第4話

 パウラ様へのご挨拶を済ませた後、執事のグレン・ペルトラが屋敷の中を案内してくれることとなりました。グレンは先代から執事として仕えているだけあってかなりの年寄りで、近々息子に今の職を譲ろうかとも考えているそうです。息子さんは領地にあるマナーハウスの管理を任されているのだそうで、代々、公爵家の内政を助ける一族の者ということみたい。


 一応、王家も絡んだ結婚ということにあたるため、私とオリヴェル様の結婚式は王都にある大聖堂で行われたわけなのです。鉄道事業もあって父は領地に出ずっ張り状態となっているのですが、私の方は王都に残って、領地と王宮との橋渡し役を担っていたという訳です。


 オリヴェル様は元々、王宮の近衛として勤めていたのですが、鉄道事業が本格化するに至って近衛をやめて実家に戻り、事業のサポートをすることになったのだそうですが、彼が何をしているかなんて私は何も知りません。


 そんな訳で、只今、王都にある公爵邸の案内をしてもらっているところなのですが・・

「グレンさん、ちょっとだけ良いかしら」

 と言って、年老いても背筋がピンとした執事を呼び止めました。


「使用人ですので、さんなど付けずにお呼び付けください」

 振り返ったグレンはそう言って慇懃な態度で辞儀をしたけれど、この人、はなから私のことが気に食わないみたいなのよね。


 この老いた執事がいつまでここで働くかなんてことは想像もできないけれど、しばらくの間はやり取りをすることに間違いないのだから、最初に言っておくべきことは言っておくべきだろう。


「グレン、筆頭執事である貴方にオリヴェル様の妻である私からのお願いがあるの」

 私はこの年老いた男に真摯な眼差しを向けながら言い出した。


「先ほどパウラ様との会話を聞いていただろうから分かっていると思うのだけれど、この公爵家で一番守らなければならないことは、オリヴェル様、ニクラス様、ユリアナ様の兄妹仲なのよ」


 流石のグレンも私の言葉にちょっとだけ驚いた様子で目を見開きました。パウラ様はああは言っていたけれど、たかだか子爵令嬢(庶子)であるユリアナ嬢をなんとかしろ、この屋敷の中では弁えさせろとか、私がそんなことを言い出すとでも思ったのでしょうね。


「尊い兄妹仲を守るのは絶対です。私はあのご兄妹に決して近づかないようにするつもりですが、昨日のユリアナ様のご様子を見るに、何処で鉢合わせるか分からないと私は思うの」


 普通、あんな風に見ず知らずの女性の着替えに突入するなんてあり得ないもの。彼女なら入浴しているところでも飛び込んで来そう。


「付き合いの長いあなた達ならユリアナ様に対してどう対応すれば良いのかを十分に知っていることと思うのだけれど、私は全くの無知なの。そこでユリアナ様が不快に思うような態度を私が意図せず取ってしまったら、ご兄妹の仲に水を差すことにもなりますでしょう?」


 おそらくあの女は、私と顔を合わせて一言でも会話を成立させれば、ないことないこと言い出して、悲劇のヒロインとなるだろう。まだ半日程度しかこの公爵家の内情を見ていないけれど、公爵夫人も、公爵家の子息達もユリアナを溺愛しているというのなら、使用人達はユリアナ嬢相手に忖度しまくっている状況となっているのだろう。目の前の執事も、私がユリアナ嬢を虐めるのではないかと考えてか警戒感を露わにしていたのは間違いない。


「私がユリアナ様の好みの対応を出来るように学べば良いのだろうけど、それは一朝一夕で出来るようなものでは到底ないわ。しかも、これから公爵家に嫁いだ妻として多くのことを学んでいかなければならないのです。私はまず、嫁いで来た妻として、公爵家のことを第一に考えておきたいのよ」


 女が嫁ぎ先である家のことを守るのは絶対、私は決して変なことは言っていない。


「昨日のように、万が一にもユリアナ様が部屋へとやってくることがあっても、私は皆様を不快な思いにさせたいとは思わないの。だからこそ、一切の対応をしたくないの。これは悪意や敵意があってのことということではなく、まずは集中して自分の仕事を覚えたい。私なりの覚悟のあらわれなのだと考えて欲しい」


 女が嫁ぎ先である家のことを守るのは絶対、私は決して変なことは言っていない。


「だからね、グレン。私が十分に仕事を覚えられるようになるまで、ユリアナ様を私に近づけないで。もしも、彼女が近づいて来たら、昨日と同じように貴方には動いて欲しいの」


 私は大事なお嬢様が傷をつかないようにするために、絶対に関わらないと言っているのだ。なんだかムズムズする思いは残るだろうけれど、変なことを言っているわけではないのでグレンは呑み込むしかない。


「奥様のおっしゃる通りにさせていただきます」

 グレンはそう言って、恭しく辞儀をした。


 それからの私は、まずは公爵家のことを学ぶために読み込まなければならないと思われる本をグレンに用意させて、自分が与えられた部屋へと運ばせた。


 一応、妻の部屋の方にもベッドは置いてあるし、執務も出来るような部屋も用意されている。公爵家に嫁いで来た女性は内政を手伝うのは当たり前だから、こういった部屋も用意されているのだろう。


 私は結婚式で疲れて熱を出したということにして部屋に引きこもった後は、部屋の外には一切出ずに、グレンが用意した本を読んだり、公爵家で使われているという書式を整理したりして時を過ごしたの。


 寝室側の扉は鍵を鍵穴に入れて回すスタイルの物だった為、鍵を入れっぱなしにしておけば向こう側から鍵を動かすことは出来ない。まさか、あの男がこちらの部屋に入って来ることもないだろうとは思うものの、一応の配慮で鍵は差しっぱなしの状態にしている。


 疲労で熱を出したということにしたので、公爵家お抱えの医師がやってきて診断してくれたのだけど、

「今のところ熱は下がっているようですが、おそらく疲労でしょうな」

 と言ってくれました。それでも風邪ということもあるかもしれないということで、一切の面会を謝絶にしてもらったので、煩わしい思いもせずに過ごすことが出来たのよ。


 侍女のアイラは銀貨を着服せずに、信頼のおける友人三人に配ったらしく、病気で寝込んでいるという私の元に二人の侍女と一人の下級メイドが挨拶に来た。


「ヘルカです」

「エリです」

「リアです!」


 アイラ自身が毒にも薬にもならなそうな純朴なタイプだったので、連れて来た三人も毒にはならなそうなタイプだ。ユリアナお嬢様の熱心な信者だったりするとこっちが困るので、それだけは排除するようにアイラにはお願いをしていたのよ。


 部屋に引き篭もるのは五日と決めていたし、その間にお茶会の招待状が山のように舞い込んで来たので、体調が完全に回復したことについてのご報告という意味で、私は公爵夫人であるパウラ様の元まで挨拶に行く。


 そうして、束となった招待状をテーブルの上に広げながら、

「オリヴェル様の妻となった私の元へこんなに沢山の招待状が届けられました。どこの茶会に参加するべきか、ご相談させていただいてもよろしいでしょうか?」

 ちょっと甘え気味な声で尋ねれば、パウラ様は喜んで招待状の選別を行ってくれたのだった。

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