第9話
弟のオリヴェルは簡単に言うが、溺愛とは何なんだ、溺愛とはと、兄のニクラスは頭を悩ませることになったのだ。
今まで女と言えば向こうから寄ってくるものであり、自分から追いかけたことなど一度もないニクラスは、一度も追いかけたことがないだけに女を追いかける、媚売って愛を語ることなど想像することすら出来ないのだ。
幼馴染のアドルフ王子に尋ねたところ、常に妻の前に跪き、愛を垂れ流すようにして吐き出せと言われたのだが、
「オリヴェル、私は具体的には何をすれば良いのだ?」
多忙に多忙が重なっているニクラスは、遂に自分で考えることをやめた。
「兄さん、具体的にどうやって溺愛すれば良いのか分からないのであれば、とにかく俺の真似をしてください!」
「真似か・・」
「これも公爵家を存続させるため!そう思って頑張るんですよ!」
「そうか・・頑張れば良いのか・・」
オリヴェルにとっての『溺愛』とは、ニクラスの想像を遥かに超えた肉体労働だった。肉体労働とは隠微でエロティックなものでは決してなく、本当に本当の、肉体労働で・・
「旦那様〜、大丈夫デスか〜?」
「大丈夫でーす」
オリヴェル式溺愛アピールその1は、妻に階段は上らせない。ただでさえ重いドレスを身に纏っているというのに、か弱い足で階段を上るなど!とんでもない!ということで、階段は夫が抱きかかえて上っていく。
階段を上っている最中は、落ちるのが怖いカタジーナがニクラスの首に自分の腕を回してギュッとしがみついてくる。そこが役得と言えば役得なのだが、次の日には必ず筋肉痛になる。女性を抱きかかえて階段を上るというのは意外なほどに重労働なのだ。
ちなみに階段がキツイと思われる第三位がヴァルケアパ公爵家の表階段、第二位が王宮内にある舞踏会場までの階段、第一は満場一致で王立歌劇場だと言えるだろう。
公爵家が利用するボックス席は三階にあるため、三階まで抱えて運ばなければならないのだ。三階でもヒョイとスマートに運べるようにするために、ニクラスは密かに筋トレを始めていた。
オリヴェル式溺愛アピールその2は、妻の飲み物、食べ物は必ず自分が用意をして、毒見まで自分が行うこと。オリヴェルとしては、公衆の面前でアーンと妻に口をあけさせて食べてもらうこと、飲みものを口移しで飲ませることが最終目標らしいのだが、
「それは無理なんじゃないだろうか・・」
と、ニクラスは思っている。
普通の令嬢であれば、ニクラスやオリヴェルが毒見なんてことをすれば、
「きゃーっ!間接キッスになっちゃうわー!」
と、はしゃいだ声をあげるのだろうが、二人の妻がそんな声をあげるわけがない。そもそもカタジーナは毒見を事前にされることに慣れている。ニクラスが毒見をしたところで、何の特別感もないのだろう。
カステヘルミに至っては、毒見の度にスンと表情が消えている。実際に誘拐をされかかった経験があるカステヘルミとしては、毒見の必要性も十分に理解してはいるのだが、
「私も幼い時から毒で耐性をつけておけばよかった・・」
という恨み節がニクラスの方まで聞こえてくる。
オリヴェル式溺愛アピールその3は、夫は妻の側からかた時も離れない。ダンスは妻としか踊らない。すぐに妻の腰を引き寄せ、ピットリと側にくっつき、他の男が妻をダンスに誘ったら激怒する。普通、社交場は様々な情報を獲得するための場所であり、夫以外の異性とのダンス中にも情報を仕入れたり、時には男は男同士、女は女同士に分かれて楽しむことにもなるのだが、断固として拒否し続けることになった。
その結果、夜会でこんなことをする奴はかなり目立つので、ラウタヴァーラ兄弟の噂は一夜に三千里を駆ける勢いで広がっていくことになったのだ。
◇◇◇
連日、新聞で報道されるラウタヴァーラ兄弟の溺愛(奇行)報道は、多くの人々の注目を集めることになったのだ。当初は白い結婚や弟と兄嫁による禁断の恋を報じていた新聞社も、今では追いかけるようにして公爵家兄弟の溺愛を報道しているような状態だ。
今日の夜会では遂にオリヴェル氏が妻に対してアイスクリームの『あーん』に一口だけ成功したとか、ヴァルケアパ公爵家の茶会に夫婦で招かれた際にカタジーナ姫が、夫のニクラス氏に対してケーキを『あーん』してあげたとか、実にくだらない内容なのだが、多くの人々がその話で盛り上がる。
「何でも弟の方は、自分の妻に口移しでシャンパンを飲ませるのが夢なんだってよ」
「なんていう夢だい!呆れたもんだね!」
「だが、イケメンの夫に対して二人の妻は塩らしい」
「塩ってなんだ?しょっぱいのか?」
「そういうこと、しょっぱい反応しかしないんだってよ」
「お貴族様の間では、一体いつになったら二人の妻がイケメン夫に陥落するのかってことで、賭け事が始まっているんだってさ」
「お前はいつ頃陥落すると思う?」
「そうさな、流石に次の春までには陥落しているんじゃないかな?」
「いいや、雪が降り始める頃には落ちているだろ?」
「そうかな、俺はやっぱり・・」
ラハティ王国の多くの国民がラウタヴァーラの兄弟夫婦の進展具合に夢中になっている中、本格的な冬が始まるまでの間、他国で本格的に勉強を始めたいと言ってルーレオ王国への帰国を伸ばしたジョアンナ姫が、飾り付けてあった花瓶を壁に叩きつけて破壊した。
「本当の本当に!信じられないわ!なんでこんなことになっているのよ!」
美姫としても有名なジョアンナは、異母妹にあたるカタジーナと比べたら大輪の薔薇のように派手な美人だと言えるだろう。少女のような素朴さが滲み出ているようなカタジーナと比べたら、官能的なジョアンナの方がニクラスの好みなのは間違いない。
いつでも見目麗しい男性はジョアンナの周囲に集まり、地味な男ばかりがカタジーナに声をかけていく。舞踏会ではいつでもそれを面白おかしく眺めていたのだが、
「カタジーナ私の愛する人よ、もう君なしでは僕は生きられない。今日も私の為に誰とも踊らずに側にいておくれ」
ラハティの社交界で、ニクラスに甘く囁かれながら独占されているカタジーナを眺めたジョアンナは、バキリッと扇を真っ二つにへし折っていた。
「リック!二人を別れさせることが出来る劇が出来たっていうけど、本当に出来たの?嘘だったら怒るわよ!」
「ああ!アンナ!勿論きちんと劇が上演出来るように進めているところだよ」
「本当の本当に?私があげたお金を無駄にしたわけじゃないわよね?」
「勿論だよアンナ!絶対に君が気に入る内容にしてあげたからね!」
ラハティ王国の公爵との結婚を妹に押し付けたジョアンナは、妹の結婚式で激しく後悔することになったのだ。ニクラスは驚くほどの美丈夫で、唸るほどの金を持っている、前途有望なる若き公爵だったのだ。
そんな若き公爵はカタジーナよりも八歳も年上であるため、自分の方が好みに合うだろうとジョアンナは思ったのだ。ジョアンナがニクラスと恋仲となってカタジーナから奪い取れば、生意気なカタジーナであってもショックで泣き喚くのに違いない。
妾腹の姫が生まれた時から気に食わなかったジョアンナは、絶対にカタジーナには絶望を与えたい。
最初はニクラスを奪い取ってカタジーナに絶望を味わせててやろうかと考えていたジョアンナも、ニクラスがカタジーナを溺愛する姿を見ることで考えを改めることにしたのだった。カタジーナ共々、不幸のどん底に落としてやろう。
「まずはあの男の評判を落として・・」
「それは間違いなく落とすことが出来るよ」
ラハティ王国に来てから恋人のように付き合うようになったリックは、ジョアンナに満面の笑みを浮かべながら言い出した。
「公演は明日から始まるから、アンナは楽しみにしておいで。絶対に君だって夢中になると思うよ!」
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猛暑、猛暑と記録的夏日の報道がすごいです。本当に暑い日が続いてうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!毎日更新していますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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