第8話

 公爵家の若き当主であるニクラス・ヨルマ・ラウタヴァーラがやらかしたのは間違いない。まさか彼がこんな提案をするとは思いもしなかった為、黙って話を聞いていた弟のオリヴェルはお茶の席が用意されたサロンから逃げ出したくなっていたのだが、


「ワタシの聞き間違いだと思うのデースが、もう一度、はっきりと言ってくだサ〜イ」

 と、カタジーナが優しい笑顔で言い出したため、オリヴェルは何とか席に座り続けることが出来たのだ。


【君はまだラハティ語がそれほど得意ではなかったから、聞き取りが難しかったかな?】


 親切顔でニクラスはルーレオ語に言語を切り替えると、爽やかな笑顔を浮かべながら言い出した。


【私たち兄弟は相次いで妻を娶ることとなったのだが、カタジーナが嫁いだ時には私の両親は領地に行ってしまって挨拶すらすることが出来なかった。両親は私たちの結婚式にすら参加出来なかったので、君に会えるのを楽しみにして待ち続けているんだ。だからこそ、今、この時に、私とカタジーナは領地へと向かって、両親も含めて円満アピールをした方が良いと思うんだが】


 公爵家の嫡男として生まれたニクラスが、まずは公爵家のために生きろ、自分の父母並びに祖父母や、ここまで脈々と血を繋ぎ続けてきた先祖に対して、誇りと忠誠を持てと言われながら育てられているため、新妻を連れての両親への挨拶は必要なことなのかもしれないが・・


【何故、私がわざわざ罪人に挨拶に行かなければなりませんの?】

 母国語でもあるルーレオ語であればカタコト言葉にはならないカタジーナが、にっこり笑いながら射抜くような眼差しでニクラスを見つめた。


【何でも一妻多夫を望む、前公爵夫人の養い子とやらは、オムクスと通じていたというではないですか?そのオムクスと前公爵夫人もまた通じているかもしれないという理由で、遠方への蟄居を命じられたのでしょう?】

【母はオムクスと通じてなどいないぞ!】

【まあ!そんなことが言い切れまして?邸宅の中に入り込まれている状態で、よくもまあ、そんなことが言えますわね?私は罪人に媚びへつらう気はなくってよ】

【なんだって!】


 公爵邸を取り仕切る責任者は公爵夫人ということになるため、邸宅内部にまでスパイに入り込まれていたのが判明した時点で、大きなペナルティを受けている状態となる。だとしても、ニクラスの中では未だに、父や母や自分がそれほど悪いことをした訳ではないと思い込んでいる節がある。


【あの〜、出来たらラハティの言葉で話サセテくれる?話シテくれる?と、私もお話に参加デキルのです〜】


 険悪な空気をあえて断ち切るように、訛りの強い言葉でカステヘルミが言い出したため、オリヴェルも前のめりとなりながら言い出した。


「勉強不足で悪いんだけど、俺も出来たらラハティ語で話して欲しい。ルーレオ語の聞き取りまでは出来るんだが、話すとなるとちょっと・・」


「あら〜!そうだったわ〜よね!ごめんなさい!一緒にラハティの言葉でお喋りシマショウ!」


 カタジーナは母国語になると鬼のような雰囲気が溢れ出すのだが、ラハティ語になると、途端に柔くてコミカルなイメージへと変貌するのだ。


 仕切り直しをするように何度かか咳払いをしたオリヴェルは、

「兄さん、俺も今この時に夫婦揃って領地へと向かうことについては反対だよ」

 真っ直ぐな眼差しでニクラスを見つめながら言い出した。


「兄さんはカステヘルミが二度も誘拐されそうになったのを忘れちゃったのか?ただでさえ、敵国がうちの没落を狙って動いているという中で、当主夫妻が領地までの遠距離移動を今やるというのは、自殺をしに行くようなものだよ」


 と、オリヴェルは言いながらも・・


〈兄さん!普通、嫁は義理の両親のところになんか挨拶に行きたくなんかないんだ!スルー出来るのならスルーしてしまいたい!そう思うものなんだよ!しかもうちの両親はやらかしたばっかりなんだから!近づきたくないって言うのが本音なんだよ!そこのところを理解してくれ!頼む!〉


 と、心の中で強く語りかけたのだが・・


「母上はカタジーナに会いたくて仕方がないと言っている。あれほど待ち侘びているのに、だったらいつ顔合わせを実行すれば良いのだ?」


 言ってはならぬことを言い出した。


 現在、前公爵夫人であるパウラは大きなペナルティを受けた状態であり、王家の差配によって領地へ移動することになったのだ。王家が寛大な処置に留めてくれたのは間違いない事実なのだ。


 結婚した相手であるカタジーナを蟄居状態の母に見せてあげたいのは分かるが、それを口に出しては駄目なのだ。オリヴェルは隣に座る妻の鬼将軍スイッチが入ったことに気が付いたし、ニクラスの隣に座るカタジーナの頭からツノが伸び出そうとしていることにも気が付いた。これはまずい、絶対にまずい、ここで穏便に済ませなければ、ここから地獄の時間が始まるに違いない。


 野生の勘で咄嗟に判断をしたオリヴェルは、自分でも驚くほどまっすぐに挙手をした。


「俺に考えがあるんだが、とりあえず聞いてくれるだろうか?」


〈このクソ兄弟が、提案するにしても、その少ない脳みそでキチンと考えてから発言しろよ?〉

〈お前、本当に提案出来るような案があるんだろうな?地獄の空気にビビって、とりあえず手を挙げたとかじゃタダじゃ置かないからな!〉


 カタジーナやカステヘルミから無言のメッセージ(彼女たちは目で語るのを得意としている)を受け取ったオリヴェルは、それでも胸を張り、爽やかな笑みを維持し続けながら言い出した。


「世間に対して公爵家の夫婦が白い結婚だということを堂々と広められ、次の日には、俺とカタジーナ様が互いに憎からず思い合うような仲になっていると報じられた。これを払拭するには『噂』を利用すれば良いと俺は考えている」


「「「噂?」」」


「そうだよ、噂だよ。我が国の国民ほど噂が大好物な人種もいるまい。ラウタヴァーラ公爵家の二人の息子はたった一人の令嬢を愛し、複数の男たちと共有をしている。それが高じて結婚した妻を蔑ろにしていると言うのなら、夫婦で社交に顔を出し、俺たちが仲良しの夫婦であると大々的にアピールするべきなんだ!」


 カタジーナはエメラルドの瞳に侮蔑の色を浮かべながら言い出した。


「夫婦仲良〜くは結構なコトですけども、私だったら胡散臭いと思いマス。この人たちは嘘をついていると、まずは考えると思いま〜す」


「そう思う人も居るだろうけれど、俺や兄さんが自分の妻のことをやたらと溺愛してたら、凄く驚くと思うんだ。何故なら、俺や兄さんが社交の場で、特定の女性に対してデロデロしたことなんて一度としてないんだからさ」


 特定の相手を作ると、即座にその相手が結婚する相手だと判断されるため、社交の場では距離を取るようにしていたのは間違いない。なにしろこの年齢まで婚約者を作らずに居たのだ、他人には分からない配慮と苦労はあったのだ。


「溺愛というのは確かに面白いですわね」

 そこでカステヘルミが言い出した。


「私やカタジーナ様は、自分の夫からの愛を信じられない状態なのです。そんな私たちに対して、今まで美しい令嬢たちを無下にして来たご兄弟が必死になって取りすがっていたとしたら、それはそれで、面白いことになるだろうなとは思います」


 カステヘルミが面白いと言い出したら、それは噂となって一晩に三千里は駆けることとなるだろう。


「兄さん!やりましょう!それに、公爵家の兄弟が間違いなく妻を愛しているのだと主張することは、王家に対して良い印象を残すことにもなると思います!」


 二人の兄弟の結婚相手を見繕ったのは王家なのだから、溺愛する様子を見せつけるようにすれば、良い印象を残すことにも繋がるだろう。




     *************************



本日、17時にもう一話更新します!本当に暑い日が続いてうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!

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