第13話

 舞踏会から帰宅後、簡単に着替えを済ませた私は、執事のグレンへ応接室に二人分のお茶を用意するように命じると、グレンもその場に残るようにと命じました。


 紅茶に手をつけずに座っていたオリヴェル様ですが、ユリアナ様とオムクス人の徒弟の話を聞くに従い、顔が青から白へと変色をしていきます。


「最近、オリヴェル様がオムクスの本拠地を叩かれたことですが、それはアドルフ殿下が王家に仕える影の者を動かして、オムクス人の徒弟の動きを調べ続けた結果なのです。幸いにも気が付くのが早かったので、ユリアナ様は決定的な情報を漏らすことはありませんでしたけど、彼女の口癖は『オリヴェルお兄様もニクラスお兄様も私にゾッコンだから、私がお願いすればいつでも三人でお茶会をしてくれるのよ』だったそうですわよ」


「グレンも本当に見たのか?」

「ええ、私が見た時には、徒弟は金の髪飾りをユリアナ様にプレゼントをされておりました。その髪飾りは今でもユリアナ様のジュエリーボックスに仕舞われております」


「ワイン業者の徒弟が純金の髪飾りをプレゼントしておりましたのよ?」

 私はオホホホホと笑いましたとも。

「おそらくオムクスはラウタヴァーラ公爵家を潰したかったのでしょうね」


 下手に線路の爆破なんてものを計画するよりも、終点となる港を管理する公爵家を没落させた方が手っ取り早い。ラハティ王国としても、今この時に、敵に密通をしたという理由でラウタヴァーラを潰す方が国として痛手を被ることになるのは間違いないです。


「俺は今日、どれだけカステヘルミからギャフンと言わされることになるんだ?」

 頭を抱えて唸り声を上げるオリヴェル様に同情するつもりはありません。本当の本当に、公爵家は没落一歩手前にまで行っていたのですから。


「まず第一の失敗は、ユリアナ様を引き取るなら引き取るで、公爵家の養子として戸籍に入れてしまえば良かったのです。そうすれば妹としていつまでも二人のお兄様とイチャイチャ出来ますし、公爵家の令嬢としての教育を受けることが出来て、高位の貴族としての矜持を学ぶことも出来たでしょう。ですが、庶子の血を公爵家に入れるのを憚った貴方たちはユリアナ様を自分の家族として溺愛しながら、子爵家の庶子という立ち位置のままで放置した。はたから見れば、これほど美味しそうに見える獲物もないと言えるでしょう」


 しかも頭の中があっぱらぱ〜の一妻多夫を望むような方なのですもの、そりゃ敵国オムクスだって目を付けることでしょう。


「そして第二の失敗は、仕事となれば他者の意見を良く聞く貴方たちは、邸宅に帰ると途端に下々の者の言うことを聞かなくなること。長年仕えているグレンですら、主人には絶対服従が魂の奥底にまで染み付いている。絶対服従となれば主人たちにとって都合の良いこともあるでしょうけれど、時には臣下が主を諌める覚悟を持たなければ、早晩その家は滅びることとなりますでしょう」


 実際に滅びかけていたしね、鉄道事業がなければ私もここに輿入れすることもなかったし、恐らくラウタヴァーラ公爵家は数年後には滅びていたことでしょう。



     ◇◇◇



「アドルフ殿下〜!」


 ラハティ王国の王太子である私が舞踏会場に向かうために廊下を歩いていると、満面に輝くような笑みを浮かべながらユリアナ嬢が私に飛び付いて来ようとしたのだ。


 私の後ろには、王命により朝一番から呼び付けられたニクラスが真っ白な顔となって脂汗をかいている。もちろん、ユリアナ嬢は私の護衛によって阻まれることになった。


「ユリアナ嬢、私は貴女に名を呼ぶ許可を与えていない。しかもこのような場で王太子である私に飛び付いて来ようとするなど、マナーを問うどころの話ではない。君たち、この令嬢に不敬罪を適用して牢屋にでも放り込んでおいてくれ」


 私の命令に従って、護衛たちは両脇からユリアナ嬢の腕を掴むようにすると、そのまま抱えるようにして移動をしていく。大声を上げられたら堪らないので、彼女の口は護衛によって塞がれている。


「令嬢がこのようにマナーを知らないのは問題があるし、ラウタヴァーラ公爵家とは少し話をする必要があるかな?」


 公爵夫妻と嫡男であるニクラスを連れて、私は舞踏会場からは離れた応接室へと移動をすることとなったのだ。


 ラウタヴァーラ公爵家は長年王家に仕えてくれる忠臣であり、仕事に関しては非常に優秀なのは間違いないのだが、選民的であるし、自己中心的な本質を露わにするところがある。そこが問題だなと昔から思ってはいたのだ。


 ニクラスと私は年齢が近いので、私自身が公爵家の邸宅に遊びに行くということがあったのだが・・


「ユリアナ、このお菓子が美味しいよ」

「ユリアナはこっちのお菓子の方が好きだよ!」


 ユリアナ嬢を間に挟むように密着して座った二人は、そんなことを言って、令嬢に菓子を食べさせているのだ。その菓子を食べさせられている令嬢の方も満更でもない様子であり、幼いながらも女の顔を覗かせる八歳児を見て、非常に嫌〜な思いをすることになったのだ。


 ニクラスやオリヴェルは、私同様に、貴族令嬢たちから熱烈な秋波を送り続けられ、辟易としているところがあった為、何の打算もない純粋な好意を示すユリアナ嬢に対して密かな恋心を抱くようになったようだ。


 何の打算もない純粋な好意?馬鹿を言うな、あれは『あざとい』以外の何ものでもないではないか。


 鉄道事業が進められる間に、王家には一つの結婚話が持ち上がることになったのだが、これをただ愚直に進めて行けば失敗するのは火を見るよりも明らかだ。だからこそ、最初に弟のオリヴェルと、非常に頭の回転が速く優秀なカステヘルミ嬢を結婚させることにしたのだ。


 彼女には私から何かを言うようなことはしなかったのだが、優秀な彼女であれば全てを察して、あっという間にユリアナ嬢を排除してくれるだろうと考えた。そんな優秀な彼女が取った手段は非常にユニークで、私は連日の報告を影の者から受けては腹を抱えて笑うことになったのだ。だがしかし、まさか敵国オムクスの情報が出てくることになるとは思いもしない。


 カステヘルミ嬢が居なければ、おそらくラウタヴァーラ公爵家は没落。我が国は大きな痛手を被ることになっただろう。令嬢にはいずれ礼をしなければならないな。


「アドルフ殿下、ユリアナがはしたなくも不敬な態度を殿下に取り、本当に申し訳ありません」


 応接室に移動をすると、まずは公爵が謝罪をして来たのだが、公爵とその妻は、最近王都を騒がしている『一妻多夫』の噂の出所が可愛いユリアナだということに気が付いたところであり、心労から夫人は数日寝込んだらしい。それでも、可愛いユリアナが皆から誤解を受けただけなのだと思い込んでいるのが今の時点。


「公爵、貴方は彼女があのような態度を取ったことだけが問題だと考えているのだろうか?」

「いや・・我々もユリアナが埒も無い噂の的となっているのは知っておりますし、殿下に対してあのような態度に出ているのは非常に大きな問題です。以降は領地に連れ帰って、きちんとした教育を・・」

「公爵、そういった問題では収まらないのだよ」


 そこで私は公爵と夫人に、ユリアナ嬢が敵国オムクス人と関わりを持っていたこと。その関わりを持っていた人物を追うことで敵の潜伏先を押さえることが出来たことを告げた。


「何でもあの令嬢の口癖は『オリヴェルお兄様もニクラスお兄様も私にゾッコンだから、私がお願いすればいつでも三人でお茶会をしてくれるのよ』だそうだよ。自分だったら二人の兄弟を意のままに操れるとでも言いたかったのかな?」


 ここまで言うと、夫人の方が涙を流して蹲る。全くもって一欠片の同情も湧き上がっては来ないけどね。


「君のところに輿入れしたカステヘルミ嬢は非常に優秀な人間でね、使用人の隅々に至るまで彼女は配慮をし続けてくれたのだが、そうしたら庭師の一人が言い出したのだそうだよ。ユリアナお嬢様がオムクス訛りの男と非常に親密な関係を築いているようだけれど、オムクスは敵国ですよね?大丈夫ですかとね?」


 そこで公爵が憤慨した表情を一瞬見せたのだが、すかさず釘を刺しておいた。


「カステヘルミ嬢が君たちにそんな話をするわけがないだろう?君たちがユリアナ嬢に対して盲目的なのは間違いないし、隠蔽を図るのは目に見えている。ユリアナ嬢をとりあえず王都から移動させるくらいのことはしそうだけど、オムクスは獲物を逃さない。いずれユリアナ嬢は捕まり、公爵家の情報を吐き出させられていたことだろうからね」

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