第12話
ニクラスの周りの男たちはすでに結婚をしているし、子供の一人や二人は生まれている。ニクラスと同じ年となるアドルフ王子もすでに子供が居るし、王家は安泰だとも言われている。
結婚とは子孫を残すためには絶対に必要なものであり、家をより強固なものとするために、結婚相手というものは選ばれる。
友人のほとんどが親に決められた相手と結婚をしているし、
「うちは嫁が地味だが」
「うちは嫁に金が掛かって仕方がないが」
「うちの嫁は母とちっとも仲良く出来ないが」
それでも仕方がないんだと言って、諦め切った様子で話が終わる。
家を存続させるため、仕方がないので結婚する。結婚してある程度の不満があったとしても、仕方がないと諦める。妻は綺麗に着飾って、誰もが羨ましがるような宝石を買って、お茶会とやらで自慢をして、自分の幸せをアピールが出来たらそれで良いのだろう。夫は夫で、妻が妊娠して無事に出産したら、
「はあ、とりあえず一つの役目は終えた。後は家をどれだけ盛り立てていけるかだな」
というようなことを考える。
ニクラスは両親が甘々だった為、この年になるまで勝手気ままに生きることが出来たし、それを周りの友人たちが羨ましがっていたということも知っている。
それでも最終的には、親が決めた相手と結婚して、子作りに励み、子供が無事に生まれたところで、
「はあ〜、やれやれ、とりあえず一つの役目は終えられた」
と言って、安堵のため息を吐き出すことになるのだろう。
妻とは、子供を産んでくれる大切なパートナーであり、その時々に美しいドレスやら美しい宝飾品などを贈って『私!旦那様に愛されておりますの!』アピールを友人たちに出来るように配慮する。
公爵家の妻は家政を取り仕切ることとなるため、優秀であればそれに越したことはないが、別にそこまで優秀じゃなくても多少の見栄えがすればそれで良い。夫はあくまでも妻を養っているのだから、養われている妻は3歩下がってついて来いという程度に考えていたニクラスなのだが・・
「本当にこんなことになるとは思わなかったんだ!だがこれだけは言わせてくれ!私は絶対に男を愛するタイプの人間ではない!」
と言って、カタジーナの前で土下座をし続けていたのだ。
「それに!私がユリアナを逃したわけではない!これは本当なんだ!」
公爵家が所有する別荘にカタジーナは来ていたのだが、中庭に面した一室で、優雅に紅茶を飲んでいたカタジーナはにっこりと笑みを口元に浮かべて言い出した。
【私にナイフを向けて来たユリアナ嬢が謝罪をしたい?とにかく、迷惑をかけたお兄様に謝りたい?そんな言葉を聞いて、うかうかと牢屋まで面会に行くバカがこの世に居るとは思いもしなかったわね】
「すまない!まさかこんなことになるなんて!」
ユリアナが牢屋へ入れられたと報じる新聞を読んだニクラスの母が、居ても立っても居られない状態となったようで、連日のように手紙を送ってくるようになったのだ。
ニクラスの母パウラは、ユリアナを娘のように可愛がっていた為、
「これは何かの間違いよ、ユリアナにも何かの事情があったのだわ!貴方の方からもユリアナの話をきちんと聞いてあげてちょうだい!」
などと手紙で言われ、牢屋にいるユリアナからも、ニクラスには特別に話すことがあるからとも言われ、上層部からの許可も得た上で、ニクラスはユリアナの面会に行くことになったのだ。
ユリアナは王都の警備を担当する守護兵団管轄の牢屋に入れられていたのだが、牢屋の前でニクラスは意識を失い、気が付いた時にはユリアナが入っていたはずの牢屋はもぬけの殻となっていた。
慌ててニクラスはその場から逃げ出したのだが、その後、警護兵の一人がニクラスに大金を掴まされてユリアナを連れ出して引き渡したのだと告白。
元々、良くわからない劇団の所為で醜聞が広がり始めていたニクラスは、のっぴきならない状態に陥ったのは間違いない。即座に妻となるカタジーナに連絡をして公爵家所有の別荘まで来て貰ったのだが、妻の怒りは凄まじく、ニクラスは即座に土下座を選んだのだ。
「結婚して、ようやっとスペシャルなおシモのお医者さんからも何の問題もないと言われていマシたのに、新婚の妻をそのまま放置するの、ソレ、実は男の人を好きだからナンテ知りもしませんデシタわ〜」
「違うんだ!急にアドルフ殿下から大仕事を投げられて!多忙に多忙が重なって、家に帰る暇すらなかったんだ!」
結婚して一ヶ月以上が経過しているのだが、二人の結婚は相変わらず白いまま。護岸工事の調査に駆り出されたニクラスは出張に出かけていた為、王都で興行される演劇についても対処が出来ないままで居たのだ。
「私は男が好きではない!カタジーナを愛しているんだ!」
そう告白をしながらニクラスは歯噛みをした。なんという格好悪い告白、なんという情けない告白だ。相手は自分の妻だというのに、目の前で土下座しながらの告白では、浮気がバレた夫の哀れな姿そのままではないか。
ニクラスにとって結婚とは、形ばかりの夫婦が子供を作ることにだけ努力をし、それぞれが違う方向を向きながら、他人に向かって自分がいかに幸せであるかとアピールして、他人からの評価に満足するものだと考えていた。
そんなくだらない結婚をした自分だけれど、妻となった八歳も年下のカタジーナに捨てられたくなかった、離婚されたくなかった、ルーレオ王国に帰って欲しくなかった。
それは何故かと言われたら、母国語で喋ると辛辣で仕方がない妻が、ラハティ語になると途端にコミカルになるギャップが好きだから。女は宝石とドレスにしか興味がないと思っていたのに、聡明な眼差しをニクラスに向けながら、鉄道事業についてだけは熱心に語る。夫に全く興味がない自分の妻にうっかりと引っかかって惚れてしまっているからだ。
「正直に言って、公爵家のことはどうでも良いけれど、君と離婚したくない。だからこそ、もう一度イマトラまで行って、悪の元凶を捕らえてこようと思っている」
イマトラとはターレス川上流の護岸工事を行っている地域のことであり、この護岸工事の調査のために、ニクラスは王都を不在にしていたのだ。
「公爵家のコト、どうでも良いのおかしくな〜いですか?」
公爵家のために生まれ、公爵家のために生きてきたニクラスとしては、思いもよらない発言のようにカタジーナには聞こえた。
「先祖代々繋げてきたラウタヴァーラの家だけど、君と結婚し続けられるのなら、爵位とかそんなの、どうでも良い」
「そんなコト言って、もしも当主の座、奪われたら、私の夫ではいられませーん」
「そうなったら君を攫っていこう」
立ち上がったニクラスは、カタジーナの手を包み込むように握りながら言い出した。
「私を敵に回し、ここまで追い詰めた奴には、自ら死を望むほどの罰を与えてやる。そうして、私をこんな目に遭わせた奴は、親でも子でも関係ない。完膚なきまでにやっつける。私はやられたらやり返す主義なんだ、絶対に、絶対に、相手をギャフンと言わせてやる」
「それ本当〜?」
「本当だ」
目をギラギラさせるニクラスを見上げたカタジーナは、満面の笑みを浮かべながらルーレオ語で言い出した。
【実に面白いじゃない、ギャフンでざまあは私、とっても大好物なの。まずは私の姉を、最高なレベルでギャフンして、ざまあをしてやるわ】
【君が何をやらかそうが私は君を支援をするし、応援する。私が家を出ている間は君に全権を委譲するから、弟の妻であるカステヘルミと一緒に動いてくれ。彼女なら君の邪魔にはならないだろう。弟はユリアナを捕まえに行った、私はこれからイマトラへ向かう】
ニクラスはそう言うなり、窓から飛び出して行ってしまったのだった。
夫が男色という噂を聞きつけてショックを受けたカタジーナは、療養目的で公爵家所有の別荘へと移動して来たのだが、ここから本国へ向けて、すぐにも手紙を出さなければならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます