第7話

 公爵家の次男として生まれた俺、オリヴェル・ラウタヴァーラは、正直に言って今まで女に苦労したことがない。


 優秀な兄がいるし、それを支える親族連中もしっかりとしているということで、次男の俺は軍部に入隊し、一時期はアドルフ王子の専属護衛とまでなった俺だから、女たちが黄色い声をあげるのはいつものこと。


 未婚の令嬢はすぐに責任を取れだとか騒ぎ出すから手を出したことはないものの、選り取り見取りの状態だったと言えるだろう。そんな俺にも、特別な存在というものが幼い時から存在した。


 ピンクブロンドのストレートヘアの眩しいほどに可愛らしいユリアナが引き取られて来たのは、彼女が八歳の時のことだった。彼女は、公爵家の息子である俺に忖度するわけでもなく、真正面からぶつかって来てくれたんだ。


 兄のニクラスも俺と同じようにユリアナのことを気に入っているのは間違いなく、結婚を考えるような年齢となっても婚約者を持つようなことはしなかった。俺も兄と同じように婚約者は不在の状況だったため、公爵家には山のような釣り書きが送られ続けることになったのは仕方がないことだとは思う。


 王都にある同じ屋敷に住んでいるので、夕暮れ時になるとユリアナがニクラスと楽しそうに庭園を散歩していることを知っている。もしかしたらユリアナはニクラスのことが好きなのかもしれないけれど、彼女は子供の時から続けている、三人でのお茶会をやめることはしなかった。


 太陽のように眩しく明るいユリアナはいつも嬉しそうに笑って俺の頬を指でなぞるように触れるから、もしかしたらユリアナはニクラスじゃなく俺のことが好きなのかもしれない。夕暮れ時にニクラスと散歩をするのも、単純にニクラスを兄として慕っているからじゃないのだろうか?


 そんな淡い期待が俺の胸の中で膨らんでいった頃に、ほとんど王命のような形で俺の結婚が決められた。相手はカルコスキ伯爵家の令嬢であるカステヘルミ嬢であり、

「淑女の中の淑女と呼ばれる令嬢が妻としてあてがわれるだなんて、お前はラッキーだったな!」

 と、アドルフ王子からも祝福されることになったのだが、心の中では冗談ではないと俺は腹を立てていた。


 俺は公爵家の次男だから、俺ならば、ユリアナを娶ることが出来たんだ。だというのに、そのカステヘルミとかいう名前もよく知りもしない女に邪魔をされた。政略とは言いながらも、俺の容姿を気に入ったカステヘルミという女がわがままを言って、無理やり結婚を願い出たのに違いない。


 だからこそ、俺は結婚する日までカステヘルミという女に会いに行くこともしなかった。初夜にも花嫁の元を訪れることもせず、翌日も花嫁の元まで顔を出すこともせず、今までと同じようにニクラスとユリアナと三人で午後のお茶を楽しむことにしたのだ。


 確かに俺はほぼ王命みたいな形でカステヘルミという女と結婚したのだが、その後、その女と顔を合わせるようなことはなかった。女は嫁いで来た翌日には熱を出したということで、形ばかりの花束と菓子を用意して贈ったのだが、それも執事のグレン・ペルトラの手によって戻ってくることになった。


「カステヘルミ様は、このような可愛らしい花束やお菓子などは、ユリアナ様にこそ渡してくださいと仰いまして」

 要するに、見舞いの品を拒否されたということか。


 初夜にも行かず、翌日には挨拶のために顔も出さない俺に対してあの女が不服に思っているのは間違いない。それに、回廊を歩いているあの女が、こちらの茶会に視線を送っていたということにも俺は気付いていたのだ。


「グレン、お前はあの女のことをどう思う?」

 俺が執事に問いかけると、執事は、

「あの女とはどの女のことを指しているのでございましょうか?」

 と、逆に質問をして来たのだった。


「あの、カステヘルミとかいう」

「貴方様の奥様のことでございますね」

 グレンは彼としては珍しいことに、にこりと笑いながら言い出した。


「あの方は奥様とよくよくお話をされることで、ニクラス様とオリヴェル様にとってユリアナ様が非常に大切な妹なのだということを理解されております。いずれはユリアナ様も何処かの家に嫁ぐことにもなりましょう。それまでの間は、まずはご兄妹の仲を第一に配慮していきたいと、そのようなことをおっしゃっていました」


 そりゃまた理解を超えた話だな。

 カステヘルミという女が妻となったら、まずはユリアナに激しく嫉妬をして大騒ぎをすることになると思っていたのだが、こちらの仲をまずは第一に配慮する?


「また、カステヘルミ様はこうも仰っていました。ご兄妹の仲が今まで通り仲睦まじくいられるためには、自分は遠くから見守りたいし、ユリアナ様からは距離を置いた状態で対応されたいと」

「それはあの女がユリアナを嫌ってのことか?」


「そうではなく、今の自分ではユリアナ様が望む通りの対応を取れるかどうかが分からないということなのです。ユリアナ様に不快な思いをさせるくらいなら、距離を置いた方が良いだろうと仰っていました。それに、公爵家に嫁入りしたということで覚えなくてはならない事案はそれこそ山のようにありますゆえ、まずはそちらを率先して覚えていきたいとのことでして」 


 ラウタヴァーラ公爵家に嫁いで来たのなら、確かに覚えることは多いだろう。

 一応、その日のうちにカステヘルミの部屋まで行ってはみたのだが、疲れがまた出て来たのかぐっすりと眠っていると言われたので、顔を見ずにその場を去ることにした。


 公爵家について覚えることはやはり多いようで、多忙なカステヘルミと俺が顔を合わせるようなことはその後、一度としてなく、そうこうしているうちに結婚式を挙げてから二十日が経過しようとしていた。


 その日は用があって王宮を訪れることとなっていたのだが、そんな俺を呼び止めたアドルフ王子が、

「お前、結婚生活はどうだ?」

 と、茶化すように言い出した。

「いや、どうもこうもなく」

 その花嫁とは結婚式の日以降、顔を合わせていないので、どんな顔だったのかも覚えてもいない。そんな俺の顔をまじまじと見つめた殿下は、何かに気が付いた様子で自分の頭を抱えると、

「お前、マジか・・本当に・・」

 と、意味不明なことを言い出した。


「お前、五日後の舞踏会には夫婦揃って参加するんだよな?」

 そういえば、王家主催の舞踏会があるとかないとかで、母上が以前からドレスを作るとか作らないとか言っていたような。

「お前、きちんと新妻のドレスは用意しているのだよな?」

「ええ、それはもちろん」

 なにしろあれ程までにドレス、ドレスと騒いでいたのだから、母上が注文をしているのに違いない。

「お前に色々と厄介事を頼んでいるのは分かっているんだが・・本当にヤバイぞ?」

先ほどから一体、殿下が何を言いたいのかが良く分からないのだが、

「絶対に、自分の妻を放り捨てて、ユリアナ嬢をエスコートということだけはするなよ?」

 殿下はそう言って俺の肩を両手で掴んだのだった。


 考えてみれば、夜会などではいつでも可愛らしいユリアナをエスコートしていたのだ。兄のニクラスがエスコートをしたら問題があるということで、俺がエスコートをしていたのだが・・


「オリヴェル、分かっているよな?カステヘルミ嬢をエスコートしろ。これは私からの忠告とでも思っておいてくれ」

「忠告ですか?いささか大袈裟にも思いますが。それにしても、先ほどから殿下は何故カステヘルミを令嬢のように呼ぶのです?彼女は私の妻となったので、夫人と呼んで頂かなければ困ります」

 殿下は一瞬だけ、鼻で笑うような顔で俺を見た。



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 ここから1時間ずつ最後まで更新してきます!!

 夏到来、ついに学校も夏休み突入!!うんざりすることも多いけれど、気分転換の一つとなったら幸いです!!ぱっと読んでスカッとして頂ければ幸いです!!

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