第10話

 北方に位置するラハティ王国だが、北端には昔から住み暮らす部族というものが居て、我らラハティ人とは容姿も異なる人々であるけれど、遥か昔からその地に住み暮らす人々だった。


 北海を移動するアザラシを狩猟して生業とする部族ということにあたるのだが、俺、オリヴェル・アルカム・ラウタヴァーラが十六歳の時にこの部族が武力蜂起をすることとなり、当時軍に所属していた下っ端将校の俺は鎮圧のために向かうことになったのだ。


 北の部族は狩猟のために、弓矢や長槍なんかを利用する。彼らが手に入れたライフル銃なんかは少数程度のもので、鎮圧は簡単に出来るものと判断された。


 だけど、彼らは複雑な地形を細部に至るまで十分に理解をしているし、例え文明的な武器がなかったとしても、罠を張り続けて地道にこちらの戦力を削り続けた。なにしろ夏になっても毛皮が必要なほど寒い地域であるため、

「やろうと思えば一日で落とすことが出来るだろう?後はお前に任せたよ」

 と言って、上官たちが下っ端将校である俺に丸投げをして帰って行ってしまったのだ。


 上官の言う通り、やろうと思えば一日で落とすことは可能だ。


 彼らの拠点はすでに探り出しているので、野砲とライフル銃を用意して皆殺しにすれば良いのだから。最初は女子供が犠牲となるだろうけれど、いずれは潜伏していた男たちも表に出て来ることになる、それを片っ端から殺せば話は早い。上官は簡単なことだからお前がやれと言ってケツをまくったのだが、危険な罠の匂いがプンプンとする。


 北の部族はアザラシを狩猟して生計を立てているのだが、彼らが狩猟するアザラシや大型の鹿や熊の毛皮は、我が国にとっては生活に欠かせない物だと言えるだろう。


 王家に対して反旗を翻したのだからということで殺すのは簡単だが、優秀な狩猟民族を失うことは国としても大きなダメージになるのは間違いない。それに、ここで皆殺しを選択したとして、王家はその結果に喜ぶのだろうか?


 今の世の中、一つの国の中だけでやり繰りなんて出来る訳もなく、周辺諸国との協力関係は非常に重要なものとなってくる。


 自国民の蜂起すらまともに鎮圧も出来ず、先住民族とも言える人々を皆殺しにした。そんな醜聞が広まれば、周辺諸国はラハティ王国と距離を置くことになるかもしれない。自国民をまともに管理出来ない国と協力関係を結んでしまえば、こちらが割を食うこともあるだろう。今は距離を置いて、離れて様子を見て・・そんなことをされている間に、我が国は衰退することになるに違いない。


 結局、上官に丸投げをされることになった俺は、そこから自軍を動かすようなことはせず、族長たちと交渉が出来るかどうかに時間を使い続けることにしたのだが、結局、武力による衝突はその後、一度として行わずに平和的な解決へと導いた。


 元々の原因は、北方部族を管理する貴族が代替わりをして、部族に対して重い税を課するようになったから。後々調べてみたところ、代替わりした責任者は税の金額を動かしたことは王家に報告をせず、中抜きをし続けていたということが判明。


「アザラシの皮一枚にそこまでの税をかけられるなど、我々はそれでは生きていくことなど出来ませぬ!であるのなら、抗議のために武力蜂起をしてみろと言われまして、武器なども援助してくださることになったのです」


 白髭の族長は泣きながらそう訴えたのだが、どうやらこの騒動の裏には、我が国とは非常に仲が悪い国が絡んでいたようなのだ。後に部族への武器の供与はその仲が悪い国によって行われていたことも判明。


 俺はその時の功績を理由にアドルフ王子に気に入られて、専属の護衛としても抜擢されることになったのだが、殿下はこうもおっしゃっていたのだ。


「オリヴェル、北方部族の鎮圧に成功した君にいちいち言うことでもないと思うが、君はその勘というものを大事にした方が良い。君が取り仕切る部隊は一度として敵の罠に嵌ることがなかったと聞くが、君は特にこの勘が鋭いのだと私は思う」


 そんなことを殿下に言われていた俺だが、舞踏会に参加をした俺に、殿下が言うところの勘という奴が囁いてくる。


「カステヘルミ」

 友人たちの方へと移動をしようとする俺の妻を抱き寄せると、俺は彼女の頬にキスを落としながら言い出した。

「今日はもう帰ろう」

 周りはキャーッ!と黄色い悲鳴をあげているが、俺の妻は人を殺しそうな目で俺を見上げている。


「俺の所為で、今日の君は華やかな舞台にそぐわない」

『そりゃそうでしょうね、こんなドレスで来ているのですから』

 と、妻が無言のまま、榛色の瞳で語りかけてくる。


「俺は今まで多忙で君を構ってやることが出来なかった。これからは時間も作ることが出来るから、一緒にドレスを買いに行こう」

『えっ?嫌ですけど?』

 と、妻が無言のまま、榛色の瞳で語りかけてくる。


 周囲に集まった無言の妻の友人たちが、同じように瞳で語っているようだ。


『何あの男、意味が分からないんだけど』

『あれじゃない?ようやっと自分の立場が分かったとか?』

『馬鹿にも程があるでしょう?』

『死ねば良いのに』

『一妻多夫男、もげて死ね』


 こっわ!

 戦略的撤退を即座に選んだ俺は、妻のそれはほっそりとした腰に腕を回すと、くるりと出口の方に向かいながら、

「カステヘルミ、ごめんね。本当にごめん、ドレスは君の魅力を倍増する、世界で一番素晴らしいものを作るからね」

 と、甘い声で語り続けた。


 これで周囲は何かの手違いであんなドレスを新妻が着ることになったのだろうと判断する(と思う)。俺が甘い声で囁くなんて、生まれてこの方一度としてしたことがないので、年若い令嬢たちのざわめきが凄いことになっているので、

「カステヘルミ、愛しているよ」

 周りに聞こえるような声で俺は言いながら、彼女の頭にキスを落とす。


 ちなみに、我が妻は頬にキスを落とされ、頭にキスを落とされ、怒髪天を衝く勢いで怒りまくっているようだが、彼女は完璧な淑女とも言われる人なので、決して表に出すことはしない。


 それを良いことに俺は颯爽と彼女を外に連れ出し、用意された馬車に彼女と一緒に飛び乗ると、カステヘルミは、それは鮮やかな笑みを浮かべながら言い出した。


「旦那様、貴方様が私の名前を覚えているとは思いもしませんでしたわ!」

 こえーっ!そういえば俺、妻の名前を今まで呼んだことすらなかったな!


 間違いなく、カステヘルミは大将格の人間だ。頭の回転が非常に速く、非常に優秀で、立場もある側近たちにも恵まれている。恐らく側近たちによる情報戦がすでに繰り広げられているところなのだろうが、俺は一歩二歩どころか、三歩も四歩も出遅れたのは間違いない。思い返してみれば、俺は最初から完全に思い違いをしていたのだ。


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