第10話

 夏が短く冬が長いラハティ王国には、春から冬に入る直前までの間、周辺諸国から多くの劇団が訪れることでも有名だ。他国では一つの劇団が興行を行うのに、役所への手続費用や場所の確保、興業期間中の宣伝など手間暇お金がかなりかかることとなるのだが、ラハティ王国では役所に興業をサポートするための専門部門もあるため、上演されるものが人気作ともなれば王家からの補助金も出ることがある。


 短い行楽期間を王家推奨の元で大いに楽しもうということで、この期間だけは職人だって休みを取りやすい。そのため、ラハティの王都には王立歌劇団から弱小歌劇団まで、数多の劇団が舞台を用意して上演を行うのだった。


 ラハティでは噂が大好きな国民性だけに、噂一つで一気に人気が上昇することも多い。


 今年も行楽シーズンの終わりを迎え、そろそろ冬支度を本格的に始めなければと人々が算段を始める頃合に、ある弱小歌劇団が注目を浴びるようになったのだ。


 その舞台は、多くの男たちを虜にしていった女性の波乱に満ちた人生を描いたものであり、


「私たちは五日ごとに舞台の結末を変える形で上演をして行きたいと思っております。時には主役が入れ替わることで、ご覧になるお客様たちが飽きることのない、夢中にならずには居られない舞台を捧げたいと考えているのです」


 舞台終わりに劇団長はそう言って、頭にかぶったシルクハットを片手に取り、それは優雅に辞儀をすることになったのだが・・

「今日観た舞台ってさ、やっぱりこの令嬢のことを描いた舞台ということだよな?」

 たまたま購入した新聞を小脇に抱えて舞台を観ていた男が連れの男にそう声をかけると、

「まあな、主役の女優は『一妻多夫』を求めていたわけだから、ラハティの流行に乗っかったっていうことになるんじゃない?」

 と、特に興味もない様子で答えたのだった。


 連日、公爵家の兄弟による、妻を溺愛する有様などが面白おかしく報道されていたのだが、丁度、そんな内容に購読者が飽き始めた頃に、ある事件が起こったのだ。


 アドルフ王子への不敬罪で、修道院送りとなった『一妻多夫』希望だった令嬢が、愛した男の結婚報道や、その後の溺愛報道に痺れを切らすような形となって、修道院を抜け出し、王都まで女一人の身で移動を成功させ、挙句の果てには、買い物中だった公爵夫妻に対してナイフ片手に飛びかかり、あっさりと、自分を愛していたはずの公爵に投げ飛ばされることになったのだという。


 公爵は妻を守るために女の胸ぐらを掴み、自分の腰まで女の体を引き上げると、回転させるようにして容赦無く地面へと叩きつけたと言うのだ。


「これで公爵の妻も遂に落ちただろう」

「冬までもたなかったな」

「早く結果が知りたい」


 公爵の妻がいつ夫に陥落するかで賭け金を支払っている男は、

「地面に投げつけただけで、夫を見直すとかやめてくれ!夫を見直すのなら雪が降るまで!雪が降るまで待ってくれ!」

 と、新聞片手に念じ続けていたのだが、その後、公爵夫妻がどうなったのかは分からないまま。


 本日手に入れた新聞には、公爵夫妻にナイフで襲いかかった『一妻多夫』女は牢屋へ入れられて裁判を待つことになったと報じられていたのだが・・

「あんたが今日観たという演劇は、流行に乗っかったってことなんだろうね〜」

 劇の内容を事細かに話して聞かされた男の妻は、煮込んだスープをテーブルの上に並べながら言い出した。


「随分と観劇料金が安い劇団のようだし、結末が五日ごとに変わっていくって言うんだろう?だったら結末が変わった頃合に、妹と一緒に観に行っても面白いかもしれないね」


 金がない劇団ほど、新聞で報道されるような内容を引っ張る形で物語とする。少しでも道行く人の興味を引ければ御の字という程度の弱小劇団だろうし、元々『一妻多夫』については興味があったから、ちょっと観てみても良いかもしれない。


 そんな気持ちで男の妻は観劇に出向くことになったのだが・・

「な・・な・・なんて内容なんだい・・こりゃまずいよ・・本当にまずいよ」

「本当よね、姉さん、これって冒涜の一つになっちゃうんじゃないの?」

「お前もそう思うかい?これは本当にまずい内容なんじゃないのかねえ」

 舞台で上演される内容を観て、思わず手を握りしめ、背中に嫌な汗をかきながらも、

「「帰ったらあの人に話してあげなくっちゃ!」」

 と、姉妹は、ほぼ同時に同じようなことを口に出していた。




     ◇◇◇



 カステヘルミが友人のクリスティナと愉快な仲間たちのお茶会に招待をされたのは、彼女たちが捕まったユリアナ嬢の情報をカステヘルミから仕入れたいと考えていたからに違いない。


 一妻多夫希望のユリアナ嬢は、厳しいことでも有名な修道院を抜け出して王都まで逃亡を果たし、当時、買い物中だったニクラスとカタジーナに襲いかかるという凶行に出た。


 ニクラスが妻のカタジーナを放り出して、再会したユリアナに抱きつくようなことでもしたらどうしようかとカステヘルミは心配していたのだが、ニクラスはナイフで襲い掛かろうとするユリアナを文字通り投げ付けた。それこそ容赦無く、足払いをかけながら高々と担ぎ上げて投げ飛ばしたので、道行く人々は一瞬、何がどうなったのか理解が及ばず呆然とすることになったらしい。


 鉄道事業を絶対に成功させたい王家としては、ユリアナを仕掛けて、ニクラスがどういった反応をするかを見ておきたいということだったのだろう。


「カステヘルミ様、オリヴェル様がお迎えに来ていらっしゃいます」

「えええ?もう来たの?」


 もっと聞きたい、もっと聞きたいとおかわりを所望する友人たちを見回したカステヘルミは大きなため息を吐き出した。


「ごめんなさい、夫が迎えに来てしまったみたいで」

「「「あらら!すごい愛だわ!」」」


 羨望の眼差しを向けてくる友人たちを見回しながら、カステヘルミは思わずため息を吐き出した。


 意図的に敵が作り出したと思われる噂を潰すのに、夫たちの過激な溺愛で潰してやろうと考えたのはカステヘルミだったのは間違いない。だけど、まさか、あそこまで二人の夫が真剣に『溺愛』とやらを演じることになるとは思いもしなかったのだ。


 カステヘルミは『あーん』を試みられるのも、いつ口移しでシャンパンを飲まされることになるのかと、周囲から期待の眼差しで見つめられるのにもうんざりとしている。


 なんで『溺愛』を面白いなどと言ってしまったのか、あれは側から見ている分には面白いのであって、実際に当事者になってみると全く面白いものではない。


「ああ・・出来ることなら早く離婚したい・・」

 ブツクサ言いながらカステヘルミが立ち上がると、見送りの為に立ち上がったクリスティナが耳元でサッと囁いて来たのだ。


「カステヘルミ様、今、巷では下賎な演劇が流行しているようだからお気を付けくださいませ」


 シーズン期間中、星の数ほどの大小様々な劇団がラハティ王国を訪れることとなるのだが、巷で下賤というのなら、下町で行われる平民向けの演劇をクリスティナが問題視しているということなのだろう。


「その劇に何の問題があるのかしら?」

「内容に問題があるのよ」

 クリスティナはにこりと笑って言い出した。

「一妻多夫を目論んだ女の末路を描いているのだけれど、そこに出てくる配役がね・・」

 耳元に囁かれた内容に、思わずカステヘルミは眉を顰めた。



    *************************



 今日から16時に更新、週末には終わる予定ですので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

 猛暑、猛暑と記録的夏日の報道がすごいです。本当に暑い日が続いてうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!

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