第4話

 冬が訪れる前にカタジーナ姫は是非とも輿入れをしたいということで、ニクラスの結婚式は急ピッチで用意されることとなったのだが、その華やかな舞台にニクラスの両親が参列することは叶わなかった。


 王家の許しが出ることは無かった為、領地に居る母から、

『ぜひ、お嫁さんと一緒に遊びに来てね』

 という涙が滲んだ手紙が届けられ、思わずニクラスの両目にも涙が浮かんでしまったのだった。


 帝国が蒸気機関車を開発しなければ・・我が国が機関車を購入する権利など獲得しなければ・・ルーレオ王国とラハティ王国との間で鉄道を通そうという話など出なければ・・今までと同じような生活が続いていたかもしれないのに・・


「あの方が一妻多夫の複数いる夫の一人だったのでしょう?」

「気持ち悪いわ!」

「大勢の男性が一人の女性を共有するだなんて!」

「悍ましいこと!」


 鉄道を通すという話もなければ、カステヘルミが公爵家に嫁ぐこともなく、意味不明な噂で陰口を叩かれることもなかっただろう。そもそも、ニクラスはユリアナと閨を共にしてなどいない。弟と共に三人でお茶会をし、夕暮れ時に二人で庭園を散歩することも多かったが、弟の悔しがる姿を見たかっただけなのだ。深い意味などあるわけもない。


「ニクラス、君はその歳になるまで独身を貫いて来たのだから、一妻多夫のうちの一人だと言われたところで、それは仕方がないことだろう」

 ニクラスとは同じ年であるアドルフ王子が胸を張って言い出した。


「私は自分に課せられた責務に従って二十歳で結婚をし、すでに二人の子供にも恵まれている。それに比べて君はどうだ?家ではユリアナ嬢をそば近くに侍らし、外では不特定多数の令嬢たちとの浮ついた恋を楽しんでいた。公爵家の嫡男としての責務を放棄して楽しみ続けた君だもの、その先に起こりうることなど、きちんと自覚していただろう?」


 わざわざ自分の執務室にニクラスを呼び出したアドルフ王子は、茶の一杯も出さずにニクラスに対して言い出した。


「君はこれから隣国の姫と結婚することになるが、これは政略中の政略結婚だよ。お相手はジョアンナ姫からカタジーナ姫へと代わったが、そのことについて君は、絶対に不服になど思ってはいけない。誠心誠意、妻となるカタジーナ姫に仕えるのが君の役目と心得よ」


 そんなことは言われなくても分かっていると思いながらも、ニクラスははっきりと了承の言葉を述べ、恭しく辞儀をした。



 そうして、両国を挙げての大々的な結婚式は王都の大聖堂で行われることになり、ニクラスは真摯な気持ちで結婚の誓いに答え、弟のようにわざとらしい振りではなく、きちんと花嫁相手に誓いのキスも行った。


 カタジーナ姫はニクラスよりも八歳も年下にあたる姫君ということだけれど、聡明な眼差しを持つ姫で、背はかなり高い。ハイヒールを履くとニクラスと同じ背の高さになるほどで、年齢は下ではありながら、妙な迫力がある姫君だった。


 披露宴でも花嫁を終始気遣い、何故か分からないが、披露宴会場で誘惑の言葉を吐き出すジョアンナ姫を軽くあしらい、最後まで花嫁に忠誠を誓って初夜の場へと移動をしたのだが・・

「ノンノンノンノン!今日は初夜といっても行為自体は行いませ〜ん!そのことについては両国の国王に了承済みとなっておりま〜す」

 と、初夜の花嫁はルーレオ訛りの言葉で堂々とニクラスに宣言をしたのだった。


「噂で聞きました〜けれども、あなたは一人の女性を大勢の男性たちで共有していたのですよね?それでは病気が心配なのは間違いないで〜す!病気を感染されて困るのは私たち女、病気が原因で不妊になることも多いの、最近の帝国の研究結果でも明らかになりました。ここまではOK?」


 花嫁は呆然とするニクラスを見つめて、OKサインが出たものと勝手に思い込み、うんうんと頷くと言い出した。


「私、父王にお願いして、オシモの病気のプロフェッショナルなお医者さんを呼んで来ましたの。とにかく一ヶ月はそのお医者さんの診察を毎日受けて貰って〜、それで大丈夫そうだったら、その時に初夜のことは考えましょう〜!」


 カタジーナ姫は寝室に置かれたソファに座っていたのだが、ニクラスは彼女の隣に座って項垂れた。


「私は一妻多夫の多夫には加わっていない!ユリアナと閨を一度として共になどしていない!」


「口では何とでも言えますケレド、それを証明なんて出来ないでショウ?それに、そのユリアナという女の人と寝ていなくても、他の女と寝ているかもしれません。複数の女と寝ること、それ即ち、病気を持っているかもしれないという条件に当てはまるのデス」


 そこでニクラスはまじまじと隣に座る姫君を見つめたのだった。

 年齢は十八歳ということで肌は輝くばかりに健康的で、鼻の上には小さなそばかすが少しだけ散っている。ルーレオ王国の直系に現れるエメラルドの瞳は生き生きと輝き、アッシュブロンドの髪の毛は緩やかなウェーブを描いて腰まで伸びている。


「アノですね、ここで『お前をアイすることはナイ!』と言ってもらっても大丈夫で〜す!良くある小説みたいなセリフですけど、私は全然、構いまセーン!」

「小説のセリフか・・」


 ニクラスは思わず項垂れた。


 今までラウタヴァーラ公爵家の二人の息子は、貴婦人たちに大人気。令嬢たちは誰もがニクラスやオリヴェルと結婚したいと考えて、熾烈な争いをしていたものだった。同世代にアドルフ王子が居たので、人気が分かれることはあったけれど、それでも、どんな女性だってニクラスの整った顔を見ればうっとりせずにはいられない。


 結婚の祝いのためにラハティ王国を訪れたジョアンナ姫の瞳はハートマークになっていたし、自分の妹であるカタジーナが花嫁であるというのに、ニクラスに対して秋波を送り続けていたのは間違いない。


 肝心の妹、カタジーナ姫の方はというと、完全にニクラスを性病患者扱いしている。本国からそれ専門の医師を用意して連れて来ていると言うのだが、屈辱だ、こんな屈辱的な初夜があっても良いのだろうか。


「公爵邸に戻ると、自分を中心に世界は回っているかのような感覚に陥るけれど、そんなことはないんだぞと叱って欲しかったです」

 こんな時に、弟の言葉を思い出す。

「とにかく兄上、初夜だけはボイコットせずに、新妻を大事に愛してあげてください」

 確かにそうだ、相手は八歳も年下の少女なのだから、大事にしなければならないだろう。


「私はカタジーナ様には触れません」

 ニクラスは両手を上げて宣言をすると、

「我が国は噂が大好きな国民性ゆえ、面白い内容であれば一晩に三千里を駆けるとも言われているのです。そんな王国から流れた噂が、あなたの国まで届いているとは想像もつきませんでしたが、途中でどのように話が膨らんでいるのかが分かりません」


 ニクラスは降参するように両手を上げながら言い出した。


「ですので、今日は私の話をしても良いでしょうか?幼いときに母が連れて来た、ユリアナという名前の少女と、私たち兄弟の話です。私たちがどういった関係性を築いていたのかを、まずは貴女に知ってほしいのです」


 カタジーナは『へーっ』という表情を浮かべてニクラスを見つめた。


「とにかく、お互いがどんな人間かも知らない状態ですので、まずは自己紹介から始めましょう。跡取りの問題はそのうちに・・とは思うのですが、最悪の場合は親族の中から養子を取るという手段もありますので」


「アナタの弟さんも、最近結婚したのデスよね?」

 カタジーナは弟夫婦に子供が生まれる可能性を言っているのだろうが・・


「弟も、私と同じようにやらかしたので、今でも白い結婚状態となっているのです。それがいつまで続くかは知りませんが、他人をあてにしても仕方ありません」


「それじゃあ、どんなことをヤラカシタのか教えてくれるのですカ?」

「ええ、もちろん」

 ニクラスは大きく頷いた。

「夫婦の間に隠しごとなど出来ません」

 そう答えながら、ニクラスは脱力して自分の足を投げ出した。



     *************************



 ここから噂話が広がって、お話がどんどんと展開していくのですが、明日も11時から更新していきたいと思います!!サラッと終わる予定ですので、本当に暑い日が続いてうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば幸いです!!

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