からないようにしろと書かれておりますね。良かったですね!姫様!念願叶って王子様の元へ嫁ぐことが出来たではないですか!」


「そうよね・・私は王族に嫁ぐのよね」

 一通り遊んだらルーレオ王国に帰るつもりだったジョアンナは、突然、オムクスへ嫁ぐために移動しろと言われたことに動揺を隠せない。


「オムクスに私が嫁いだら、明らかにラハティへの裏切り行為になると思うのだけれど」

「そこは国王陛下が色々と考えた上でお決めになったのでございましょう?」


 侍女のサラは丁寧に手紙を戻しながら言い出した。


「妾の子程度のカタジーナ様がラハティ王国の公爵家に嫁ぐこととなりましたけれど、姫様は格上となる王族へ嫁ぐことになるのですもの。やはり国王陛下も、自分の愛する娘は格上の相手へ嫁がせようと考えていたのでしょう。オムクスの社交界とはどんな感じなのでしょうね?姫様は私を連れて行ってくださいますわよね?」


「ええ!もちろんよ!」


 侍女のサラは乳母の娘にあたるなるのだが、ジョアンナの腹心の部下と言っても良い存在だと言えるだろう。ジョアンナが要求することは何でもしてくれるし、ジョアンナの悪い遊びの始末はいつでもサラが行ってくれた。


 サラとジョアンナは髪色も同じで背格好も似ているため、夜ともなればジョアンナの身代わりをしてくれたのがサラなのだ。ラハティの貴族を紹介してくれたのもサラである。


 サラはリックとはまた違った伝手を王宮内で作ることに成功した。そこで、ジョアンナに引き合わせてくれたのが、マーティとポール、ティムの三人組である。彼らはとにかく見た目が素晴らしいので、仮面舞踏会でたとえ仮面を着けていたとしても、その色香は溢れかえらんばかりのものなのだ。


「マーティとポールとティムは連れて行くわけにはいかないけれど・・」

「きっとオムクスにも好みの男性がいらっしゃいますよ!」


 ジョアンナと侍女がクスクスと笑い出す。


「それにしてもリックに後援をさせた劇団だけれど、人気が出たのは最初だけだったわよね」

「あの劇ですか?私も観に行きましたけれど、本当に最高の出来だったのですけれど」


 一妻多夫を目論むはしゃいだ令嬢の多様な恋愛模様を描いた舞台は、五日ごとに結末が変わり、今では男性が大好きな公爵と、その公爵に利用される令嬢の悲劇の物語になっているという。


「どの観客も、ウケるのは最初だけだって言っていたのですけど、本当に最初だけだったみたいね」

「新聞にも全く取り沙汰されないですし、王家の圧力でも掛かったのでしょうか?」


 それは十分にあり得ることだとジョアンナは考えた。公爵家の醜聞になるようなものを、長々と上演させることにはならないだろうと考えたし、そこを潰しても、面白ければそれで良いという理由で他の劇団が上演するものと考えていたのだが・・


「まあいいわ、男好きの夫を持った妹は不幸のどん底に居るだろうし、私は王子様の元へ嫁入りが決定したのだもの。誰が一番の幸せ者かなんて火を見るよりも明らかですもの」


「ええ!本当に!美姫として有名な姫様が嫁がれるのですもの!オムクスの王子は大陸一の幸せ者ですわ!」


 はしゃぐ侍女のサラを見つめながらジョアンナは一人ほくそ笑む。ラウタヴァーラ公爵家に嫁いだカタジーナは、未だに男も知らぬ白い結婚状態の上、夫となるニクラスは罪人の逃亡を助けた疑いをかけられた後、行方知れずとなっている。


 哀れなカタジーナは今頃、頼れる者など誰一人いない状況で、あまりの心細さに涙を流していることだろう。

「クックックッ、可哀想だから私の結婚式には呼んでやろうかしら」


 ジョアンナがオムクスの王子と式を挙げることになるのは春頃、その頃にはラウタヴァーラ公爵家は没落しているに違いない。カタジーナに対しては、婚家に呪いをかけて不幸を呼び込む姫であると噂を広めれば、おそらくオムクスの人間は喜んで彼女のことを歓待することになるだろう。

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