第11話
北東に位置するオムクスという国があるのだけれど、この国と我がラハティ王国は非常に仲が悪くて、数年前に起こった北方部族の武力蜂起についてもオムクスが暗躍していたという話は有名です。
ルーレオ王国からラハティ王国へ鉄道を通す案が可決し、両国はより緊密な関係を維持していくことになるのだけれど、これを阻止したいと考えているのがオムクスであり、鉄道工事を頓挫させるための爆破テロなども計画されているという噂が出てくるほど物騒です。
そんな訳で、一時期は殿下の側近として専属の護衛も任されていた私の夫ということになっているオリヴェル様が再びアドルフ王子に呼び出されることになって、王都に潜伏していると思われるオムクスを捕まえる部隊の隊長を任されることになったみたいなの。
結婚式を挙げてから二十五日間、私は一度としてオリヴェル様と顔を合わせることはなかったのだけれど、実際、公爵邸を不在にされることが多かったみたい。公爵邸に帰って来た時には三人でお茶会をしていたのは、それがいつものルーティーンだから。ユリアナ嬢はオリヴェル様にとっての癒しだったということなのでしょうね!
オムクスの諜報員が潜入する大きなアジトの摘発が無事に終わり、ことがことだけに国王陛下にご報告に上がるために王宮に向かったところ、アドルフ王子に今度の舞踏会には私をきちんとエスコートするように言われたのですって。
夫を良いように使っているというか、利用しているアドルフ王子としては、カケラばかりの憐憫の情でもあったのかしらね。とにかく私をエスコートしろって言うので、エスコートをして舞踏会場に向かったところ、これはまずいと流石に理解が追いついたみたい。
「カステヘルミ!俺が悪かった!」
そう言ってオリヴェル様が馬車の中で土下座したのだけれど、こんなに狭い馬車の中でも土下座って出来るものなのね。
「新婚の妻が皆に祝福される場だというのに、俺は完全に失念をしていた!更に今までの数々の無礼な態度!断首されてもおかしくない行い!謝罪しても許されることではないとは思うが!とにかくここで一度!謝らせてくれ!」
あらあらあら、断首だなんて大袈裟な。
「オリヴェル様、どうぞお顔をお上げくださいませ」
私は完璧な淑女と言われた女なのよ。にこりと笑って、土下座するオリヴェル様にとりあえずは座るように言いました。
「オリヴェル様とニクラス様とユリアナ様は、とっても仲の良いご兄妹。そのように振る舞っていることは知っておりますの」
ここで何も言わずに私の話を聞く姿勢を見せたオリヴェル様は、とりあえずは馬鹿ではないのだなとは思います。
「ですがね、私の友人たちが言いますに、ユリアナ様はラウタヴァーラ公爵家の寄子となる貴族家のうち、顔立ちがそれは麗しい男性に限ってお声をかけ、楽しげに交流をするそうなのです。今まで分かっている限りで三件もの縁談を破談させていると言いますし、その破談となった三人の若者たちはティーパーティーなどで、三人揃ってユリアナ様に侍っているのだそうですわ」
ここでも何も言わずに話を聞く姿勢を見せるオリヴェル様は、それなりの男なのかもしれませんわね。だって普通、自分の好きな女性が複数人の男性を侍らしているだなんて言われたら、落ち着いてなんかいられませんもの。
「そうして公爵家でもまたお茶会となると、ユリアナ様は、オリヴェル様、ニクラス様を左右に侍らせておりますわよね?」
オリヴェル様は真面目に黙って私の話を聞いております。
「兄妹仲が良い、確かに私もそう思っておりましたが、ユリアナ様の眼差しも、オリヴェル様やニクラス様が向ける眼差しも、兄妹のそれとは違うことには気が付いておりますの。そもそも、ユリアナ様は正式に妹として公爵家の籍に入れた訳でもないのですから、恋情を否定する必要もないのですわ!」
すっごーい!全然表情が変わらない!だけど、真面目に私の話を黙って聞いているわ!
「我が国も昔は王家が一夫多妻となっておりましたし、周辺諸国では今でも一夫多妻を許された王家もありますもの。南の国では平民でも一夫多妻が許されているというし、女戦士が住み暮らす南の島では一妻多夫を推奨しているという話も聞いたことがありますの。周りの皆様は揃って、ユリアナ様が一妻多夫を望まれているのだろうと申します。そのお話を聞いて私はなるほどな、だからあのようなお茶会が開かれるのだなと感心いたしました」
おお〜、まだ表情が変わらない。
「オリヴェル様、私はユリアナ様による一妻多夫を応援しておりますの。すでにこの話は公爵様やパウラ様にもしておりますし、私の署名入りの離婚申請書もお二人にお渡ししておりますの」
この時、ようやっとオリヴェル様の表情筋がピクリッと動きました。
「私は貴方たちの愛の形を応援します。ですが、形ばかりのお飾りの妻であっても、いずれは邪魔に思うでしょう。今はまだ直接的に顔を合わせないようにしておりますが、愛するユリアナ様が、恐らく私の存在自体を気に食わないと思うでしょう。そうなった場合にはすぐに離婚できるようにと差配しておりますし、公爵様たちも了承されております」
にっこりと私が笑うと、オリヴェル様の表情筋が再びピクリと動きました。
王都にある公爵邸は王宮のすぐ近くにありますので、馬車はあっという間に公爵邸の前へと到着しました。
御者がエスコートをしてくれたので、御者の手を取って私は馬車から降りました。
どうやら先ほどの様子を見るに、私が離婚申請書を記入済みで渡していたことを知らなかったみたいですね。なにしろ、自分の母親が『一妻多夫ショック』で寝込んでいることも知らなかったオリヴェル様なので、色々と知らないことが多いのでしょう。
今の話を聞いてさっさと離婚をしてくれると良いのだけれど。まあ、ここで離婚をしたらラウタヴァーラ公爵家の地獄が始まることとは思いますが、そんなことは、正直に言って私には関係ないことかな?
「カステヘルミ様、オリヴェル様、おかえりなさいませ」
出迎えてくれた執事のグレン・ペルトラにそう言われるまで、私は自分の後ろにオリヴェル様が居ることに気が付かなかったわ!馬車に残ったままだと思ったのに!
きゃっ!と声をあげそうになったけれど、私は淑女の中の淑女と言われているのでそんなことはやらなかったわ!エスコートするようにオリヴェル様が手を差し出して来たけれど、
「エスコートはご遠慮します」
と、私が言うと、即座にオリヴェル様は自分の手を引っ込めました。
それではさようなら、と、一礼をして私が自分の部屋に戻ろうとすると、オリヴェル様が付いて来る。オリヴェル様は背が高いので、後ろから付いて来られると巨大な壁が付いて来るように感じて圧迫感が凄いわ。
「それではオリヴェル様、おやすみなさい」
そう言って私が辞儀をしている間に、オリヴェル様は私の部屋へと入ってしまいました。
これが、色仕掛けをしかけようと考えての行動だったら私も流石に激怒したのですけれど、私を見下ろすオリヴェル様の顔を見上げて、私は考えを改めることに致しましたの。
「オリヴェル様、貴方、まるで戦争に負けて捕虜になって敵軍の将の前まで引き出されてきた兵士みたいな顔をされていますけれど?」
私自身は捕虜なんか見たこともないのですけど、今、目の前に居るオリヴェル様はまさにそれ、という風に感じましたの。
完全なる自身の敗北を認め、敵将(私)の前で屈服の意思を示し、私に反抗はしない、従順に従うとしながらも、起死回生を狙って目がキラキラしているようにも感じるのです。
「戦争に負けて、捕虜になって、敵軍の将の前まで引き出されてきた兵士か・・これほど的確な言葉もないだろう」
私の前に跪いたオリヴェル様は私の手を取ると、何かを誓うようにして自分の額に私の手を当てました。
「私、オリヴェル・アスカム・ラウタヴァーラは、我が妻、カステヘルミのため、剣となり盾となること。世の暴虐に逆らい、我が妻を生涯守る守護者となり、忠誠と愛情を捧げる。我が誓いを受け取らんことを願う」
「騎士の誓いは素晴らしいことと思いますが、愛情はちょっと〜いらないかな〜」
あまりに大袈裟なことを言い出した為、思わずそう言って私が笑ってしまうと、
「もちろん愛情も捧げる、忠誠もだけどな」
と言って、オリヴェル様はにっこりと笑って立ち上がりました。
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