第6話
王都にある公爵邸で長年筆頭執事をしていたグレン・ペルトラが、前公爵夫人となるパウラと共に領地の別荘に移動した。その為、領地のマナーハウスからグレンの息子であるアーロン・ペルトラがやって来た。
四十代である彼は何もかもをきっちりやらなければ気が済まない性分の男なのだが、突然の公爵家当主の交代、隣国の姫君との時期を早めての結婚など、やることが多すぎて目が回るような日々を送っていた。なんとかギリギリのところで準備を整え、カタジーナ姫を迎え入れることが出来た為、ホッとひと息をつきたいところだったのだが・・
「奥様・・これは夢ではありませんよね?」
カステヘルミからデイリー紙を渡されたアーロンは新聞記事を読むと、思わず両手で顔を覆って泣きたくなってきた。
執事のアーロンは当主ご夫妻が未だに白い結婚だということを知っている。自分が外に漏らしたわけではないが、屋敷に居る誰かが漏らしたに違いない。
「アーロン、私はラウタヴァーラ公爵家の噂を決して外に出さないという教育については、嫁いだ時から感心をしているのよ。だって、あのユリアナ様の醜聞を、今まで抑え続けてこられたのよ?」
もちろんユリアナが公爵家の親族や寄子を限定として社交を行っていたから、醜聞が抑えられたということでもあるけれど、人の口に戸は立てられないとは良く言ったもので、噂にならないように抑え込むというのは、なかなか大変なことなのだ。
それをやってのけた公爵家から、隣国の姫君が嫁いですぐに情報がリークされたとなると・・
「私は公爵家の内部の人間というよりも、他の人間が関わっているのではないかと思っているの」
「というと・・まさか、カタジーナ様が自ら醜聞になるようなことをリークされたとお考えになっているのですか?」
「それは分からないわ。とりあえず今日、これからカタジーナ様とお茶会を開くことになったから、至急、準備をして欲しいのよ」
カタジーナとニクラスの結婚は完全に政略的なものであり、ルーレオ王国からラハティ王国へ鉄道を敷くための一大プロジェクトを成功させるための、両国の繋がりをより強固なものとする為に進められた結婚ということになる。
今のところ大衆紙だけが公爵家の醜聞をスクープしているが、明日からは他社も競うようにして後追い記事を書いていくことになるだろう。カステヘルミよりも一歳年下であるカタジーナ姫だが、輿入れ早々、マスコミの餌食になっては困るのだ。だからこそ、今後の相談も兼ねて話し合いをしたいとカステヘルミは考えた。
お茶会の席はアイスバーグ、ボレロ、ブルームーン・マチルダなどの秋薔薇が咲き乱れる庭園を眺めることが出来るテラスに用意することにして、軽い昼食も兼ねた場を設けることとしたのだが、数人の侍女を引き連れたカタジーナ姫はカステヘルミに対してニコリと笑うと、美しいカーテシーをしながら言い出した。
『お誘い頂いて嬉しゅうございます。本日は私もカステヘルミ様とお話ししたいと思っておりました』
カタジーナがルーレオ語でもなく、ラハティ語でもなく、帝国語で話しかけてきた為、カステヘルミもカーテシーをしながら言い出した。
『もしかして、お付きの方々は帝国語が分からないのでしょうか?』
『ええそうなの、今まで機関車開発に関わっていたカステヘルミ様なら帝国語が話せると思ったのだけれど、思ったとおり流暢に話せるのですね』
『ええ、まあ、仕事で一年以上滞在もしておりましたし』
カステヘルミは領地で天才を発掘した縁から、帝国まで行って折衝を行っていたことがある。そのようなことまでルーレオ王国側は調べていたということなのだだろう。
『カタジーナ様、カステヘルミ様、立ったままというのもどうかと思いますので、どうぞ、お座りになってくださいませ』
執事のアーロンが流暢な帝国語で二人を促したが、カタジーナのお付きの三人の侍女たちは言葉が理解出来ない様子で、瞳が左右に揺れている。
隣国から嫁ぐということで、カタジーナは護衛も含めて十人ほどのルーレオ人を公爵家に連れて来ているのだが、そのうちの三人が彼女の専属侍女ということなのだろう。
公爵家の侍女たちからは少し離れた壁際に控えるように立つ彼女たちを見ながら、テーブルについたカタジーナは言い出した。
『ごめんなさいね、新聞にリークしたのは、今連れて来た私の侍女たちだと思うの』
そう言って何事かを執事のアーロンに囁くと、アーロンはにこりと笑って部屋の外へと出て行った。その後ろ姿を見送った後に、テーブルに視線を戻すと、
『まあ!きゅうり入りのサンドイッチを用意してくださったのね!』
と、カタジーナは言い出した。
外で仕事をすることが多かったルーレオの国王が、簡単に食事を済ませられるようにということでサンドイッチを考案したのだが、このサンドイッチ、ルーレオ式では薄くスライスしたきゅうりとマスタードで焼いた鶏肉が挟まれる。
テーブルの上には二つのケーキスタンドが用意されており、色鮮やかな一口サイズのフルーツタルトや、伝統的な焼き菓子、サンドイッチ、マカロン、フルーツなどが盛り付けられている。
『昼食を摂るのにも丁度良い時間帯でありますし、サンドイッチも用意させて頂きました。故郷の味と比べれば味は劣るかもしれませんが、公爵家のパティシエはなかなかの腕なのです。ご賞味頂ければ幸いですわ』
『まあ・・うふふふ・・』
最初こそ嬉しそうに笑っていたものの、その後、項垂れたカタジーナは大きなため息を吐き出した。
『やっぱり初夜はきちんと終えておいた方が良いとは言われていたのだけれど、やらなかったのはまずかったわね〜』
落ち込むカタジーナを見つめたカステヘルミの胸に罪悪感が広がっていく。
カステヘルミとオリヴェルの結婚もまた政略的なものなのだが、オリヴェルは初対面からカステヘルミを見ようともせず、初夜すらボイコットをして、その後、孤立する花嫁をそのまま放置するようなことを行った。
彼には幼い時から共に過ごしたユリアナがおり、彼女のことが忘れられずにいたし、公爵一家全てがユリアナを溺愛し、使用人たちはユリアナに忖度をしているような状況だったのだ。
別に好きこのんで嫁いだわけでもないのに、自分がユリアナに敵として認定されているのは間違いない。そうして、公爵家全員がカステヘルミに対して攻撃的な態度に出るのも容易に想像が出来たため、早々にカステヘルミは打って出ることにしたのだ。
『カタジーナ様、本当に申し訳ありません。全ては私の所為なのです』
一妻多夫という強力なワードを使用して公爵家に対してカステヘルミは攻撃を仕掛けたのだが、いくら自分の身を守るためといえども嫁としてはあるまじき行為。
噂を使って、一人の女性を多くの男性で共有するというイメージを作り上げたが故に『気持ち悪!』と思われて、カタジーナとニクラスの初夜は中止。スペシャルな医者まで呼ばれることになってしまったのだ。
『ユリアナ様と公爵家の兄弟があまりに親密な関係に見えたので、調子に乗って噂にしてばら撒いてしまったのです。だって面白いと思ったから!』
実際には公爵家の二人の兄弟は、ユリアナとは深い仲ではなかったらしい。本当かどうかは分からないけれど、キスすらしていないと言っている。だとするのなら、下世話なイメージだけが先行しているのは間違いなくカステヘルミの所為だ。
『カステヘルミ様!確かに私も話を聞いていて面白いなと思いましたのよ!すごいことをやるなと感心致しましたの!』
カタジーナはニコニコ笑いながら言い出した。
『ニクラス様は赤裸々に色々と私にお話をしてくれるのですが、カステヘルミ様にそのようなことを想像させるような行いをする方が悪いのです!そもそも、大変女性に人気な方々なので、外で派手に遊んでいたという時期もあるそうではないですか!病気の診察は絶対に必要ですわよ〜!』
その後、性病による女性への被害が不妊や子供の障害にも繋がるという研究結果が出たという論文の話になり、カステヘルミはカタジーナと話せば話すほど、彼女のことが大好きになっていったのだった。
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