第2話
伯爵家である我が家が娘を公爵家に嫁に出すというのは、かなり破格の縁談ということなのは間違いないです。鉄道事業がなければ絶対に発生することのなかった縁談ですが、実は私がオリヴェル様の妻になることに決まったのは、線路だけが理由ではないんですよね。
わが国は、貴族たちも王家に倣って、開発者とか技術者を見つけ出しては囲い込むようなことをします。お財布に余裕がある貴族家が、技術開発に投資をするというのが一つのブームにもなっていたと言えるでしょう。
我が家は自分の領地内で見込みがある人間に投資をするということを続けていたのだけれど、ある時『天才』という奴を、我が領地で発掘してしまったのよ。鍋なんかを作っている家の子だったんだけど、とにかくその鍋が壊れないということで我が家(伯爵家)でも使われるようになったの。
鍋って竈に置いて煮炊きに使うわけなんだけど、この鍋という奴が結構割れたり穴があいちゃったりしちゃうのよ。だけど『天才』の家で作った鍋にはこれが起きない。それは何故かと言うのなら、私たちが一般的に使っていた銅鍋に何かを加えるようにしたからなのだそうで・・そこから先の話は専門外なのだけれど、とにかく割れなくて頑丈というものを作らせたら『天才』の右に出る者はいないってことになったわけ。
これは面白いと思って『天才』に最も丈夫な金属を開発するようにと命じて、お金を出していったのは実は私ということなのよ。
さっきも言ったけれど帝国では機関車を作ろうと開発を進めていて、蒸気を動力としてピストンを動かしていくわけなんだけど、このピストンが壊れやすかったらお話にならない。とにかく、外郭には壊れ難い鋼鉄を用意しなくちゃならなくて〜、そうです、我が領地の『天才』が呼ばれることになったわけなのですよ。
そこで王様、天才の天才ぶりを目の当たりにして、だったらこの部品はうちの国で作って帝国に売った方が儲けが多くなるんじゃね?と、思いついたってわけなのです。こういうことがあったら王様だって『天才』を発掘した私とか我が家に一目置くようになりますわよね?
とりあえず、ラウタヴァーラ公爵家や夫となるオリヴェル様は一目は置かなかったみたいですけどね?この結婚は私に万が一にも国外には出て欲しくないっていう王家の意思の現れでもあったのよ。
そんな訳で、その日、披露宴会場に移動しても新郎は怫然としたままでお過ごしになりました。
披露宴会場から公爵家に移動をした際には、驚くべきことに、わざわざあの美少女が着替え中の私の元まで訪れまして、
「カステヘルミ様!お兄様は普段は優しくて本当に素晴らしい方なのです!どうか!どうか!お兄様のことを誤解なさらないで!」
と、泣きながら訴えた訳です。
この国では新婦が着用したウェディングドレスは新郎が脱がす物!なんていう制度もございませんので、公爵家に仕える侍女の方々にお手伝いされながらドレスを脱いでいる最中だったのですけど、これには本当に驚きましたとも。とりあえず、執事のグレン・ペルトラが美少女を回収して行ってくれたので良かったですけれど、これはとんでもない家に嫁いで来たということなのかもしれません。
そこから私は、入浴を済ませて、丹念に甘い香りのするオイルを全身に塗り込まれた末に、夫婦の寝室へと放り込まれることになりました。
ここまで来れば私だって十分に理解しておりますとも。
私は1秒たりとも新郎を待つなんてことはせずに、布団に入って就寝をしました。
ええ、ええ、我が家は伯爵家、あちらは公爵家。身分の差は歴然としたものでもありますし、婿殿が初夜を拒否して寝所に訪れないとなれば、それは新郎を魅了するような魅力がない新妻が悪いということになるのでしょう。
司祭が立つ祭壇の前での初見でのガンつけから始まり、終始怫然とした表情を浮かべ、誓いのキスは真似事と判断されるやり方で敢行。
その後、高位身分の貴族たちを招いての披露宴の場でも怫然としたままで過ごし、隣に居る花嫁には一瞥もせず。花嫁を一瞥もしない割には、切なげな眼差しで親族席に座る美少女を見つめているのですもの。
披露宴に参加した貴婦人たちは、花嫁である私を同情の眼差しで見たり、新郎に相手にもされない哀れな花嫁と馬鹿にしたような目で見たり、嘲笑を浮かべたり、不安な表情を浮かべたりと、非常に落ち着かない様子でしたわ!恐らく、今日のこのネタで一夏を超えて冬まで楽しむことが出来るでしょう!
「奥様、もうお目覚めですか?」
ノックの音と共に声がかけられたので、
「ええ、目が覚めておりますわ」
と、私は声をあげました。
私たちは格差婚、本来なら伯爵家から公爵家に嫁入りとはなかなか無い話であるため、謀反を疑われるようなことがないように、私は一人の侍女も連れずに公爵家へと嫁入りするような形となりました。
「奥様、お顔を洗うためのお水をご用意させて頂きました」
「アイラ、ありがとう」
私と同じ年くらい(18歳前後という感じでしょうか?)の侍女のアイラは私の専属としてついてくれることになりました。ベッドサイドに座った私は洗顔の準備をするアイラを手招きして呼ぶと、小さな巾着を彼女の手の中に握らせます。
「あの・・奥様?」
「ああ、違うの。初夜に新郎が訪れなかったということを口止めしようと思ってこれを渡したのではないの」
彼女は専属侍女、寝起きの私の様子を見て初夜が行われなかったということを一番に確認した人でありますが、そこを口止めしたい訳じゃないんだなあ。
「あのね、ここだけの話だけれど、私は人質として公爵家に嫁いで来たようなものなのよ」
アイラは驚いた様子で固まっているけれど、私は彼女の手を優しく撫でながら言いました。
「今、鉄道事業で王都からラウタヴァーラの港まで線路を延ばす事業が進められているでしょう?その一大事業を続ける中で、カルコスキ伯爵家がラウタヴァーラ公爵家を裏切らないようにするための人質として、私はオリヴェル様と結婚することになったの」
人質というと大袈裟かもしれませんが、内容的には全く間違ったことは言っていません。
「だからね、カルコスキ伯爵家からは誰も連れて来られなかったのよ」
私がそう言って憂いを含んだ眼差しを床に向けると、
「奥様!大丈夫です!私が居ます!私が奥様にお仕えしますから何の心配もございません!」
と言って、アイラは私の手をぎゅっと握った訳です。うん、とりあえず同情は買えたかな。
「私、あなたが専属侍女で本当に嬉しかったの。だけど、人質の私につけられた私の専属侍女はあなた一人でしょう?仕事の負荷は相当なものだと思うのよ」
実際問題、私が紹介された侍女はアイラだけ。普通、次男とはいえ公爵家に妻として嫁いできたら、三人くらいはつけられると思うのですが、ここでも私の扱いというものが良く分かりますね。
「その巾着の中には金貨が一枚、銀貨が三枚入っているの」
私はアイラの円な瞳をじーっと見つめながら言いました。
「たった一人の専属侍女のアイラへの特別手当てだと思って、金貨一枚はあなたが使って頂戴。そして多忙なアイラが疲れた時に、頼れる存在を作っておいた方が良いと思うの。銀貨三枚は、貴方が心の底から信頼できる三人に一枚ずつ渡すようにして頂戴」
アイラの手を握って、困ったように笑いながら口を開く。
「アイラにも私にも、信頼を置いて手助けしてくれる人が必要だと思うの。私、多分、愚痴を言ってしまうこともあるかもしれないわ。本来なら家族こそがそういったことは聞くべきところなのでしょうけど、私には聞いてくれる人は居ないだろうから・・」
「奥様!いつでも言ってください!愚痴なんていくらでも聞きますから!」
「有り難う、アイラ。私が頼りに出来るのはあなただけだから、その言葉がとっても身に染みるわ」
目をうるうるさせるアイラは、私のことをとっても、とーっても同情してくれた。なにしろ、初夜をボイコットされた花嫁というだけでも十分に同情出来るのに、人質だとか、信じられる人間はアイラだけだとか(公爵家の人間は誰も信用できないと言っているのも同じこと)言っているのだもの。
初日から完全に孤立状態の私のことを、とっても可哀想な人だと思っただろうし、袖の下を渡したことから(金貨なんて、庶民の半年分の給料にもなるわよね!)とっても良い人認定をされることになったでしょう。
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夏到来、ついに学校も夏休み突入!!うんざりすることも多いけれど、気分転換の一つとなったら幸いです!!二日の更新で終わる予定のお話ですので、ぱっと読んでスカッとして頂ければ幸いです!!続いて1時間ごとに更新します!モチベーションの維持にもなります!☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録よろしくお願いします!
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