第8話

 結婚式を挙げてから実に二十五日ぶりに自分の妻となった女の顔を見ることになったのだが、彼女は白皙のような肌を持ち、ウェーブを描くハニーブロンドの髪は、可愛らしい顔の周囲を彩るようにしてクルクルと回転しているように見えた。


「オリヴェル様、本日はエスコートして頂き有り難うございます」

 俺の妻は他人行儀にそう言うと、それは美しいカーテシーをして見せる。

「まあ!カステヘルミ様ったら!オリヴェルお兄様の色が一色も入っておりませんわ!」


 後からエントランスホールにやって来たユリアナが、思わずといった様子で驚きの声をあげているのだが、確かにカステヘルミの着ているドレスには一色たりとも俺の色は加えられていない。


 黙ったままカステヘルミが微笑を浮かべると、執事のグレンが、

「ユリアナ様、ドレスがとっても似合っていらっしゃいますよ」

 と、少し強張った笑みを浮かべて言い出した。


 ユリアナは紺碧の美しい色合いのドレスを身に纏い、結い上げたピンクブロンドの髪を飾る無数のリボンの中にアクセントとして、銀色のリボンを一つだけ取り交ぜている。


「お兄様たちが身近に感じられて心強く居られるのです」

 と言って銀のリボンを一つだけ利用するのがユリアナの流儀なのだが、今日も彼女はとても可愛らしい。


「オリヴェル様、馬車がすでに用意出来ていますので、カステヘルミ様と先に出発くださいませ」

「ああ、分かった」


 今日は夫婦になって初めての舞踏会ということになる。兄のニクラスは所用があってすでに王宮の方へ向かっているし、ユリアナは父上や母上と一緒に会場へ向かう予定でいる。俺だけが新妻と一緒に馬車で移動ということになるのだが、ここは苦言を呈さないわけにはいかないだろう。


「君は何故、私の色を身に着けていない?」

 ユリアナでさえ、髪を飾りつけるリボンの一つに銀を加えているのだ。私の妻は、私の瞳や髪色のものを用意も出来ない愚鈍な女ということになるのだろうか?

「今日が俺たち夫婦の初の舞踏会になるのは十分に理解しているのだろう?」

「まあ!このドレスはパウラ様が選んで下さったものですのに、やっぱりオリヴェル様はお気に召されなかったのですね!」


 カステヘルミの大きな榛色の瞳が俺を見つめ、彼女はニコニコと笑いながら言い出した。


「私もこの日に舞踏会があることは知っておりましたが、初回のドレスや装飾品は夫となった人が贈ってくるものと思っていたのです。ですが、前日になっても届きませんので今回の舞踏会は欠席なのだと判断しておりましたが、今日になってパウラ様から、舞踏会には行かなければ絶対に駄目だと言われましたの」


 カステヘルミは自分の頬に片手を当てて、小首を傾げながら言い出した。


「そんな訳で、伯爵家から持参したドレスを全部出してどれにするかという話になったのですが、やはり当日に言われましても、パウラ様の望むようなドレスなどあるわけもありません。それでも探して、探して、これならばまあ、大丈夫だろうというドレスを選んで頂き、宝飾品などもパウラ様からお借りするような形で、何とか公爵家に嫁いだ嫁としての体裁を整えたのですが、アドルフ殿下の専属護衛ともなり、王宮で美しい貴婦人たちを眺めて目が肥えたオリヴェル様には納得いきませんでしたか」


 まあ、我が家は所詮伯爵家ですので、公爵家相当のドレスなど持っているはずもないのですが・・そんなことを言い続けているカステヘルミを見て、俺の背中に嫌な汗が流れていく。


「母上が貴女のドレスを用意すると思っていたのだが?」

「パウラ様がですか?」


 カステヘルミはコロコロと笑いながら言い出した。

「パウラ様は最近心労で寝込むことも多かったようですし、ドレスどころではなかったと思いますのよ?」

「母上が寝込む?」

「ご存知じゃありませんでしたか?」


 カステヘルミは俺を罵倒する訳ではないのだが、その榛色の瞳が完全に俺を罵倒するような色合いを呈していた。彼女が直接的な何かを言う訳ではないが、何故だか自分がクズ人間にでも成り下がった気分になるのは何故だろう?


「オリヴェル様はお忙しいのですから仕方がありません」

 カステヘルミはそう言って、

「愛にも色々な形があるのは仕方がないことですもの。私はいつでも、オリヴェル様を応援しておりますわ」

 そんなことを言い出したのだが、一体何を応援されているのかが俺にはさっぱりと分からなかったのだが、問いただすことが出来るような雰囲気ではなかった。



          ◇◇◇



 悪友クリスティナと愉快な仲間たちとのお茶会を終えた私は、高級菓子店で山ほどの焼き菓子を買って公爵邸に戻ることにしたの。


 将を射んと欲すればまずは馬からと昔から言われているけれど、今まで出来なかった使用人たちへのアピールタイムを始めることにしたのよ!もちろん使用人とは下級メイドや厩番、庭師や出入りの商人に至るまで、お菓子やちょっとしたものを配りまくったの!


 大概何かを貰ったりすると、人ってその人に対して好意を持つようになるのよ。それから侍女のアイラとその仲間たちが仕入れてきた情報を利用して、家族が病気なのに医者に診せられなくて困っている使用人とか、娘が悪い男に引っかかって困っている使用人とかを助けるようにしたの。


 悪い男を退けるには実家の力を使ったのだけれど、とっても感謝されることになったわ!だけど私は偉ぶるなんてことはせずに、

「公爵家の人間としてすべきことをしただけですので、決して他所の人には言わないでくださいね」

 と、口止めをしたの。ラハティ王国の人間は噂話が大好きだから、言わないでと言われると、余計に言いたくなるという習性があるの。最初はこっそりと、後には堂々と、私の良い噂を広めてくれることでしょう。


 クリスティナとリューディアとマリアーナの悪友三人組は、あれからユリアナ嬢について、きっちりと調べてくれたわ!やっぱりユリアナ様は一妻多夫を望む人なのね!彼女の所為で婚約が破棄されたというカップルが公爵家の寄子の中に三組もいることが発覚したの!


 その三人は一様にユリアナ様の美貌と気さくな性格に魅了され、あれだけボディタッチしてくれるなら俺にも気があるだろうと簡単に思っちゃったみたい。家族の方もこれで公爵家と縁続きになれるのならと、婚約が破棄されても文句も言わなかったみたい。


 公爵家の二人の息子はユリアナ嬢を妹のように思っているし、やっぱり庶子ということもあるし、いずれは手放すのだろうと親世代は考えていたみたいなのよね。


 そんな訳で、噂大好きの母がいるリューディア様が一瞬でその想定を、噂を使って塗り潰してくれました!


 だってユリアナ様ったら、一人に対して真摯に向き合うなんてタイプじゃないんですもの!まさしく多くの夫を侍らしたい!一妻多夫願望の人なのだから!噂を塗り替えるなんて簡単なことでした!


 この一妻多夫願望の話は、あっという間に広がっていくことになったのだけれど、公爵夫妻の耳に届くか届かないかという頃合いに、私は先触れを出して義父母に面会を希望することにしたの。


 その時にはご夫婦揃って会ってくれたのだけれど、お二人の前に署名入りの離婚申請書を差し出して、

「私は一妻多夫を心から応援しておりますの。オリヴェル様はユリアナ様こそが真実の妻と思っておられるようですし、私のことを邪魔に思っておられるのです。ですので、先にこちらの離婚申請書の方をお渡しさせて頂きます。私はいつでもここから出ていく覚悟は出来ておりますので」

 と、淑女らしく言ってやったの。


「いや・・だがしかし・・あの二人は本当の妹のようにユリアナを可愛がっているだけであって」

 公爵家当主、お前までそんなことを言い出すのか。


「公爵様、私だって最初はあのお二人がユリアナ様を本当の妹のように可愛がっているものと思っていたのです。ですが、私の友人たちにそういうことではないと、私は忠告をされたのです」


 外に出るとユリアナ嬢、はしゃいで楽しんじゃうみたいなのよね。なにしろ公爵家に溺愛されている令嬢だから周りだって忖度しまくるでしょうしね!


 家では美しい二人のお兄様を侍らして、外では見目麗しい令息たちを侍らして。本人は仲の良いお友達なのと言っているけれど、婚約を破棄した男たちは自分こそがユリアナ様を手に入れるのだと躍起になっているようなのです。だから何を言われてもへばりつくようにして居るので、はたからは複数の男を侍らしているようにしか見えないのよね。


「私も最初は巡ってくる噂の八割はデマなのだからとも思いましたけれど、あの方たちのお茶会を見て、そういうことではないのだと理解致しましたの。宜しかったら公爵様も見に行かれませんか?今頃は三人で、ガゼボでティーパーティーをしているはずですから」


 公爵も公爵夫人も、まさかあの三人があそこまで密着してお茶を飲んでいるとは思わなかったみたい。子供の時と同じように、仲良くお茶をしているんだろう程度にしか考えていなかったのよね!


 だけど、年頃の男女が三人でベッタリとくっついて一つのベンチに座って、イチャイチャしながら紅茶を飲むだなんて、正常な判断で言えば不潔よ!両手に花と言ってもやり過ぎにも程があるわ!


 公爵夫妻は本当に仲の良い兄妹なのだと思い込んでいたのだけれど、そこに男女の不埒な感情が滲んでいるのだと考えると、頭を抱え込んでしまったみたい。兄妹仲良しフィルターを外したその視線の先には、正直に言って直視できない現実が待っていたってことなのよね!


 今回の舞踏会はラウタヴァーラ公爵家に対する試金石みたいなものなのだけれど、私の夫とやらはドレスも宝飾品も贈ろうともしないのだもの。終わっているわ。

 もちろん私は夫の色なんか差し色に使うわけがないわ!だって!結婚して初の舞踏会だというのに、何もプレゼントなんかされていない哀れな妻を主張するつもりでいるのですもの!



     *************************



 夏到来、ついに学校も夏休み突入!!うんざりすることも多いけれど、気分転換の一つとなったら幸いです!!今日中に終わる予定のお話ですので、ぱっと読んでスカッとして頂ければ幸いです!!続いて1時間ごとに更新します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る