第11話
ラハティ北部に住む部族は、ラハティ人とは大きく異なる容姿をしている。彼らは先住民と言われる人々であり、彼らが語り継いでいく神話や伝承は、今でもラハティの地に大きな影響を与えている。
この世界は、炎の神と氷の神から生み出された巨人の脇から三人ずつ男女が生まれたことから始まる。六人の男女は、男同士、女同士、男女の三組に分かれて巣籠をするのだが、子供が生まれることになったのは男女で巣籠もりをした夫婦だけ。
子供も作った夫婦は自分たちこそが尊い存在なのだと威張り散らすこととなり、他の者たちは迫害されることになったのだ。すると何処からともなく巨人が現れて、お互いを尊び、愛を語り、魂を繋ぎ合わせることこそが大事なのだと宣言し、意地悪な夫婦に罰を与えた。
巨人の教えはその後も度々忘れられることとなり、同じ性同士で愛を語る人々は邪険にされ、迫害をされることにもなるのだが、その度に火山が爆発をし、巨人の怒りで国は大きく損なわれることとなったという。
何よりも大事なのは相手を愛する心、尊重する心なのだと神話では語られることになるのだが・・
「最近、下町を中心に上演されている舞台では、ユリアナをモデルとした物語が上演されているのだが、その中に出てくる公爵は、間違いなく兄上をモデルにしていると思うんだが、その兄上が劇中で同性愛者として描かれているんだ」
クリスティナの邸宅までカステヘルミを迎えに来ることになったオリヴェルなのだが、彼はカステヘルミを馬車に乗せるなり開口一番、今、問題となっている劇団が上演している内容の説明を始めた。
「我が国では同性愛者を揶揄するようなことは禁忌であると分かった上でやっている」
「あの・・その・・もしかして・・ニクラス様は・・あの・・」
「兄さんは女性が好きだし、今では自分の妻であるカタジーナ様のことを非常に愛しく思っている」
「では、何故同性愛だなんて」
「面白いと思ったからだろうな」
オリヴェルは自分の髪の毛を掻きむしりながら大きなため息を吐き出した。
「わが国の民は噂が大好きなのは間違いない、そんなわが国で、例えその劇の内容に大きな問題があったとしても、家に帰って家族や親族に語って聞かせるだろう」
「元々、注目を浴びていた公爵家ですもの、大きなダメージとなりますわね」
「まさにそれだよ」
「その劇団の公演を中止にしたとしても」
「一つを潰しても、他の劇団が上演を続けることになるんじゃないかな」
ラハティ王国では本格的な冬が訪れるまでの間、それこそ星の数とも言えるほどの劇団が公演をするためにやってくる。多くの観客の動員を望めるのなら、例え内容に問題があったとしても、短期間の上演であれば良いだろうと判断されることになるだろう。
「一妻多夫を望むヒロインは多くの男を侍らしているのだが、その中の一人である公爵はヒロインを隠れ蓑に使っているだけなんだ。実は公爵が愛する人は別に居て、それがヒロインに恋する伯爵ということなんだ」
「なんだか無茶苦茶な内容ですわね、でも、嫌いじゃないですわ」
「五日ごとに結末が変わると宣言していて、多くの観客が二度、三度と公演を見に来ているらしい。主人公の伯爵は、可愛らしいヒロインと、男前で金持ちで何でも願いを叶えてくれる公爵との間で揺れ動いていくことになるんだが」
「アウトですわね」
ラハティでは同性愛者を茶化すようなことをしてしまったらアウトなのだ。北部の火山がもしも今噴火をしたら、劇団の公演と、そんなネタになる原因となったニクラス・ヨルマ・ラウタヴァーラの所為だとされるだろう。
「禁忌を犯すような醜聞の元となったと言われれば、窮地に陥ることにもなりますわよね」
公爵家としては完全に巻き込まれただけだと言えるけれど、かなり厳しい状況に追い込まれたということになるだろう。
「実は今日、カステヘルミを早めに迎えに来ることになったのには他にも理由があるんだ」
軍服姿のオリヴェルは向かい側の席からカステヘルミの隣へと移動をすると、彼女のほっそりとした手を握りながら言い出した。
「兄上とカタジーナ様を襲おうとして捕まったユリアナだけど、牢獄から脱走をしたようなんだ」
「ええっ?」
「ユリアナは王都の警備を担当する守護兵団管轄の牢屋に入れられていたんだが、警護兵の一人が大金を掴まされてユリアナを連れ出し、貴族と思われる人物に引き渡したと言っている。その引き渡した相手がニクラス・ヨルマ・ラウタヴァーラ、うちの兄さんがユリアナを連れて行ったという証言が出ていて、兄さんに逮捕状が出ている」
「えーっと、ニクラス様とカタジーナ様が宝飾品を見るためにお出かけになった先で、たまたま出会うことになったユリアナ様が激昂して、持っていたナイフでカタジーナ様に襲い掛かろうとした。そんなユリアナ様をニクラス様が投げ飛ばしたんですわよね?」
「そう、最近、体を鍛え直している兄さんは、容赦無くユリアナを投げ飛ばして捕まえたんだけど、そのユリアナを逃した犯人に今はされているんだ」
カステヘルミは混乱した、何が何やら分からなくなってきているのは間違いない。
「大きな作戦を実行に移そうという時には、潜入した敵が、小さなことを積み上げるような形で妨害を仕掛けて来るということは良くあるんだ」
オリヴェルが言う大きな作戦とは、ルーレオ王国とラハティ王国の間で結ばれる鉄道事業のことを言っているのに違いない。我が国に潜入したオムクスは本格的な冬が始まる前に、ラハティに大きなダメージを与えたいと考えているのだ。
「逮捕状を突きつけられる前に兄さんは逃げたが、その兄さんを追って俺も地下に潜る。これはアドルフ殿下にも了承を取っている」
オリヴェルはカステヘルミの手をぎゅっと握りしめながら言い出した。
「詳しく調べてみて分かったんだが、エルリック・タエロルという男が、ターレス川上流の護岸工事に携わっている」
オリヴェルの瞳はキラキラと輝き、窮地から脱してやろうという覇気が溢れ出しているようにカステヘルミには見えた。
「そして、そのエルリック・タエロルのパトロンがジョアンナ姫なんだ」
「あらまあ」
護岸工事に関わっている敵国オムクスの間諜が、ジョアンナ姫とも関わりがあるということか。
「細かい話は、アドルフ王子から直接カタジーナ様が聞いているはずだから、カタジーナ様から直接聞いてくれ」
「わかりましたわ」
「事態を耳に入れた父上が領地からこちらに向かって来るとは思うけれど・・」
オリヴェルはカステヘルミに指示を出すと、彼女の頬にキスを落とした。
「俺は俺の妻を信じている、後はカステヘルミに任せる」
「任せると言われましても」
「君とカタジーナ様がいれば、何とかなるだろう」
馬車は緩やかに停止をすると、止まった馬車から滑り降りるようにしてオリヴェルは出て行ってしまった。そのオリヴェルに替わって護衛の者が入ってくると、
「カステヘルミ様、急いで邸宅の方へ移動します」
と、言い出したのだった。
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