第7話

 その後、カタジーナが祖国からお気に入りの紅茶を持って来たからと言って、自分の侍女に部屋から茶葉を運ばせると、紅茶を用意させ、まずは自分が毒見だと言って紅茶を飲んだカタジーナは、その場で苦しみながら倒れ込んだのだ。


 実はこれは完全なる演技で、毒を盛ったと思われる三人の侍女を拘束するための理由作りのためにカタジーナが行動を起こしたのだった。


 姫の暗殺を図ったのが同じルーレオ人だとして、ルーレオ王国から連れて来た人間は全員自室に軟禁状態となったのだが、密かに連絡を受けたニクラスが慌てて王宮から帰ってきた時には、顔の色が青紫色に変色をしていた。


「ああ!カタジーナ!無事で良かった!」


 思わず自分の妻を抱きしめたニクラスはハッと我に返った様子でカタジーナを離したものの、その瞳には安堵の色と、何かの感情が浮き上がっているようには見えたのだが、カステヘルミはとりあえず見なかったことにした。


「マア!心配してくれてアリガトでーす!私は無事なのですけど、本当の本当にスミマセン〜」


 カタジーナ姫は国内貴族か帝国貴族に嫁ぐ可能性が高かったらしく、ラハティ王国は彼女の中では圏外であったらしい。帝国語は流暢に喋れるのに、ラハティ語はたどたどしい。そこが彼女の萌えポイントなのかもしれない。



 翌朝、カステヘルミは、カタジーナ姫が公爵家で毒殺されかかったという内容がリークされていないか、新聞の隅から隅までチェックしていたのだが・・

「カステヘルミ!これは大変なことになったぞ!」

 と言って、同じように新聞をチェックしていたオリヴェルが、カステヘルミの前に持って来た新聞を広げた。


 ルーレオ王国から嫁いで来たカタジーナはわざと毒を飲んだふりをして、祖国から連れて来た人間全員を拘束するようなことをしたのだが、この話が外に漏れ出たとなれば公爵家の中の人間が新聞社にリークしたということであるのだろう。即座に犯人探しを始めなければならないことなのだが・・


「あああら!これは想像を超えた内容ですわね〜!昨日はデイリー紙、今日はウィズリー紙でこのようなことが報じられるなんて!」


 ウィズリー紙では四面記事として、カタジーナとオリヴェルの秘密の恋がスクープされていた。なんでもユリアナ嬢に未だに懸想し続けるニクラス様は、カタジーナ姫に冷たい態度をお取りになっていた。それを優しく慰めていたのがオリヴェル氏であり、ユリアナ嬢が問題児であるといち早く気がついたオリヴェル氏の心は、ユリアナ嬢から離れた状態だったのだ。その為、兄の態度に怒りを感じるようになっていた。


「お前が怒りを感じるな、お前も同じ穴のムジナ状態だっただろうに!」


 そうして、オリヴェル氏とカタジーナ姫の間には認めてはならない恋心が生まれた。公爵邸でも冷たい態度で見向きもしないニクラス氏に傷つくカタジーナ姫、それを慰めるオリヴェル氏。ユリアナ嬢を忘れられないニクラス氏は公爵位と共にカタジーナ様をも弟のオリヴェル氏にお譲りになった方が良いのではないか。それが互いに一番最良の選択ではないかということで話は締められていたのだが・・


「妻は何処かしら?オリヴェル様の妻である私は何処に行ってしまったのかしら?」

「カステヘルミ、独り言はやめて、怖いから」

「はあ?私の名前、この記事の中に一文字も出てこないのだけれど」

「カステヘルミ、すぐにでもウィズリー社は倒産させるから許してくれ!」

「何を許せと?姫様との浮気を許せと?」

「カステヘルミ!正気に戻ってくれ!これは冗談では済まない!公爵家存亡の危機だぞ!」


 現在、ルーレオ王国とラハティ王国の間で鉄道を通す一大プロジェクトが進んでいる状態であり、順次、線路も敷かれ、ターレス川を渡す陸橋も完成したような状況なのだ。その上流の方で急に始まった護岸工事の方も気になるのは気になるが、今のところ順調に鉄道事業は進んでいるはずだった。


「カステヘルミ、家族会議を開こう。カタジーナ姫が輿入れ後に公爵家の中で愛憎云々でゴタゴタなど、命取りにも程がある!ここは皆で一致団結をして難局を乗り越えなければ公爵家は滅びるし、鉄道プロジェクトも中断せざるを得ない状況になるぞ!」

「それは困ります」


 カステヘルミの実家であるカルコスキ伯爵家でも鉄道事業に巨額の出資をしている状態なので、早いところ線路を通して蒸気機関車を走らせて、資金の回収に繋げたい。


「カステヘルミ、俺は君を愛している!」

 オリヴェルはカステヘルミの肩を両手で包み込むようにして、熱烈に宣言をしたのだが、

「きもっ」

 と、カステヘルミは遠慮なく答えた。

「とにかく!俺はカタジーナ姫に懸想なんてしていない!」

 確かにオリヴェルはカタジーナに懸想なんかしていない、そんな暇など今の彼にあるわけもないのだから。



       ◇◇◇



 呑気にあくびをしてベッドの上に起き上がったのは、一糸纏わぬ状態のルーレオ王国のジョアンナ姫だった。ツンと上を向く張りのある胸は形がよく、ほっそりとした腰から下はシーツの下に隠れているけれど、その艶かしさは相当のものと言えるだろう。


「アンナ、君の望むような記事を載せられたと思うんだけど、読んでみるかい?」

「リックったら、早速動いてくれたの?貴方ったら本当にやることが早いわね」


 前夜に開かれた仮面舞踏会は非公式のものであり、一夜限りの恋人たちが楽しい逢瀬を繰り広げていたことだろう。侍女に身代わりをさせて外へと出て来たジョアンナは、悪友の誘いを受けてラハティ王国の夜を楽しんでいたのだが、そこで知り合ったリックはかなりの情報通で、ジョアンナの為に矢のような速さで物事を進めてくれるのだ。


 異母妹のカタジーナが公爵家に輿入れした翌々日には、彼女の結婚が白い物であると面白おかしく新聞の記事にして載せてくれたし、今、目の前に置かれた新聞には、カタジーナが弟のオリヴェルとの恋心を隠せない状態になっているというような内容が書かれている。


 一人の女を複数の男で愛するなんて、なんて破廉恥で気持ち悪いことだろうと思ったジョアンナは、ラハティ王国のニクラスとの結婚を異母妹のカタジーナに押し付けた。浅はかで醜い男に嫁がせられる妹の悲劇を観覧してやろうという思惑でラハティ王国で行われる妹の結婚式に参列をしたのだが、ニクラスは決して醜い男ではない。


 一妻多夫なんて噂が広まってはいるが、あれは下賎な者たちが囁いているだけで、公爵家の兄弟は妹のように保護していた少女を可愛がっていただけ。その少女が勘違いをして、誰もが自分を求めているのだと思い込むことになったようだと、そんな話を聞いてしまえば落ち着いてなどいられない。


 ラウタヴァーラ公爵家は裕福なことでも有名で、今回の鉄道事業には多額の費用を出資している。公爵家の富豪ぶりは所有する港湾都市を見れば分かるほどであり、だからこそ、まずはラウタヴァーラへ鉄道を通すことを両国が認めたと言われるほどなのだ。


 前ラウタヴァーラ公爵夫妻は結婚式にも参列せず、姫の威光を公爵家が私的に利用することはないと暗に含めて宣言。輿入れしたら嫁姑の戦争で苦しむことが多いこの世の中で、すでにその姑が舞台から退いているような状態なのだ。


「これで君がニクラス・ヨルマ・ラウタヴァーラを手に入れやすくなったと思うのだが?」

「カタジーナが弟のオリヴェルに乗り換えれば、ニクラス様はフリーになるもの!そこで私がニクラス様を手に入れても何の問題もないものね!」


 ラウタヴァーラ公爵家に嫁いだカステヘルミやカタジーナは、公爵家の兄弟に興味を持つどころか嫌悪感すら抱いているのだが、大概の女性であればどんな汚い手を使ってでも手に入れたいと考える。それだけあの兄弟の容姿は美しいとも言えるだろう。



     *************************



 明日から16時に更新していきます!サラッと終わる予定ですので、本当に暑い日が続いてうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!

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