第12話

 私はラウタヴァーラ公爵家に執事として長年勤めるグレン・ペルトラと申します。我がペルトラ家は代々、ラウタヴァーラ公爵家に仕える家であり、公爵家に対しては絶対服従の姿勢を幼少の頃から叩き込まれます。


 奥様の従兄の妾腹の子供であるユリアナ様を公爵家で引き取ると言い出した時にも、主人が決めたことであるのなら否とは申しません。正妻とその子供たちに虐められていたユリアナ様は人品も良く、皆に可愛がられるような性格のお子様でしたので、使用人一同、公爵家の方々同様にお仕えするように致しました。


 親族の方々はもちろん不平不満を申し上げていましたが、そんなことなど気にしなくても良いほどの権力を公爵家は持っておりますので、何の問題もございません。こうして、公爵家でお引き取りになったユリアナ様は、何処かの家に嫁ぐまでは責任を持って面倒を見ることとなりました。


 周りの貴族の方々はその言葉を聞いて、公爵家には二人の子息がいらっしゃるので、そのどちらかに嫁がせるつもりなのでは?いやいや、結局は子爵家のしかも妾腹の子なのだから、他所に嫁に出すのではないだろうかと推察します。


 公爵家と縁続きとなりましたら、家としての繁栄は約束されたようなもの。容姿も美しく優秀な公爵家の御令息たちと縁を結ぶのは難しいけれど、子爵家の妾腹の庶子であるユリアナ様なら十分に可能性があると考えて、ユリアナ様を取り込もうと考える貴族も増えていくばかりとなりました。


 ユリアナ様がお出かけになると、どの貴族も、ユリアナ様のことを下にも置かぬ扱いをしたのは間違いありません。ユリアナ様に対して媚を売り、ユリアナ様を煽てるようにして接していたことと思います。


 複数の貴族令息をユリアナ様が侍らしていたという話をお聞きした時には、さもあろうとも思いました。それだけ多くの貴族がユリアナ様と縁を結んで、ラウタヴァーラ公爵家のおこぼれに与ろうと考えていたのですから。


 そのような状況でしたので、ユリアナ様のことを気に食わない令嬢ばかりが増えていくこととなりますし、何かがあると、ユリアナ様を大切な妹として扱うニクラス様とオリヴェル様が庇うように出ていくのです。嫌な流れだとは思いましたが、私どもが何かを言うことなど出来るわけもございません。


 王家が旗振りとなって鉄道事業計画が進められていく中で、公爵家の次男であられるオリヴェル様の結婚がお決まりになりました。


 最近では公爵家のお二人がユリアナ様への恋情を隠しもしないことは明らかです。私どもの見立てでもニクラス様の方が優勢でしたので、見込みの薄いオリヴェル様が先駆けて結婚するのはとても良いことだと思いました。


 オリヴェル様のお気持ちはどうであれ、ほぼ王命のような形で娶られたお相手なのですから、ご夫婦仲良くあって欲しいと使用人一同考えていたのは間違いありません。ですが、やはりオリヴェル様はユリアナ様への恋情を忘れることが出来ず、初夜の場にも訪れることをせず、新妻を無視することをお決めになったようでした。


 これでは妻となるカステヘルミ様は激怒されることでしょう。すでにユリアナ様とも顔を合わせておりますし、オリヴェル様の愛情を一身に受けるユリアナ様に対して、嫉妬と憎悪で攻撃的な行動に出ることも考えられます。


 ユリアナ様が傷つけられては堪らないと、私は警戒感も露わにカステヘルミ様を監視するようなこともしたのですが、後から自分のその行為を大きく恥じることとなったのです。


「グレン、申し訳ないのだけど少しの時間だけ、私に付き合って欲しいのだけれど」


 ある日、私に対してそう言い出したカステヘルミ様は、後ろからついて来るようにと仰いました。今日は専門の業者が注文をしたワインを運んで来る日でしたので、ワイン樽や瓶を積んだ馬車が公爵邸の裏手の方へと移動してくる姿が目に入ります。


 ワインを運んで来たのは数人の徒弟で、私とカステヘルミ様は木の陰に隠れてその姿を眺めていたのですが、そのうちに、裏口の方からユリアナ様がとても嬉しそうな様子で現れて、徒弟の中でも一際背が高い若者の方へと声をかけられました。


 どうも二人は顔馴染みのようで、はしゃいだように会話を続けている間、何度もユリアナ様は男の肩を叩いては、嬉しそうに笑い声をあげております。男の方は自分のポケットから髪飾りのようなものを取り出すと、ユリアナ様の髪へと直接飾り付けているようです。


 嬉しそうにユリアナ様がハグをすると、男は嬉しそうにひとつ頷いて、ワインを運び終えた他の徒弟たちと一緒に馬車で公爵邸から出て行ってしまいました。その姿をしばらく見送ると、ユリアナ様はスキップをしながら邸宅の方へと戻っていきます。


 これが公爵家の令嬢がしていることなのであれば、大問題なのは間違いないことだと言えるでしょう。ですが、ユリアナ様は身分的には子爵家の庶子。その立場であるのなら、下々の者との触れ合いも許されることとなるのです。


 オリヴェル様の妻として輿入れされてきたカステヘルミ様は、麗しいご兄妹の仲を応援するとか、遠くから見守るとか、口では言っておりましたが、やはりユリアナ様のことが気に食わなかったということなのでしょう。


 さあ、これからどうやってユリアナ様をお庇いすれば良いのだろうか。

 そんなことを頭の中で考えていると、カステヘルミ様は言いました。


「さっき、ユリアナ様が話していた背が高い男なのだけれど、あの男、オムクス人なのよ」

 思わず生唾を飲み込みました。

「庭師のアランのおばあさまがオムクス人なのだけれど、そのおばあさまと同じようにオムクス訛りがあるのですって」


 庭師のアランの血の繋がらない祖母がオムクス人だということは、採用の時に調べているので知っております。祖父の再婚した相手がオムクス人だったのですが、今はすでに亡くなっていることが確認出来たため、採用をした男です。


「敵国の人間とあれだけユリアナ様が仲良くしているようだけれど、グレンはどう思う?あの調子では公爵家の情報を聞かれるままに答えているようにも思えるのだけれど」


 非常にまずいことになったのは間違いありません。


 ユリアナ様がもしも何かの情報を流していたとすれば、ラウタヴァーラ公爵家は王家から謀反の疑いをかけられて、最悪の場合は爵位の剥奪もあり得ることとなるのですから。


「私はユリアナ様の『一妻多夫』を応援しようとしていたのだけれど、なんだかまずいことになったわよね」

「カステヘルミ様『一妻多夫』とはなんなのでしょうか?」

「まさか!あなた!分かっていらっしゃらなかったの?」


 長年執事として仕えているのに、究極の馬鹿じゃない?そんな眼差しでカステヘルミ様は私のことを見つめています。


「この世の中には一夫多妻という制度をとる国があるのと同じように、一妻多夫を勧める女戦士が住む南の島というものもあるのです」


 カステヘルミ様は、何の話をしているのでしょうか?


「一人の女性がたった一人の男性を愛するのではなく、多くの男性を同じように愛するのです。男性たちとしては、たった一人の女性を共有するのですが、忌避感を抱くことがありません。大勢でたった一人の女を愛していくのです」


 うーんと・・


「ユリアナ様がニクラス様とオリヴェル様を同等に愛しているのに気が付きませんか?公爵邸の外に出たら、複数の男性に同等の愛情を向けていることに気が付きませんか?そもそもグレン、貴方だってユリアナ様に狙われている男性の一人なのです。過剰なほどのボディタッチを貴方は喜んで受け入れているようですけれど、複数いる夫のうちの一人に成り下がるのも時間の問題だと私は考えているのですよ?」


「ま・・ま・・まさか!ユリアナ様が私に触れるのは親愛からのもので」

「貴方、鼻の下が伸びていましたわよ」

「まさか!」


 私が思わず自分の鼻の下を触れると、カステヘルミ様は呆れたように言いました。


「若い娘に親しげに声をかけられて、肩や腕なんかに触れられれば、貴方のような老いた男でも好意的に感じてしまうものよ。しかも八歳の時から面倒を見ているお嬢様なのだもの。侍女頭だってあなたと同じように喜んでいた。だけどね、彼女は自分の得になる人間には親しげにしているけれど、価値が低いと思われる使用人には挨拶一つもしない人なの。高貴なる公爵家の人間である自分は、仕える下々の者たちを気に掛けるいわれなどないと考えているの。貴方も執事なのだから、下々の声をもっと聞いて回りなさいよ。公爵家に仕える人間でどれだけの人間が彼女のことを好ましいと思っているか、嫁いだばかりの私の方が把握しているだなんて、呆れ返るにも程があるわ!」


 ぐうの音も出ないと言うのはこの時のことを言うのでしょう。


 私も侍女頭も、大事なユリアナ様のことを、時には自分の娘や孫のように考えていたのは間違いないことであり、異なる意見を持つ者は公爵家にそぐわぬ人間だと判断するようになっていたのですから。


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