第9話
噂大好きなラハティ王国では、『一妻多夫』を望む貴族令嬢の話は一夜で三千里を駆ける勢いで広がっていったの。一応、下々の者にはそれが誰なのかなんて誰も分からないのだけど、内容が面白すぎるのだから仕方がないわよね!
男性で複数の愛人を抱えるということは世の中に多くあるとは思うけれど、それがうら若き女性だっていうのよ?男の方も大勢で一人の女性を共有するっていうことに対してどう考えているんだろうって思いますし、
「破廉恥だわ!」
と、貴婦人たちは、形ばかりに憤慨はしているのでしょうね。面白いから最終的には許すんだと思うけど。
公爵家に引き取られたというユリアナ様だけれど、きちんとデビュタントはしているものの、公爵家の身内が集まるような茶会や夜会にしか参加したことが無かったから、実際に彼女の姿を見たという人が意外に少なかったというのもあるのだけど、分かっている人には一妻多夫を望んでいるのが誰なのかなんて余裕で分かっちゃうことなのよね。
内容が内容だし、公爵家の醜聞にも繋がる話でもあるため、とりあえず今のところは話半分程度で聞いておきましょう。次男が結婚したということでもあるし、公爵家の方々も揃って王家主催の舞踏会に参加するだろうから、そこで確認をしてみましょう。みたいな感じになっているのよね!
もちろん私はこの舞踏会で、一妻多夫を心から応援している新妻を演じるつもりでいるの。自分の夫の恋心が、良く分からない昔から一緒に住んでいる女に持っていかれた?そんなことを周りから推察されて、哀れみの眼差しで見られるのだけはダメよ!それじゃあちっとも面白くもないもの!
義父と義母にエスコートされてユリアナ嬢もようやく到着したようだけれど、彼女はすっごく嬉しそう!周りの視線の鋭さに全く気が付かないというのは天性なのだと思うわ!
ラハティ王国は冬がやたらと長い国であるので、春ともなると多くの人々が結婚をするの。そうして夏を迎える頃に行われる王家主催の舞踏会では、私たちは幸せにやっていますという報告の場にもなるし、幸せそうな新婚夫婦が集まることでも有名なの。
このパーティーでは新婚の夫婦は互いの色を使って入場するのだけれど、私たちほど伴侶に関係ない色合いを着ている夫婦は居ないわね。一応、オリヴェル様が使用しているネッカチーフが榛色ではあるけれど、取ってつけた感が満載すぎて笑えちゃうわ。
それにしても二十五日ぶりに見た私の夫だけれども、顔だけは良いのよ、顔だけは。あと、体付きも逞しく足も長いかもしれない。近衛として王族の専属護衛となるほどの腕は持っているだけあって、動く時に筋肉質な獣のようなしなやかさはあると思う。
だけど、それだけよ。
このパーティーで私にドレスを贈らないだなんて、頭が空っぽすぎてマジで笑えるんですけど。
「カステヘルミ!」
「カステヘルミ!いらっしゃったのね!」
「まあああ!」
私の悪友たちは喜んで挨拶に来た風を装いながら、私のドレスを見てわざとらしいほど驚きの表情を浮かべる。これは事前に仕込んでいたので、三人三様、とっても良い働きをしているわ!
「カステヘルミ・・あなたそのドレス!」
「一年前にも着ていたものじゃない!」
一応、コソコソ小さな声でそう驚きの声をあげるリューディアは、本当に優しい子だと思うわ!周りには聞かれないようにコソコソと言ってくれたんだけど、隣に立つオリヴェル様がギクリッと体を硬直させている。
そう、このドレスは一年前に仕立てていて、一度、舞踏会にも参加したことがあるものなのよ!公爵家の!しかも次男とはいえ!近衛にも勤めていたオリヴェル・アスカム・ラウタヴァーラの妻が!晴れの場で昨年着用済みのドレスを着るだなんて!噂が大好きなラハティ王国でやるには自殺行為にも等しいわ!
すると、ヴァルケアパ公爵家のエヴェリーナ様が私に声をかけて来たの!ヴァルケアパ公爵家と私の嫁ぎ先であるラウタヴァーラ公爵家とはライバル関係の家よ!
「カステヘルミ様!まああああ!なんてことかしら!」
エヴェリーナ様は驚きを隠しもせずに声をあげると、私の手を握りながら言い出した。
「鉄道事業はお金がかかることは勿論知ってはおりますが、これはあまりにもではありませんか!」
昨年着用済みのドレスを晴れの舞台で着ていますからね?ここでライバルであるヴァルケアパが追及しないわけがありません。ラウタヴァーラ公爵家は新妻のドレスを買うことも出来ないのかアピール!有り難うございます!
「ああ!私が男だったら良かったのに!そうしましたら、私がカステヘルミ様を妻と迎えることが出来ましたのに!」
「エヴェリーナ様、それを言ったらお終いですわ!私だってどれほどまでにエヴェリーナ様が男であればと思ったことか!」
鉄道をどっちに通すで負けたヴァルケアパ公爵家だけれど、結婚するのに丁度良い子供は居たのよ、令嬢だったけれども。我が家は中道派なので、どっちの公爵家に嫁がせても良かったんだけど、エヴェリーナ様の十歳以上離れている二人のお兄様はすでに結婚をしていたしね。そんな訳でオリヴェル様に白羽の矢が立ったのだけれど、とんだはずれクジを引いたなって思っています。
「カステヘルミ様!離婚したらいつでもうちの寄子の中でも優秀な男を紹介いたしますわよ!」
エヴェリーナ様の言葉に、隣に立っていたオリヴェル様がずいっと前へと出て行こうとするので、思わず止めるようにして私自身が前に出ながら言い出したの。
「それは大丈夫よ!エヴェリーナ様!私の将来はもうどうでも良いの!」
はい!ここで悲劇のヒロイン誕生です!
「私はオリヴェル様たちを応援しているのですから!」
たちってところがポイントよ!ここで、私が一妻多夫を応援していることをアピール!後の美談として語ってくれることでしょう。
「それじゃあ、カステヘルミ様はご自分の子供を諦めるというの?」
クリスティナ様、意味深な質問、ありがとうございます!
「いいの、それはいいのよ」
「そんな・・信じられない!」
ここでエヴェリーナ様が憤慨するまでが、用意されたお芝居。私は今後、オリヴェル様と(気持ち悪いから)閨を共にすることもないし、子供を作る気もないのだけれど、それを私が原因ということにされると困るので、あえてこの舞踏会で宣言しておいたのですよ。
一妻多夫を望むユリアナ嬢の多夫枠に入るオリヴェル様は、多情なユリアナ様に操を立てているので、ほぼ王命で娶っている妻が居ても手を出すなどということはしないでしょう。(実際に初夜にも訪れないし、その後放置をしているので、白い結婚状態になっていますしね!)
そんな訳で、公爵家の嫁としては、周りの貴族や親族連中から、子供はまだか、子供はまだかと言われる未来は目に見えていたのですけれども、そんなことを言われたところで困っちゃう!っていう感じにしたのです!
例えゆるあな・・あら間違えちゃったわ!淑女としてハシタナイですわよね!
例えユリアナ嬢が妊娠をしたとしても、なにせ一妻多夫ですもの!生まれた子供が誰の子供かも分からない状態となるのは当たり前のことですので、公爵家の跡取りにするわけにはいきません。
だったらお飾りの私がオリヴェル様の子供を産めば良いだろうっていう流れになりそうですけど、私、断固拒否するつもりでおりますのよ!
すでにひっそりと私が白い結婚だという噂は(例え口止めをしたところで)広まっている状況ですので、白い結婚のまま離婚をするつもり!ユリアナサマ妊娠→誰の子か分からず→お飾りの妻を妊娠させれば良いだろう→そこまで来たら、大騒ぎをする所存!
ここまで酷い醜聞があるのだから、ラウタヴァーラ公爵家を潰してやろうかなくらいには思っておりますの。
「もう、私、耐えられないわ!カステヘルミ様、一緒に行きましょう!」
友達思いのマリアーナ様が怒りで震える演技をしながらそう言うと、私はマリアーナ様の手を取って、皆様と一緒に退場する。
丁度、ユリアナ様も到着しているし、ここに私は必要ないでしょう!
精々、一妻多夫を皆に主張して、社会的に死ね。
私は心の中でそう罵りながらも、笑顔でマリアーナ様の手を取ろうとしたの。
だけど何故だろう、オリヴェル様がエスコートしている私の手を離さない。何故だか知らないけれど離さない。
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