第5話 逃走

<五>


 突然けたたましい音をたて、バルマの部屋の入り口から多くの兵士が突入してきた。

 兵士たちは盾を並べ壁を作り終えると、その合間からライカが室内の様子を覗き見た。

「叔父上っ!!」

 朽ち果てたバルマの姿を見た瞬間、ライカは兵士の盾を押しのけ、亡骸へ駆け寄った。

 ライカはバルマの手をぎゅっと握りしめる。諸国に武勇を轟かせたそのバルカの分厚い手は、今は冷たくなり、力無くうなだれていた。

 文武に優れたバルカは憧れの対象だった。そして独身だったバルカは、ライカのことを我が子のように可愛がってくれていた。

 ライカが落ち込んでいた時、側にいて支えてくれた存在がリョマならば、王族として光り輝き、自分が進むべき道標となってくれたのがバルマであった。

 だが、そんな叔父は今はもう、二度と自分を導いてくれることはない。

「この……機械人形が……」

 ライカは憎しみのこもった目で、立ち尽くすロボ令嬢を睨みつけた。


 ロボ令嬢が暴走し、バルマの元へ向かった。

 サユティからそう報告を受けた瞬間、嫌な予感がし、すぐに兵士を率い叔父の元へ駆けつけた。

 だが、間に合わなかった。

 ライカの両目から、涙が溢れてくる。

 キィ、キィー。

 バルマとの戦いで損傷した体を軋ませながら、ロボ令嬢はライカの方を見た。

「構えろ」

 その動きに反応し、司令官が声を上げると、盾の後方から弩を構えた兵士が姿を見せる。五人の兵士は、正確に胸元の狙いを定める、が……。

 ライカは攻撃しようとする兵士を押しとどめ、腰から短剣を抜き構えた。

「普通の矢では、あの化け物は倒せない」

 ロボ令嬢の装甲はミスリルでできている。なれば鋼では破壊は難しい。ロボ令嬢に有効なのは、アダマンタイトか……オリハルコン。

 ライカが手にしている短剣は、宮廷錬金術師のカニエが作ったオリハルコン製の一対の剣。それは長剣を国王へ、短剣は女王へ献上された。そして女王の死後、短剣はライカの手にあった。

「叔父上の仇は、僕の手で取る」

 ライカが母の形見を構えると、金色の剣身が煌めきを放った。


 一方、ロボ令嬢の処理能力は、自分の状態を把握することで精一杯だった。

 両肘軽微損傷、右肩損傷、右膝大破。そして脳には多大なダメージ。

 新たな敵が出現したことを認識はしているが、その全容の把握には時間を要した。

 ロボ令嬢は目から入ってくる情報を処理し始める。

 新たの出現した人数は一六、いや一七人。 

 今目の前で、剣を構えているのは、国王の息子。

 これは傷つけてはいけない存在。

 その後ろにいるのは、我が国の兵士。

 これも、こちらから攻撃してはいけない。

 いずれも国王の許可なく、傷つけることを禁止されている存在だ。

 だとすると、今の自分が取るべき行動は……戦うよりも自己修理のために、この場からの撤退する。

 そう結論を出したロボ令嬢は、退路を探すために、兵たちの方に目をやった……瞬間。


<その女を殺せっ>


 強い情動が燃え上がった。

 ロボ令嬢の視線の先には、兵士の隙間から、心配げにこちらを除く少女の姿があった。

 その瞬間、バイザーがおり、ロボ令嬢は美しい女性の顔から、輝く単眼を持つ兵器となった。魔力石が光り、全てのエネルギーが左足に込められる。

 ロボ令嬢は、片足で跳躍した。

<サユティっ!!! 貴様は殺す!!!>

 ロボ令嬢は声を発せない。だがその動作音が、獣吠のように聞こえた。

 飛び込んだロボ令嬢は、兵士の壁を隙間を狙い、左腕全体を鞭のようにしならせ、サユティの顔を打擲しようとした。

「ひっ」

 サユティが慌てて鎧の壁に隠れようとした瞬間、ロボ令嬢の動きが止まった。

 振り向くと……ライカの短剣が、左の胸を貫いていた。


 ロボ令嬢は困惑していた。

 あるじの息子は攻撃してはいけない、とプログラムされていた。だが攻撃を受けた今、ロボ令嬢は目の前の男を敵と識別し直した。

 自らの生存を優先し、立ちはだかるものがあれば、これを排除する。

 そのように行動プログラムを上書きした瞬間。

<そいつを殺すな>

 再び、脳の奥から指令が降る。


 改めて標的を見ると、敵は殺意を持った目でこちらを睨んでいる。攻撃を続ける意図は明白である。だがプログラムは、目の前の人間を攻撃することを許さなかった。

<殺すのはさっきの女だ>

 ロボ令嬢が部屋の入り口を見ると、サユティはすでに部屋の外に逃げ出しており、部屋の出口は兵士たちががっちりと固めている。

 一瞬、自分は次にどう行動すべきか。

 ロボ令嬢の動きが、そして思考が一瞬だけ停止した。

 その後、残りの魔力を注ぎ込み、片足で出せる出力の限界を超えて、ロボ令嬢は再び跳躍する。

 ロボ令嬢が窓ガラスを破り外へ飛び出ると、機械の体が地面に転落した鈍い音がした。

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