第3話
侍女のアイラから仕入れた情報によると、親族席に座っていた美少女は、ラウタヴァーラ公爵夫人であるパウラ様の従兄の娘(しかも妾に産ませた子供、庶子)ということで、母親が死んでから父の元に引き取られて、虐待を受けるようになった美少女(ユリアナという名前らしい)を八歳の時に引き取って、公爵家で育てるようなことをしているらしい。
公爵家に養女として戸籍に入れている訳ではないので、身分的なもので言えば子爵令嬢(庶子)ということなのだけれど、実質、公爵家の令嬢の扱いを受けているのは間違いないっていうことなのね。
今現在、ユリアナ様は私の一歳年下の十七歳。うねりの一つもない、滝のように背中までまっすぐに伸びるピンクブロンドの美しい髪に、翡翠のように輝く瞳。形の良い鼻の下には魅惑の唇が微笑を浮かべる。
銀髪に紺碧の瞳を持つ男らしい容姿の公爵家兄弟に挟まれるようにして育ったユリアナ様はあっという間に美しく育ち、妹として接していた兄と弟が、恋するような眼差しで彼女のことを見つめ始めるのは意外なほどに早かったそうなのです。(昔から仕える使用人談)
最近では兄のニクラス様の方が優勢で、ユリアナ様とお二人で夕暮れの庭園を散歩する姿を使用人たちが見かけることも多く、だけれども諦めきれない弟のオリヴェル様が、兄と二人でユリアナ嬢を挟み込むようにしてガゼボに座り、お茶を楽しんでいるということらしいです。
「ああ、ああ、あのガゼボです。今日も三人でお茶を楽しんでいるようでございますね」
新婚の私は、まずは新郎のご両親に朝の挨拶をしようと先触れを出してもらったのだけど、疲れているだろうからと言って、挨拶は午後に回してもらうことになったんですね。
そんなわけで、午前中は侍女のアイラからの情報収集に回して、昼食を食べて、そろそろ午後のお茶かなという時間に、義母となったパウラ様のところへと向かうことにしたの。そうしたら、アイラは三人がお茶をするガゼボをこっそりと見ることが出来る回廊を通ることにしてくれたので、こっそり敵情視察をすることが出来たってわけです。
一応、昨日は兄のニクラス様と挨拶をすることは出来たのだけれど、私はユリアナ様を紹介されるようなことは無かったのよ。だというのに、披露宴会場から公爵邸へと帰ってきて着替えをしている最中に、あの女はわざわざ私が与えられた部屋へと入って来て、
「カステヘルミ様!お兄様は普段は優しくて本当に素晴らしい方なのです!どうか!どうか!お兄様のことを誤解なさらないで!」
と、泣きながら訴え出した訳ですね。
紹介されてないから誰かも分からないし、着替えを手伝ってくれる侍女たちは困り顔だけど何も言わないしで、すぐに執事のグレン・ペルトラがやって来て回収してくれたから良かったけれど、あの時、私は一言も発せずに居たのよね。
ああ、本当に何も言葉を発せずに居て良かったと、今更ながらに神に感謝しまくっちゃっております。
ガゼボには他にも席があるというのに、公爵家の兄弟に挟まれるようにしてベンチに座るユリアナ嬢は嬉しそうな様子で笑っているし、時には左に座る兄ニクラス様の肩を叩き、時には弟オリヴェル様の頬を指先で撫で撫でしているようです。
弟の方は昨日、神の前で妻である私への愛を誓ったはずなのに、神への誓いなんてなんのその。新婦の元へ挨拶に来るでもなく、声をかけるでもなく、ガゼボでよく分からない女に頬を撫でられてニタニタしている(ように私には見える)ので、
『きっも!』
と、大声で叫びたい!言わないけど、一応、淑女の中の淑女と言われているので言わないけれども。
本当は公爵ご夫妻揃ったところで挨拶をしたいところだったのだけれど、仕事で忙しくて出掛けているために、公爵家当主であるジグムンド様は不在。公爵夫人であるパウラ様が私の挨拶を受けてくれたのだけれど・・
「カステヘルミ様、本当にごめんなさいね。あの娘、ユリアナというのだけれど、私の従兄の娘で随分前に引き取って、ラウタヴァーラ公爵家で育てているのよ。二人の息子たちは昔からユリアナを妹のように可愛がっていて、お互いに兄離れ、妹離れが出来ていないような状況なのよ」
と言って、パウラ様は自分の片手を自分の頬に当てながら、大きなため息を吐き出した。
『妹』うーん『妹』、あの気持ち悪い兄弟はユリアナ様のことを妹としては捉えていないんじゃないかな〜と思うけれど、パウラ様はそういう風に考えている訳ですね。
「失礼なことをお訊きするようですが、ずいぶん昔からというと、ご令嬢が何歳の時からこちらにいらっしゃったのでしょうか?」
「確か、あの娘が八歳の時にこちらに引き取ったのよ」
「公爵家の養女として戸籍に入られているということでしょうか?」
私の質問にパウラ夫人は大きく目を見開くと、
「まさか、とんでもないわ」
と言って、くすくすと笑い出す。
「皆さん、あの娘が我が家の娘になったのではないかと疑問に思うようだけれど、あの娘は独り立ちするまでの間、面倒を見ているだけなの。だからこそ、昨日のあの場であの娘のことを貴女に紹介しなかったでしょう?」
うーん、だけど親族席、しかもどまん前に座っていたよね〜?
「だとするのなら、ニクラス様の妻としてお迎えになるおつもりでしょうか?」
夫人の醸し出す空気が少しおかしくなったので、私はすかさず無知を強調するような笑みを浮かべ、小首を傾げながら言いました。
「申し訳ありません、私、嫁ぐ前は家の仕事を手伝ってばかりで些か世情に疎いところがあるようなのです。結婚前にオリヴェル様とお話をする機会もございませんでしたし、こちらに来てからユリアナ様のことを知ったような事態でして」
「いいえ、いいの。きちんと説明をしていなかった私たちが悪いのだから」
夫人は途端に空気を和らげて、首を小さく横に振りながら言い出した。
「私たちはユリアナをとっても愛しているの。他の人から見たら変に思うこともあるかもしれないけれど、私の息子たちは妹として、彼女のことをとっても大切にしているの。いずれはユリアナも他家に嫁ぐこととなるのだから、それまでの間は、温かい気持ちで見守っていて欲しいと思っているの」
さっすが公爵夫人ですね、夫人の中のトップオブトップ!ユリアナは妹なのだから二人の兄が可愛がるのは当たり前。他人にとやかく言われたくないというスタンスなのですね?オッケーです!
「パウラ様、私も温かい気持ちで見守るのが一番だと思います」
私は心を込めて言いました。
「先ほど、兄妹としての仲のよい姿を拝見させて頂きましたけれど、兄妹仲がとても良く、尊いものだと私も思いましたわ!」
あんな馬鹿馬鹿しい姿を普通に見せていたのなら、苦言を呈する人も過去には居たんだろうなとは思います。だけど、今の夫人の会話からも分かるとおり、夫人は兄妹仲(だと思っている)には他人から口を挟まれたくないと考えているので、こちらも口を挟まずに行きたいと思います。
「ユリアナ様もいつ嫁いでもおかしくない年齢だと思いますし、ご兄妹で仲良く過ごせる時間もあと僅かのこととなるかもしれませんもの。私は今まで通り、仲良く、楽しく過ごして、素晴らしい思い出を作って頂けたらと思います」
「まあ!カステヘルミ様は私たちの気持ちを分かってくださるのね!」
パウラ様は感動の声をあげているけれど、よっぽど周りから何かを言われることが多いのでしょうね。そしてその忠告を一切聞いていない様子。まあ、分かるけども。
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