第5話

 招待状の中にはラウタヴァーラとはライバル関係にあるヴァルケアパ公爵家からのお茶会の招待状も交ざっていた。

「こちらは日にちも近いですし、体調不良を理由に断りの手紙を出しておきましょう」

 と、パウラ様が言うので、私はこれぞ行きたいという茶会の招待状を、今見つけましたというテイで手に取った。


「パウラ様、こちらのカネルヴァ伯爵家は鉄道事業に多額の出資をされている方で、カルコスキ伯爵家と懇意の間柄ですの」

 カネルヴァ伯爵家はどちらの公爵家にも与しない中道派の貴族であり、最近、頭角を表して来ている人物でもある。


「鉄道事業の詳しい情報を聞くことが出来るかもしれませんし、私もカネルヴァ伯爵夫人となった友人にも結婚の報告をしたいと思っておりますの」

「まあ!カネルヴァ伯爵夫人が友人だなんて知らなかったわ!是非とも結婚の報告をして来なさい!」


 カネルヴァ伯爵を自分の陣営に招き入れたいパウラ様は即座に了承してくれた。ということで、私はカネルヴァ伯爵夫人となったクリスティナのお茶会へ参加することとなったのだけれど・・


「キタキタキタキタ!カステヘルミが来たわ!」

「みんな!早く集まって!」

「きっと今日は興奮して眠れないわよ!」


 昔からの悪友と言っても過言ではない、クリスティナ、リューディア、マリアーナの三人が興奮した声をあげている。


 実はラウタヴァーラ公爵家の兄弟は、ラハティ王国で一・二を争うほどの人気者。銀の髪に紺碧の瞳を持つ兄弟は、兄の方が優しげな顔立ちの美丈夫だとするのなら、弟の方は男らしい精悍な顔立ちをした美丈夫なのよ。


 双方ともに背が高く、文官気質の兄と違って、弟のオリヴェルは騎士としての称号を賜っていることもあり、非常に逞しい体つきをしている人でもあるの。


 近衛として我が国の第一王子であるアドルフ殿下の専属の護衛を務めていたこともあり、顔立ちの美しい王子と近衛のツーショットは、貴婦人達に鼻血を噴出させたとも言われている。


 そんな伝説的な存在とも言えるオリヴェル様の元へと嫁ぐことになったのだけれど、ほとんど王命で決まったような結婚でもあるため、嫌がらせや嫉妬も大っぴらに受けるようなこともなく嫁ぐこととなったの。だけど、結婚式や披露宴での新郎のあの対応では!面白おかしく噂が広まっているのは間違いないわ!


 さしずめ私は悲劇の花嫁。神にも認められた美丈夫の元近衛に妻として認められず、結婚式でもおざなりな対応すら取ってもらえず。婚家では一体どのような待遇を受けているのだろうかと、皆が皆、興味津々となっているのに違いない。


 幼い時から共に過ごした悪友とも言える三人のレディーたちは、目の前に用意された豪華なケーキやフルーツや香しい紅茶になんか目もくれず、ギラギラした眼差しで私を見つめている。


「ふっ」

 思わず紅茶を含みながら笑ってしまったわ。みんなの顔があまりに面白すぎて笑ってしまったのだけれど、私はまずは言わなくてはならない始まりの言葉を言うことにしたの。


「これは昔からの親友である三人にだけ言うのだけれど・・他の誰にも言わないでくれるかしら?」

 こんなことを言い出すのは、これから話されることがそれだけ面白いのよというアピールみたいなものよ。

「もちろん、私たちは親友だもの」

「絶対に!絶対に!」

「「「言わないわ!」」」

 絶対に他では言わないと言いながらも、言ってしまうのが女の性よ。


 特に我が国ラハティは、他国に比べれば十分に満たされていると感じる人の割合が非常に多い。厳しい環境だからこそ、互いが支え合って生きていかなければならないのはもちろんのこと、噂話に花を咲かせることに自分の人生を懸けているような人も存在するから、楽しくて、楽しくて、仕方がないのかもしれない。


「あのね、この世の中には一妻多夫を求める人が存在するの」

 ラウタヴァーラ公爵家の愚痴大会が私の口から始まると思ってワクワクしていた三人がぽかーんとした様子で口をあけているわ!


「一妻多夫とは、一人の妻が大勢の夫を娶ることを言うのよ。周辺諸国でも王族が複数の妻を娶る場合が多いけれど、それとは逆で、一人の女性が大勢の男性を自分の側に侍らせる。男の人が大勢の女の人を侍らせるのをハーレムと呼ぶのなら、一妻多夫は逆ハーレムと呼ぶのかもしれないわね」


 嫁ぎ先である公爵家に対する愚痴なんて言うわけがない。なにしろ、女が嫁ぎ先である家のことを守るのは絶対、私は決して変なことは言っていない。


「ラウタヴァーラ公爵家にはパウラ夫人の従兄と妾の間に出来た令嬢を、ユリアナ嬢と言うのだけれど、八歳の時から引き取って育てているの。二人の令息の愛すべき妹という立ち位置で、公爵家でお暮らしになっているのだけれど、この令嬢がどうやら『一妻多夫』の信奉者みたいなの」


 三人は思ってもみない言葉が私の口から吐き出されているため、ポカンとしているわ。本当に面白いったらない。


「パウラ様も二人の令息はユリアナ様を妹として可愛がっていると言っていらしたの。私も最初は二人のご兄弟が血は繋がっていないけれど、自分の妹として扱っているものと考えていたの。だけど、三人でガゼボでお茶をする姿を見て、あれ、おかしいなと思うようになったの」


 ここで最初に復活したクリスティナが質問をする。

「どうしておかしいと思ったの?ガゼボでお茶なんて誰でもするものじゃないかしら?」


「それがね、いつ見てもオリヴェル様とニクラス様が、ユリアナ様を間にギュッと挟み込むようにして座っているの」


「え?同じ椅子に座っているの?」

 リューディアの質問に、私は笑顔で答えましたとも。

「椅子というよりベンチと言うべきかしら。三人で座るにはあまりにも小さいので、ギュッとならざるを得ないと思うの」

「他に椅子の用意は?」

「もちろん他にも椅子はあるのだけれど、三人がそれぞれの椅子に座っているなんてことは嫁いでから一度として見ていないの」


 というか、実際に私は三人のお茶会を初日の一回しか見ていないのだけれど、侍女達がいつでもあんな感じだと言うのだから間違ったことは言っていないでしょう。


「一妻多夫を望んでいるというのなら、常に二人に対して誘いをかけているという感じなのかしら?」

 マリアーナ様の質問に私は笑顔で答えましたとも。


「誘いをかけているとかそういうことではないの。私が見た限りユリアナ様は、お二人に対して妻のように対応をされているの」


 三人は無言となったけれど、心の中で「「「はい?」」」と大声を上げたのが良く分かったわ。私たちは淑女なので大声をあげることはあまりしないけれど、心の中では叫び放題なのよ!


「私が見た時には、ニクラス様に戯れ付くように肩を叩いた後、オリヴェル様の頬を甘えるようにして指先で撫でていたわ!」


 これは本当に見たままを伝えているのだもの、嘘はゼロ!真実百パーセントでお送りさせて頂いております!


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